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NYタイムズスクエアはなぜ歩行者天国に変わったか...注目のまちづくり手法「タクティカル・アーバニズム」

ニューズウィーク日本版 2023年12月15日 18時15分

<時に無許可のゲリラ的な手法も用いる、市民が主導する「低コスト、短期」の都市開発ムーブメントが世界に広がっている>

あなたは、自分が住むまちに不満がないだろうか? 車優先の道路を歩行者優先にしてほしい。公園をつくってほしい。安全な自転車道を整備してほしい。案内標識を設置してほしい。

でも行政がなかなか対応してくれないなら、「タクティカル・アーバニズム」で自ら行動を起こすという手もある。

タクティカル・アーバニズムとは何か? 「低コスト、短期」を特徴とする市民によるまちづくりの小さなアクション。それを繰り返しながら、やがて行政を巻き込み長期的な変化へとつなげていく。

例えば、「ゲリラ的ウェイファインディング」という手法がある。これは市民主導のタクティカル・アーバニズムで、米ノースカロライナ州のローリーという都市ではこんなことがあった。

市民の歩行促進のために、大学院生が「目的地まで徒歩何分」「方向」「道順のQRコード」を表示した標識を自作し、公共物を破損しない取り外し可能な方法で掲げた。市が無許可の標識を撤去すると、市民の抗議が殺到。市はパイロットプログラムとしての復活を提案した。

大学院生はSNSで署名を、クラウドファンディングで資金を集めた。結果、標識テンプレートは無料開放され、世界に広がった。翌年、標識の正式許可を含め、市の歩行者計画が始まったのである。

プロジェクト名は、ウォーク〔ユア・シティ〕。ノースカロライナ州ローリーで標識を吊るす大学院生のマット・トマスロら(『タクティカル・アーバニズム・ガイド』p.198より) Photo: Matt Tomasulo

『タクティカル・アーバニズム・ガイド 市民が考える都市デザインの戦術』(筆者訳、晶文社)では、タクティカル・アーバニズムの概要から、歴史、背景、成功事例、ハウツーマニュアルまで幅広く紹介する。

共著者は、都市計画家のマイク・ライドンと建築家のアンソニー・ガルシア。すぐに結果が出ない大規模プロジェクトに幻滅していた若者たちは、市民による小規模なまちづくり活動で確かな手応えをつかんだ。そして、世界各地で起きているこのムーブメントの事例を渉猟(しょうりょう)した。

まちづくりの原動力として市民の力を捉え直し、いま注目の実践論を記した本書では、豊富な写真を添え、多くのページを事例研究に割いている。

その中には、上述の「ゲリラ的ウェイファインディング」のような手法のほかに、「道路空間の広場化」といった行政主導の事例もある。2009年、ニューヨーク市交通局はビジネス改善地区(BID)と協力し、普段は車の往来が激しいタイムズスクエアにロードコーンと折りたたみ椅子を置いて、期間限定の歩行者天国にした。

タクシーに搭載されたGPSでデータを収集した結果、ミッドタウンの交通改善が実証された。数年間でタイムズスクエアは、歩行者数の増加、交通外傷の減少、移動時間の改善が見られ、地価上昇で世界有数の商業地になった。5年間の手直しと計測を経て仮設から常設に至り、本当のスクエア(広場)になった。ブロードウェイの5街区で仮設の公共広場がつくられ、常設に移行。この事例でも市民参加が果たす役割は大きい。

なお、本書にはデザイン思考に基づいたハウツーマニュアルも含まれている。誰のためか、対象地はどこで、原因は何か。解決方法、迅速かつ安価に実施する方法を考え、テストする。必ずデータを取って学習し、次につなげていくことが大切だ。

写真はカリフォルニア州ロサンゼルス郡のインターチェンジ。多くの都市高速道路は建設時に機能的だった近隣地区を貫通した。現代では市民参加の都市デザインが求められている(『タクティカル・アーバニズム・ガイド』p.136より) Public Domain. Accessed with Wikimedia Commons

日本でも善意で無許可のゲリラ的な試みが行政を動かした

2022年6月、名古屋駅前の超一等地の歩道脇に野菜畑が出現した。ある高齢男性が、2年前から無許可で野菜を栽培していたのだ。

その理由は「ゴミが多くて草が生えていたから」。そして「通行人の癒しになれば」と考えたという(収穫目的ではない)。楽しい歩道空間をつくりたい市長は容認する姿勢を示したが、市は道路法に違反するとして野菜は撤去された。

なんと1年後の夏、野菜畑は驚きの復活を見せた。市長の提案で市による公式栽培が実現したのだ。今後も愛知の伝統野菜が栽培されるという。

公共の利益を考えた善意で無許可のゲリラ的な試みが行政を動かしたという点で、この騒動はまさにタクティカル・アーバニズムと言えるだろう。よりよいまちづくりのために行動を起こしたいなら、老若男女も専門分野も国も問わない。いかにして成功に結び付けるか――ヒントになるのがこの本だ。

開発のアプローチは「仮設から常設へ」。マンハッタンのある一角では、常設のインフラが整備される前、パブリックスペースと拡張された自転車レーンが仮設の材料を使ってつくられた(『タクティカル・アーバニズム・ガイド』p.264より) Photo: Mike Lydon

何百人もの人が腰かけ、笑顔で語らい、写真を撮っている

『タクティカル・アーバニズム・ガイド 市民が考える都市デザインの戦術』の原書と邦訳から、タクティカル・アーバニズムの特徴を示している箇所を紹介したい。

●The sidewalks, still full of life, would be noticeably less congested. The noise from the street would no longer seem as deafening. And to your astonishment, you would discover hundreds of people smiling, chatting, and taking photographs while they sat in foldable lawn chairs placed in the middle of the street. With space to look up and around to admire the lights you would realize that the new and somewhat makeshift public space is where, just days before, cars and trucks battered all senses. Even if you didn't know the term, you would have just discovered the power and potential of Tactical Urbanism.
(依然として賑やかな歩道は、すっかり混雑が緩和されている。車道から耳をつんざくような騒音はもう聞こえない。何百人もの人々が車道の中央に置かれた折りたたみ式アウトドアチェアに腰かけながら、笑顔で語らい、写真を撮っているではないか。頭上や周囲を見渡せばきらびやかな光があふれ、その新しいにわか仕立てのようなパブリックスペースが、実はほんの数日前に車やトラックが五感を狂わせた場所だとわかる。さあ、これでもう、タクティカル・アーバニズムという用語を知らなくても、その力と可能性がわかったはずだ)

――タイムズスクエアの事例では、普段は車優先のタイムズスクエアが祝日の週末に歩行者優先の広場に早変わりした。「タクティカル・アーバニズムとは何か」をあれこれ説明するより、事例を示したほうが手っ取り早い。

●The result, in some cases, is that normally law-abiding citizens take action without permission and ask for forgiveness later. It can be a powerful method for creating change.
(その結果、普段は法律を順守する市民が許可なく行動を起こし、後で許しを求めることがある。そのような強硬手段に出なければ、変化を起こせないのだ)

――「ゲリラ的横断歩道」はタクティカル・アーバニズムの代表例だ。道路工事の中断で横断歩道が消えたのに、行政は対応してくれない。納得できない1人の市民がスプレー塗料で横断歩道を描いた。警察はこの器物損壊を黙認。運輸省は起訴を考えたが、市議会議員は市民の行為を称賛。結局、不起訴となり、市は横断歩道を完成させた。

●Rather than breaking rules and "asking for forgiveness later"--a common practice in Tactical Urbanism--Rebar used another common strategy: They exploited a loophole in the system.
(規則を破って「後で許しを請う」のは、タクティカル・アーバニズムの常套手段だが、リバーは、「制度の抜け穴を利用する」という別のよくある戦略を用いた)

――「パーキングデー」の例では、デザイン事務所リバーがコインを入れてメーター制路上駐車スペースを借り、ベンチ、人工芝マット、木を置いてミニパークをつくった。メーターが切れると後片付けをして立ち去った。正当に料金を支払ってその場所を借りているので違法性はないというわけだ。

タクティカル・アーバニズムは、車に奪われてしまった街路を取り戻すための市民の挑戦だ。<まちは人が主役なのだ>という一文。著者たちの思いが凝縮されている。

『タクティカル・アーバニズム・ガイド 市民が考える都市デザインの戦術』
 マイク・ライドン、アンソニー・ガルシア 著
 大野千鶴 訳
 泉山塁威+ソトノバ 監修
 晶文社

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トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
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大野千鶴 ※編集・企画:トランネット

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