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日本では出版されなかった日系ブラジル人の「デカセギ文学」が教えてくれること

ニューズウィーク日本版 2023年12月27日 13時0分

<小説やエッセー、音楽など日系ブラジル人による創作活動は日本でも発信力を持ちつつある。そもそも「デカセギ文学」とは? 『アステイオン』99号の特集「境界を往還する芸術家たち」より「文学の現在とその可能性」を一部抜粋> 

「デカセギ文学」の先駆者たち

「デカセギ文学」あるいは「在日ブラジル系文学」と呼べるものは存在するのだろうか。この問いへの答えは容易ではないが、少なくとも本稿を執筆している2023年現在、「デカセギ文学」を自認する作者も、在日ブラジル人による文学に特化した研究もまだ見当たらない。

名の付くジャンルとしては確立していないものの、在日ブラジル人による文学的な試みは小説、アンソロジー、クロニクル、エッセー、写真集、新聞の投稿欄に掲載された読者の文章の単行本化など、多岐にわたる。

しかし、在日ブラジル人が執筆して出版物として流通している文学作品は数が限られている。最も知られる2冊の著書は、Silvio Sam著『Sonhos que de cá segui』(以下、『ソーニョス』)と、Agenor Kakazu著『Crônicas: De um garoto que também amava os Beatles e os Rolling Stones』(以下、『クロニカス』)である。

2冊とも、日本での就労や生活を経験した日系ブラジル人の著者の実体験に基づいて綴られているが、前者はフィクション(小説)、後者はノンフィクション(クロニクル集)である。

そして興味深いことに、2冊とも日本在住中ではなく、著者がブラジルに帰国した後に、ようやく執筆・発行された(『ソーニョス』はサンパウロ市の日系出版社、Ysayama Editoraより発行、『クロニカス』はサンパウロ州ジュンディアイ市のLiterarte出版社より発行)。

なぜ、彼らは日本にいるうちに出版できなかったのか。理由の1つは、日本を離れてみないと、自分の体験が相対化できず、消化し切れなかったために筆が進まなかったからだろう。

しかしさらに重要なもう1つの理由は、彼らが日本では出版にこぎ着けるまでのノウハウがなかったが、ブラジルならば出版界とのパイプを有したという点であろう。さらには、両国の物価の格差のため、日本よりもブラジルでの出版費用がかからないで済んだという事情も無視できない。

デカセギ体験記の決定版

Sonhos que de cá seguiは「ここから追った夢」という意味のポルトガル語で、de cá seguiはdekassegui(デカセギ)と語呂合わせをしている。

ポルトガル語でde cá seguiは「ここから(何かを)追って出発した」と直訳できるが、それをデカセギという言葉に引っ掛けて、「ここから夢を追って出発した」というタイトルになっている。

著者のSilvio Sam(シルヴィオ・サム)はブラジルの日系コミュニティにおいても日本曲のポルトガル語歌詞の作詞家としてよく知られる多才な表現者である。彼はもともとデカセギ経験の回想録を書こうと考えたが、小説に仕立てたほうがより広く読まれるだろうと思ったという。

『ソーニョス』は日系ブラジル人男性ペドロとブラジルに移住した日本人女性のミエコ、そして夫婦の間に生まれた2人の子供の4人家族がブラジルから日本にデカセギに向かう物語である。これはまさに日本人女性と結婚しているサムの実体験と重なる。

もう1人の重要な登場人物であるセザールは、デカセギ者を雇用する人材派遣会社の通訳兼世話役である。在日ブラジル人の間では、この仕事をする人々はtantosha(担当者)と呼ばれ、しばしば企業側の利益ばかりを優先してデカセギ者を見捨てる人々として批判の的となる。

「担当者」はまさにサムが日本の企業で実際に担った役職である。「私は時にはペドロ、時にはセザールの身になって執筆した」と著者は冗談交じりに解説するが、物語を支配するのはまぎれもなく弱者の視点、工場労働者として悪戦苦闘するペドロの視点である。

初版の巻頭には、"O dekassegui se aquece ao stove, supondo-o lareira"「デカセギ者はストーブで温まる、暖炉を想像しながら」という俳句がページの真ん中に、そして同じページの右下に次のような読者へのメッセージが綴られていた。

「デカセギ者と元デカセギ者、さらにはある日、夢を追ってここから外国に向かった全てのブラジル人へ。本来なら生まれた国にいながら果たされるべき夢を」

物語では頻繁にオリジナル曲が登場するが、中でも目を引くのは「Dekokôssegui」「デココセーギ」という曲である。kokôの発音(cocô)は、ポルトガル語で大便を意味する。デカセギ体験を他でもない「ウンコ」に喩えているのである。その歌詞を邦訳すれば、次のようになる。

「(ウンコ)コ、コ、コ、コ、コ、コ......
やっと気分がよくなった、下すことかできたので。
でも告白しよう、一分前は、泣いてしまった。
日本での就労に対するぼくの想いはといえば、
力を入れすぎて、臭くなって、手を汚す。
そして、あの冷や飯で我慢しなければならない。
母ちゃんがいつも作ってくれていたあの料理が
なんと懐かしいことか。
だから、ブラジルに戻りたい。そして、全てをアソコに放り投げたい...」

著者のサムに尋ねたところ、この歌詞は誰かが実際にカラオケで歌っていたものを書き留めたわけではなく、彼の創作である。

タイトルにしても歌詞の内容にしても、「きつい、汚い、危険な」3K労働に従事するデカセギ者の心情を、排便という比喩を通して強烈に匂わせることに成功している(なお、サムの作家論や作品論については、参考文献のイシ(2017)を参照されたい)。

[参考文献]
イシ、アンジェロ(2008)「デカセギ移民の表象:在日ブラジル人による文学および映像表現の実践から」鶴本花織・西山哲郎・松宮朝編『トヨティズムを生きる』せりか書房、88−98頁。
イシ、アンジェロ(2010)「在日ブラジル人による表現活動の戦略と意義─音楽家の事例を中心に」中川文雄他編著『ラテンアメリカン・ディアスポラ』明石書店、226−248頁。
イシ、アンジェロ(2017)「デカセギ文学の旗手でもなく、在日ブラジル人作家でもなく──日系ブラジル人のマルチクリエーター、シルヴィオ・サム」細川周平編『日系文化を編み直す──歴史・文芸・接触』ミネルヴァ書房、16−177頁。
イシ、アンジェロ(2021)「ブラジル出身のデカセギ日系移民による旅行記と〝旅〟の意味づけ:モーターサイクル・ボーイによる3K旅行と〝百年の旅路〟に着目して」『新社会学研究』第6号、新曜社、88−106頁。

アンジェロ・イシ(Angelo Ishi)
サンパウロ市生まれの日系ブラジル人三世。サンパウロ大学ジャーナリズム学科卒業。1990年に日本へ国費留学、新潟大学大学院および東京大学大学院を経てポルトガル語新聞の編集長を務めた。2011年より現職。専門は国際社会学、移民研究、メディア論。(公財)海外日系人協会の常務理事、各省庁の多文化共生関連施策の有識者会議の委員も歴任。共著に『日本人と海外移住』(明石書店)など。

『アステイオン』99号
 特集:境界を往還する芸術家たち
 公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
 CCCメディアハウス[刊]

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