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「アメリカ人よりアメリカ的」...大谷翔平の「後払い契約」にみんな惚れてしまった理由とは?

ニューズウィーク日本版 2023年12月18日 14時7分

<メッシを上回る、総額ベースで世界史上最大のスポーツ契約保持者となった大谷翔平。ファン心理をも織り込んだ、アメリカ人好みの「オータニサン」の3つの資質について>

私は2年半前、大谷翔平の前では「神様」マイケル・ジョーダンもかすんで見えると書いた。アメリカ人がこんなことを書くのは冒瀆に等しいが、2度のMVPに選ばれた活躍ぶりを見れば納得してくれる人も少なくないはずだ。

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野球は過去数十年間、北米とアジア以外への人気拡大に苦戦し、アメリカ国内の視聴率は低下し続けてきた。

ジョーダンが米プロバスケットボールNBAの国内視聴者を大幅に増やし、世界中の関心を引き付けたように、大谷も美しい人間性と神のごときプレーで同様の効果を野球にもたらすかもしれない。

MLB(米大リーグ)ロサンゼルス・ドジャースとの10年総額7億ドルというスポーツ史上最高額の契約を見せられたアメリカ人は、大谷の持つ「引力」のすさまじさに震撼したが、同時に大谷はここでも神業を披露した。

契約によれば、大谷は今後10年間、アメリカで最も注目されるチーム(ドジャースは過去11年中10年で観客動員数リーグトップ)から年間200万ドルを受け取ることになった。残る6億8000万ドルは40歳になってから支払われる。

元野球選手で今は金融業界の大物になった私の大学時代のルームメイトはこう感嘆してみせた。「大谷は賢いな! 引退してカリフォルニアを離れてしまえば、法外な州税の支払いから逃げられる」

MVPを2度獲得した大谷は、サッカー界のアイコン的存在であるリオネル・メッシの6億7400万ドルを上回り、総額ベースで世界史上最大のスポーツ契約保持者となった。

ただし、この契約の最も驚くべき部分は金額だけではない。スポーツ史上最もユニークな契約という点もそうだ。

結果的に予想どおりのチーム(最高の戦力を誇り、ニューヨーク・ヤンキースと並んで注目度が高く、地理的にアジアに最も近い大都市が本拠地)への移籍を決めたが、大谷は全獲得希望チームにこの契約条件を提示していた。

大谷は報酬の後払いを選択した最初のスター選手ではない(新チームメイトのムーキー・ベッツも同様の大型契約を結んでいる)。だが、後払い分の比率(総額の97.1%)と金額はまるで漫画だ。

大谷歓迎ムードのドジャー・スタジアム(ロサンゼルス、23年12月14日) KIRBY LEEーUSA TODAY SPORTSーREUTERS

これまでの記録はボビー・ボニーヤ(元ニューヨーク・メッツ)の悪名高い契約で、後払い率50%。

しかも、この契約には株式市場の年平均リターンを上回る8%の利息の支払いが含まれていたようだ。大谷の後払い分6億8000万ドルには、物価上昇に連動する利息払いは含まれていない。

「敗者」になりかけた大谷

このような形で満足感(報酬)を先延ばしにするのは人間の本性に反する。大谷はなぜ型破りな選択をしたのか。

「ショータイム」の主人公には遺産に対する天才的臭覚がある。歴史に名を残す同時代のライバルたち(ジョーダン、メッシ、米プロフットボールリーグNFLのトム・ブレイディ)を研究したであろう大谷は知っている。

どんなに人気者だとしても、どれだけ記録を塗り替えても、どれほど金を稼ごうと、最終的な判断基準は「優勝した回数」だということを。

大谷は過去6年間、ワールドシリーズ優勝どころかプレーオフに出場した経験すらない。

乱暴な言い方だが、輝かしいキャリアの後半に突入した今、敗者の烙印を押されかけている。だからこそ、レジェンドらしい行動、つまり勝利を追い求めてなりふり構わず動いたのだ。

大谷はドジャースで17番目の高年俸選手にすぎない。つまり、それ以上の高給取りがベンチに何人もいる。年俸自体は10年以上も前に引退した選手(ケン・グリフィーJrやマニー・ラミレスなど)よりも少ないはずだ。

この「野球の神様」は、加入したチームが圧倒的な最強ラインアップを金で買えるように精いっぱい配慮した。

今回の契約条件で大谷を獲得できたおかげで、ドジャースは殿堂入りクラスの選手をさらに2人補強でき、リーグでベスト10に入る選手を6人まで増やすことが可能になった。

大谷は単なる野球の天才ではなく、鋭い金銭感覚の持ち主でもある。

ポストシーズンを勝ち抜く確率がリーグ史上最も高く、アジア系住民が多い西海岸に本拠地を置くチームで今後もプレーすることで、野球以外の収入が急増することは確実だ。

昨年のスポンサー収入が4000万ドルとも言われる大谷が、メディア露出が多い名門チームでプレーするのだ。

野球以外の収入は年間6000万~8000万ドルに達すると予想される。ドジャースがワールドシリーズで優勝すれば、スポンサー収入は1億ドルの大台を軽く突破しそうだ。

そして最後に、この男は人間の心理にも精通している。大谷はこれまで悪役を演じたことが一度もない。

「神」への逆張りは禁物

前所属のロサンゼルス・エンゼルスは、負けを嘆いたり悲しんだりするレベルのチームではなかった。

それが近年で最も圧倒的な強豪チームに移籍したというのに、ネットの話題をさらった今回の契約に対する世間の最初の反応は、チームの財政状況に配慮して報酬後払い方式を選択したことへの賛辞だった。

NBAのレブロン・ジェームズが「スーパーチーム」のマイアミ・ヒートに移籍したときは、マイアミ以外の全米ほぼ全てから猛バッシングを受けた。

要するに「そんなことをしてまでタイトルが欲しいのか」という批判だったが、大谷に関してはこの手の意見はあまり聞こえてこない。

ただし、今回の契約は恐ろしく大がかりな「手品」でもある。大谷は、けがでシーズン終盤を棒に振った選手と巨額契約を結ぶリスクを目の前から消してみせた。

実際、桁外れの契約を正当化する論拠の柱は次のようなものだ──大谷は投打の両方で殿堂入りレベルの選手。つまり、2人の殿堂入り選手と同等なのだから、誰かの2倍の金額で契約する価値がある。

問題は右肘の大手術を受けたばかりなので、2024年シーズンは登板しない可能性が高いことだ。けがの深刻さを考えると、大谷は投手としてこれまでと同様には投げられない可能性もかなりある。

ニューヨーク・メッツは毎年7月1日を「ボビー・ボニーヤの日」と呼んで嘆く。メッツは数十年前のこの日、ボニーヤに毎年100万ドル以上を支払う契約を結んでしまったからだ。

ボニーヤは別世界の才能の持ち主だったが、メッツにタイトルをもたらすことはなく、輝かしいはずのキャリアをけがで傷つけた。

もし大谷がタイトルと歴史に残る好成績を手にできなければ、ドジャースは10~20年後に「大谷翔平の日」を嘆くことになるかもしれない。

それでも、このリスクについての話は誰にとっても二の次だ。何より大谷は、アメリカ人が愛するものの体現者でもある。

創意工夫、「勝者」であろうとする強い決意、そしてとてつもなく巨大な野心。ある野球解説者は、「アメリカ人よりアメリカ的」な最初の日本人選手と呼んだ。

大谷は目にも留まらぬ豪速球を投げ込み、とんでもなく大きなホームランを放つ。この大型契約にふさわしい活躍を望まない人間はそう多くないはずだ。

少なくとも私はアンチ大谷の側には賭けない。神に対して逆張りなど、もってのほかだ。

入団会見に臨む大谷

Dodgers' Shohei Ohtani Introduction Press Conference, live from Los Angeles/
MLB

  

サム・ポトリッキオ(本誌コラムニスト、米ジョージタウン大学教授)

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