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乾坤一擲の勝負に出た岸田首相、安倍派パージの見えない着地点

ニューズウィーク日本版 2023年12月19日 17時42分

<4閣僚5副大臣の一斉更迭に踏み切る「乾坤一擲」の勝負に出た岸田首相だが、反動で内閣総辞職に追い込まれる可能性もある>

岸田文雄首相は12月14日、清和政策研究会(安倍派)に所属する松野博一官房長官、西村康稔経産相ら4閣僚5副大臣の一斉更迭に踏み切った。萩生田光一政調会長、世耕弘成参議院幹事長、高木毅国対委員長も辞表を提出。派閥パーティー券(パー券)の売り上げを組織的に還流し「5年で5億円」という突出した巨額裏金疑惑が浮上した安倍派の幹部「5人衆」が全員、政府与党の要職から退くことになる。後任閣僚は無派閥か非安倍派から選ばれており、さながら「安倍派粛清」(パージ)の様相を呈している。

12月9日夜に首相公邸で麻生太郎副総裁と協議した後、首相は安倍派の政務三役「全員」を更迭する腹を固めたとも言われている。実際には、安倍派の反発に加え、宏池会(岸田派)に過少記載疑惑が報じられたこともあり、政務官の辞職は自主判断に委ねる妥協が図られたが、首相の意思は固かった。岸田首相が慎重居士ぶりをかなぐり捨て「乾坤一擲の大勝負」に出たのは、2021年8月の総裁選挙出馬表明以来である。

岸田政権はこれまで宏池会と志公会(麻生派)と平成研(茂木派)の「三頭政治」を基軸として、最大派閥である清和研(=清和会、安倍派)に配慮を払いながら、志帥会(二階派)と菅グループ(無派閥)を非主流派とする権力構造を辛うじて保ってきた。改造時の副大臣政務官人事は各派閥の推薦リストを丸のみした。そのバランスを崩壊させるに等しい「安倍派の粛清」になぜ踏み切ったのか。一つには安倍派に打撃を与える千載一遇の好機を逃さなかったとみることもできよう。

しかし、臨時国会閉会後の記者会見で首相が「火の玉」になって事態収拾に当たり、先のことは考えている余裕がない、と吐露したことと併せて考えると、むしろ根底にあるのは政権を喪失する危機感であろう。なりふり構わずやらないと退陣を余儀なくされるという恐怖と焦燥が荒療治を招いた可能性がある。

東京地検特捜部の捜査が主たるターゲットとしている安倍派の閣僚や党幹部をこのまま抱えておくと、捜査の進展につれ一人また一人と「裏金高官」が耳目を集める泥沼劇が始まってしまう。政権が検察の「草刈場」になってしまう前に一気呵成に動いたのが今回の人事ではないだろうか。

いわば緊急避難的な自己保全措置であるが、それは同時に「焼き畑農法」的でもあり、自己への延焼リスクをはらむ。それ故に、今後の政権運営は一寸先は闇に近いもろさに直面していく。

検察捜査の「終着点」は

他方で首相は特捜部による捜査の進捗を横目でにらんで時間を稼ぐような姿勢も見せており、それが国民の深刻な政治不信に追い打ちをかけている。時事通信の12月の世論調査によると、内閣支持率は前月比4・2㌽下落の17・1%、自民党支持率は18・3%にまで落ち込んだ。

今後どうなるか。焦点になるのは特捜部による強制捜査の範囲だ。

政治資金収支報告書の不記載・虚偽記載罪の対象は一義的には派閥の会計責任者であり、政治家は共謀があった場合にのみ罰せられる。しかも形式犯だ。政治資金規正法は「政治資金が国民の浄財であることにかんがみて、収支の状況を明らかにすることを旨とし、これに対する判断は国民に委ねる」ことを理念としている。形式犯の摘発が国政に与える影響は慎重に考慮される。

宮沢博行防衛副大臣が暴露した「派閥による不記載の指示」があったなら、不記載の故意犯が成立する可能性は高まる。だが、具体的な指示を出したのは誰か、派閥事務総長クラスの政治家がどう関与したのかという詳細はいまだに不明だ。会計責任者の立件にとどめるという判断がされた場合、強制捜査の範囲は派閥事務所で終わるだろう。

しかし、国民の間にこれだけの政治不信を惹起(じゃっき)している案件だ。仮に検察が政治家を不起訴あるいは略式起訴で処理した場合、その怒りの矛先は検察自体に向かいかねない。不起訴の先には検察審査会が控えている。

最高裁は22年5月、タイでの外国公務員に対する贈賄の報告を受け「仕方ないな」と黙認した大企業取締役に共謀共同正犯の成立を認める判決を下している。企業犯罪と政界汚職は同じではないが、組織責任者の関与を厳しく問う最高裁判決が登場しているのだ。新しい司法判断の流れに沿った捜査・訴追が行われた場合、政治家が立件される可能性は否定できない。

「政治とカネ」軽視のツケ

捜査の過程で仮に看過できない裏金の個人的着服が判明した場合、不記載・虚偽記載にとどまらぬ「政治家個人への寄付」違反が問責される可能性もある。政治資金規正法は「政党を除いて、何人も政治家個人に対して金銭等による寄附をしてはならない」と規定しており(第21条の2)、違反した政治家は1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金に処せられる(時効は3年)。政党の幹事長などが個人として数千万から数十億円規模の「政策活動費」を支給されているのはこの規定に基づく。

一般的に雑所得として所得税の課税対象となるのは、必要経費を控除した残額になるが、政策活動費は一定の条件を満たせば全額が必要経費として認められるため事実上の非課税扱いになる。しかも使途の公開義務が課せられていないブラックボックスだ。今回のキックバックを「派閥から所属議員に配ったのではなく、党から派閥を経由して支給された政策活動費だ」とする安倍派の池田佳隆衆院議員の強弁は、派閥を超えて党の経理を捜査の対象とする危うさも含む。

今回の裏金疑惑が岸田政権を弱体化させたことは疑いない。政治資金収支報告書に4000万円以上のパーティー収入を記載せず、罰金100万円と公民権停止3年の略式命令を受けた22年の薗浦健太郎元議員の事件を「他山の石」とせず、「政治とカネ」を軽視してきたツケを払うのは自業自得と言うほかない。

岸田首相が仕掛けた安倍派パージに対する「反動」が顕在化するのはこれからだ。党内力学は変容し、森喜朗元首相の下で集団指導体制を取る安倍派の体制も動揺する。「岸田下ろし」が勃発したら、3月の新年度政府予算成立後に内閣総辞職に追い込まれる可能性も出てきた。

その過程で、後継首相候補としての無派閥議員の価値を世間が押し上げれば、「ポスト岸田の本命候補不在」という「幸運」は、完全に過去のものになるだろう。


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