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邪悪で安定した悪夢の習路線は続く

ニューズウィーク日本版 2023年12月26日 13時30分

<共産党と政府の二分化構造はもはや過去。一元的統治マシンを築く習体制で、弱い経済と強い支配の構図が拡大する>

現代中国の指導者は国事の際、紳士然としたスーツで装うことがしばしばだ。だが彼らは、盗用を恥じない長い伝統を持つ中国共産党の末裔にほかならない。

盗用の一例が、軍や政府や民間組織、さらには営利企業にも党細胞を送り込む手法だ。発案者はウラジーミル・レーニン率いるボリシェビキで、ロシア革命直後の1918年、反革命派と戦う赤軍に、思想教育や規律強化目的で「政治委員」を配置したのが始まりだった。対象はすぐに軍以外にも広がり、25年の党規約で正式な制度になった。27年、中国共産党の武装蜂起である「秋収蜂起」に失敗した毛沢東は、傘下の寄せ集めの兵士を強力な戦闘部隊に鍛え上げるため、ボリシェビキの案を借用した。中国共産党では、これは天才的な毛が考案したものとされている。

同じモデルは49年の中国建国以降、新たに誕生した共産党政府にも導入された。巨大な官僚機構を担う人的資源が党になく、旧体制の生き残りである非党員の役人に国家運営を頼るしかなかった事情のせいだ。

現在も、中国の統治構造は2つに分かれている。上から下まで、あらゆる「政府チーム」が「党チーム」に支えられ、監視される仕組みだ。

こうした体制は無駄が多く、チーム間の対立を招きやすい。毛時代もそうだし、2023年10月に死去した李克強(リー・コーチアン)が、習近平(シー・チンピン)国家主席の下で首相を務めていた近年でもそうだ。

時間の経過とともに共産党員が膨大な数に増え、政府上層部には党員しかいない状態になると、二分化体制は重複化した。今や、内閣に相当する国務院のトップレベルも含めて、2つのチームの責任者が同一人物ということもある。

極端(だが、ごく一般的)なケースでは、全く同じ組織が対外的には「政府」、国内では「党」の名の下で機能している。最高軍事指導機関の中央軍事委員会が、中国中央軍事委員会と党中央軍事委員会という名称を使い分けているのがいい例だ。

こうした事実を踏まえると、習の「権力掌握」の新たな意味が見えてくる。国務院金融安定発展委員会を廃止して中央金融委員会を新設するなど、習は国務院系のグループの業務を党中央に吸収してきた。

李が首相の座にあった13年3月から23年3月まで、これは李の出身母体、中国共産主義青年団(共青団)の力をそぐのが目的だという解釈が一般的だった。だがこうした動きは、習の側近の李強(リー・チアン)が後任首相に選ばれた後も続いている。となると、共青団の弱体化狙いという説は不自然だ。

より説得力があるのは「脱盗用」を図っているという解釈だ。習はレーニン流の二分化した統治モデルから、巨大な一枚岩の構造へ移行しようとしているのではないか。そうした構造は党中央が掲げる一元的指導体制、意思決定機関に非党員がほぼ存在しない現実、および「中華帝国」の伝統とはるかによくかみ合う。

だが、全体主義的効率の改善を目指す習の取り組みが成功しても、良策かどうかは疑問だ。党と政府の二分化体制は、権力分配が偏っているとはいえ、チェックアンドバランス(権力の抑制と均衡)制度がわずかながら存在する。そのため、毛時代の中国は完全な混乱に陥らずに済んだ。習はその上を行けるのか?

経済がはるかに豊かになった分、習のスタート地点は有利だ。とはいえ全体主義的効率で誤った政策を実行すれば、破壊の速度と致命度が増すだけだろう。わずか10年ほどの間に、中国経済が好調から危険水域へ落ち込んでいるのは、まさに習の構造改革が原因なのかもしれない。

債務まみれでも軍備拡張

「中国経済の奇跡」には終焉が迫り、今や地方政府の深刻な債務問題、不動産バブル崩壊と金融危機の懸念、外国直接投資(FDI)の急減、特に若年層で目立つ失業率の上昇に見舞われている。その象徴が、GDP成長率の伸び悩みだ(公式発表では、22年の成長率は前年比3%だった)。

中国の共産主義体制においては、どれほど必要不可欠でも、経済問題の解決のために党の主義主張を犠牲にすることは許されない。それ故に、毛時代の経済的惨事から中国を救い出そうと力を尽くした鄧小平は、民主化要求デモによって体制の政治的生き残りが問われた89年、ためらわずに自国民を虐殺した。

一方、自らの政治生命も体制も全く脅かされていない習の立場はずっと強い。おかげで、中国経済の4つの大問題に取り組みながらも、自身の政治計画を実行する余地がある。

だからこそ、地方政府が債務まみれでも、習は巨額を投じて外国の港湾を買収し、戦略的な軍事ルートや国外基地を建設している。台湾の不安定化を目的に軍備を増強し、領土拡張策を阻む近隣国に脅しをかけ、戦争を見据えた備蓄も進めている。中国では22年半ば以降、景気停滞が既に明らかだったにもかかわらず、穀物や原油の輸入が拡大傾向にある。

こうした動きは新年も続くどころか、強化されるだろう。激減した経済力と、より効率的かつ悪質な独裁的統治マシン──そんな邪悪ながらも安定した平衡状態へ中国は向かっている。その効果は? 国内での抑圧と外国への攻撃を強めるほかに、期待できることはほとんどない。

練乙錚
LIAN YI-ZHENG
香港生まれ。米ミネソタ大学経済学博士。香港科学技術大学などで教え、経済紙「信報」編集長を経て2010年から日本に暮らす。



練乙錚(リアン・イーゼン、経済学者)

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