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猫の腎臓病を治す「夢の薬」がもうすぐ実現...「体内にたまったごみ」を除去するAIM薬とは?

ニューズウィーク日本版 2023年12月26日 17時20分

<AIM医学研究所の宮﨑徹所長が開発を進める薬のカギは「ごみを除去する」タンパク質。愛猫家が待望する薬は来年に治験を開始予定。そしてヒトの腎臓病にも期待が...>

2021年7月、ある研究に市民から多額の寄付が集まり、世間の注目を集めた。東京大学大学院医学系研究科教授(当時)の宮﨑徹による「AIMを用いたネコ用腎臓病薬」の研究だ。ほとんどはそれで亡くなるほど、ネコには腎臓病が多い。薬が開発されればネコの寿命は大幅に伸びるはずで、愛猫家や獣医にとっては「夢の薬」となる。

AIMとは宮﨑が発見したタンパク質で、「体内にたまったごみの除去」を促す。「免疫細胞であるマクロファージを長生きさせる」という意味の英語の頭文字から名付けられた。現在は一般社団法人AIM医学研究所所長としてネコ用腎臓病薬の早期承認を目指している宮﨑に、本誌・大橋希が話を聞いた。

◇ ◇ ◇

──バーゼル免疫学研究所(スイス)に在籍中の1999年にAIMを発見した。

私はもともと内科の臨床医だった。非常にやりがいを感じていたが、治せない病気があまりに多い現実を目の当たりにしていた。そこで発症のメカニズムを解明しようと基礎研究者に転じ、なかでも直せない病気の多い免疫学を選んだ。

AIM発見当時は免疫に影響するものと思って研究していたものの、体の中でどんな働きをしているのか7、8年は分からなかった。米テキサス大学に移った後、肥満研究の第一人者(ノーベル生理学・医学賞受賞の遺伝学者マイケル・ブラウン)と廊下で立ち話をしているときに「マウスを太らせてみたら?」と言われ、その言葉をきっかけにAIMがうまく働かないと肥満になりやすいことを突き止めた。

14年には腎臓病の研究を始め、これもAIMと関係があることが分かった。肥満と腎臓病は違うものだが、つまりは「AIMは体の中にたまったごみを取り除いて、病気を抑えるタンパク質」ということ。脂肪も過剰なごみだし、腎臓病も腎臓にごみ(死んだ細胞などの老廃物)がたまることから始まる。

AIMがさまざまな「治らない」病気に効くのは、そうした病気の根本には共通したメカニズムがあって、AIMがそこをターゲットにしているからではないか。しかもAIMの働きは「ゴミを掃除する」という単純なもの。こうしたものは意外と根本的な治療になりやすいのかな、と研究をしていて感じている。

──ネコの腎臓病薬を研究するようになったのはなぜ?

13年4月、私の講演会場で質問に来てくれた獣医師との雑談の中で、「ほとんどのネコは腎臓病で亡くなる」と教えられた。ネコの血中にAIMがないのは以前から分かっていたが、腎臓病が多いことは知らなかった。このときの会話がネコの薬の開発に向かう転機になった。

──創薬化については、引き受けてくれる製薬会社が見つからなかったというが......。

ペット用の薬は、人間用の薬の量を調節してパッケージを変えて発売するものがほとんど。動物薬から作ることはほとんどない。しかもAIMはたんぱく質の薬なので開発に手間とお金がかかる。日本の製薬会社で、動物用のタンパク質薬を作っているところはほとんどないのが現状だ。

でも猫にAIMを補えば腎臓病が治ることは分かっていたので、自分たちで作るしかないと考えた。

──医療や製薬とは関係のない企業の協力を受けて17年から薬の開発が始まった。その後、コロナ禍で資金提供が止まったと伝える記事が21年7月に出たところ、全国から3億円近い寄付が殺到して......。

記事の翌日、東大基金の事務局から「大変なことになっている」と電話をもらって初めて、「寄付をしよう」という情報がSNSで拡散していることを知った。

とても驚いたが、あの出来事がゲームチェンジャーになった。これだけ期待され応援されているのなら絶対に薬を作らなくてはという思いを強くしたし、(大学から)独立するきっかけにもなった。

──昨年3月末に大学を退職し、AIM医学研究所を設立して薬の開発に専念している。現在はどの段階にあるのか?

これから治験薬を作って来年には非臨床試験と臨床試験に進み、26~27年の上市(市販)を目指す。そこまでに数億円かかるので、資金調達のための会社も今年8月に設立した。

腎臓病には初期から後期までステージがいくつかある。どのステージのネコに臨床試験を行えば最短で結果が出せるかは既に絞り込んでいるので、試験自体は2年弱で終わるだろう。その後の農林水産省での承認審査は通常なら3年かかる。ただ今回は長期の基礎研究がありデータも豊富なので、交渉によって審査期間を思い切り短縮することを目指している。

1日も早くみなさんに届けることを最優先したいので、(治験の最低条件である)30匹限定で参加してもらう予定だ。

AIM薬はもともと体内にあるタンパク質を使った薬で、副作用はない。腎臓病に効くだけではなく肥満防止にもなるはずで、スマートなネコが増えるかもしれない。

──薬は欧米でも販売するのか。

日本のネコのために十分な量のAIM薬を確保するため、当面は日本でのみ使えるようにしたい。海外のネコも日本に来れば薬を使える環境を、認可されるまでに整備したい。

これは一種の医療インバウンドとして日本への貢献にもなるだろう。例えば高度先進医療や遺伝子診断などは他国でも受けられるが、ネコのAIM薬なら日本独自の治療を提供できる。

──人間の腎臓病薬も開発中なのか。

ネコ薬から約1年遅れで進行している。国から研究費の支援を受けており、治験薬のレシピは今年度中に完成すると思う。治験のデザインもしっかり固まっている。ただ、人間の薬はどうしてもネコ薬より治験の期間と資金がかかってしまう。

かなり進行した腎臓病患者が、透析に行かなくてもいいようにするのがゴール。ネコのデータから考えて、透析の必要性は著しく低下するはずだ。そうなれば患者の負担も医療費も大きく減らせる。

AIMが排出を促す「体内にたまったごみ」には、脳に蓄積してアルツハイマー型認知症を引き起こすタンパク質「アミロイドβ」もある。認知症の薬も開発したいが、脳血流関門があるため現状では脳にAIMを届けられない。それを可能にする仕組みを考えているところだ。

──人間の場合も副作用はない?

人間には人間のAIMを使うし、「ごみ取り」に使われなかったAIMは尿に出てしまうから体内に余分なものが残らない。そういう意味では副作用が起こる余地はない。

30年前、私が研修医だった頃に治らなかった病気はいまだに治ってない。腎臓病も、膠原病も、認知症もそうだ。それを自分たちの手で一つずつ治していきたいと思う。

「夢の治療薬」開発の裏側(AIM医学研究所の宮﨑徹所長)

「1分1秒でも一緒にいたい...」余命2週間の「猫」が1年以上生き続けた?"夢の治療薬"開発の裏側【ゲキ推しさん】/TBS NEWS DIG Powered by JNN

  


大橋希(本誌記者)

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