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なぜ今「ブラック・アート研究」が世界中で盛んなのか?

ニューズウィーク日本版 2024年1月10日 10時50分

<「境界を往還する芸術」としてのブラック・アート研究の現在。そしてそれが日本に与える可能性について> 

「境界を往還する芸術家たち」への関心の高まり

「境界を往還する芸術家たち」への関心が高まっている。『アステイオン』99号は、そのことを示すように、「境界を往還する芸術家たち」という特集を掲げている。

筆者の専攻は文化研究で、とくに欧米と東アジアの現代アートを専門としているが、近年は現代アートの領域でも「越境」がホットなトピックとなっている。

一例を挙げれば、一昨年・2022年、京都精華大学ギャラリーTerra-Sは存命作家の収蔵作品を中心として、まさしく「越境──収蔵作品とゲストアーティストがひらく視座」と題された展覧会を開催している。

特集「境界を往還する芸術家たち」では、「ヨーロッパで活動する日本人音楽家」(長木誠司氏)、「ブラジル日系芸術家」(岡野道子氏)、「日系アメリカ人作家」(ウォント盛香織氏)などの具体的な事例が扱われていると同時に、責任編集を務めた張競氏が巻頭言で述べるように、「そもそも越境とは何か」という根本的な問いにも目が向けられている点が重要であると感じた。

同特集の寄稿者のひとりである三浦雅士氏は、文字通り「越境とは何か」というタイトルの論考で、「越境とはほんらい自己という他者への越境」であると指摘する。

この言葉を反芻するなかで、筆者は、自身の研究と関連して、「他者」として周縁化された「自己」を見つめなおす決定的な契機として、近年の国内外での「ブラック・アート」への関心の高まりを考える視座を得た。

「ブラック・アート」とは何か

「ブラック・アート」という言葉を明確に、あるいは一義的に定義することは難しい。しかし、「〜ではない」という定式化は可能だ。

まず、ブラック・アートは必ずしも肌の色が「黒い」作家の芸術を意味しない。そもそも、肌の色の黒さには無限のグラデーションがある。つまり、ブラック・アートは、いわゆる「黒人」のアーティストによる表現に限定されないのだ。

さらに、ブラック・アートの担い手が、いつもアフリカ大陸にルーツをもつ、あるいはアフリカ大陸で生まれたアーティストであると考えることも不適切である。

では、ブラック・アートにおいて不可欠な要素とは何か。筆者の考えでは、それは15世紀から19世紀中葉にかけて大西洋地域で発展し確立された近代奴隷制と、それを引き継ぐかたちで19世紀中葉以降に猛威をふるった植民地主義の歴史と記憶である。

それゆえ、欧米におけるブラック・アートへの関心は、不正義の歴史を通じて疎外され、これまで顧みられてこなかったという意味で、「他者化された自己」を反省的に見据えることへの関心と結びついている。

たしかに、近代奴隷制のなかで、アフリカ大陸は主要な奴隷供給地として搾取され、そこにいた人々は奴隷として非人道的な扱いを受けた。また、主に欧米列強を中心とした植民地獲得競争が激しさを増すなかで、アフリカ大陸の大部分は細かく分割され、長らく不当な支配をこうむった。

しかし、戦時期における帝国主義のグローバルな拡大のなかで、植民地とされた国や地域はアジア・オセアニアやカリブ海地域を含め世界各地に存在する。

たとえば、日本(大日本帝国)は、かつて、19世紀後半から第2次世界大戦期にかけ、アジア・太平洋地域一帯に植民地・委任統治領・租借地などを有する広大な帝国を形成していた。

ブラック・アートの作品が、すべて近代奴隷制や植民地主義を明示的・直接的なテーマとして扱っているわけではない。

しかし、ブラック・アートは、多かれ少なかれ、そのようなポストコロニアルな(植民地支配以後の)世界からの影響下で制作されている。そして、現代の世界に残存するポストコロニアルな(植民地主義が生んだ)遺産と格闘することを志向するのだ。

国内外における最近のブラック・アート研究

近年、ブラック・アートの研究が国内外で盛んだ。

イギリスでは、美術史家のアリス・コレイア(Alice Correia)氏が編者を務めた『ブラック・アートとは何か(What is Black Art?)』が2022年に刊行された。版元はペンギン・ブックス(Penguin Books)で、学術書としてではなく、どちらかと言えば一般向けの入門書として刊行されているところに、イギリスでのブラック・アートへの関心の高まりが示されている。

この本は、とりわけ「ブラック・アート・ムーブメント」と呼ばれる動きが活況を呈した1980年代に執筆されたものを中心に、イギリスで活動するブラック・アーティストたちに関連する重要な文章を集めたアンソロジーである。

入門書的な位置づけの同書には、読みやすい英語で書かれた編者による序文が付されており、イギリスにおけるブラック・アートの背景知識を理解するのに役立つ。

学術の場のみならず、近年、実際の展覧会でもブラック・アートに光が当てられる傾向が目立つ。世界最大の国際芸術祭のひとつであるヴェネチア・ビエンナーレで、アーティストのソニア・ボイス(Sonia Boyce)氏は黒人女性として初めてイギリス館の代表を務め、ナショナル・パビリオン別の金獅子賞(最高賞)を受賞した。

ロンドン芸術大学で筆者が博士課程に在籍していたときの指導教員のひとりでもあったボイス氏は、1980年代から人種とジェンダーの交わりに焦点を当てた制作を行ってきた作家である。

加えて、個人に与えられる金獅子賞は、同じく黒人女性であるアメリカ人アーティストのシモーヌ・リー(Simone Leigh)氏が獲得した。このことも、現代アートの領域でのブラック・アートへの注目度という意味で、きわめて象徴的な出来事である。

意外に思われるかもしれないが、日本国内では、(とくにイギリスの)ブラック・アートに関する研究は進んでいると言える。

なかでも、1990年代から『この胸の嵐──英国ブラック女性アーティストは語る』(1990年、現代企画室)や『ブラック──人種と視線をめぐる闘争』(2002年、毎日新聞社)といった先駆的な著作を発表している萩原弘子氏のパイオニアとしての意義は大きい。

萩原氏は、2022年、自身の博士論文をまとめ直した『展覧会の政治学と「ブラック・アート」言説──1980年代英国「ブラック・アート」運動の研究』をすずさわ書店から上梓した。同書は、簡単な要約をはねつける骨太の学術書だ。まだまだ「パイオニア」として「過去の人」になる気はさらさらないという氏の気概を感じさせる。

ほかにも、清水知子氏の『文化と暴力──揺曳するユニオンジャック』(2013年、月曜社)や石松紀子氏の『イギリスにみる美術の現在──抵抗から開かれたモダニズムへ』(2015年、花書院)など、日本語で読めるブラック・アート関連文献は充実している。

日本がかつての植民地帝国であったという過去を考慮に入れると、ブラック・アート同様、「境界を往還する芸術」としての在日コリアン美術の重要性が見えてくる。

こちらのテーマについては、白凛(ペク・ルン)氏の『在日朝鮮人美術史1945-1962──美術家たちの表現活動の記録』(2021年、明石書店)などの例外を除き、国内での研究はまだまだ少ない。

国内でのブラック・アート研究のさらなる進展とともに、在日コリアンの芸術の現在や歴史についても、日本における研究の活性化が望まれる。そこから、両者の比較研究という新たな道も開けてくるかもしれない。

その意味で言えば、『アステイオン』99号の特集「境界を往還する芸術家たち」に所収されている各論考のあいだの接点や交点を比較研究的に探しながら読むことも、読者にとって、さらなる楽しみを引き出してくれるかもしれない。

山本浩貴(Hiroki Yamamoto)
1986年千葉県生まれ。文化研究者、アーティスト、金沢美術工芸大学講師。専門は美術・文化研究。単著に『現代美術史──欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社、2019年)、『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022年)。主な共著に『レイシズムを考える』(共和国、2021年)、『新しいエコロジーとアート──「まごつき期」としての人新世』(以文社、2022年)など。監修に『基礎から学べる現代アート』(亀井博司著、晶文社、2023年)。共編著に『この国(近代日本)の芸術──〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』(月曜社、2023年)。「2000年以降の東アジアにおける現代美術の社会的実践に関する調査──大日本帝國による植民地支配が遺した影響との関係に着目して」にて、サントリー文化財団2016年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。

『アステイオン』99号
 特集:境界を往還する芸術家たち
 公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
 CCCメディアハウス[刊]

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