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高校生に学術論文が書ける? 悠仁さま「トンボ論文」に向けられた「不公平」批判について考える

ニューズウィーク日本版 2023年12月26日 19時0分

<手厚い議論が展開され、「高校生が初めて書いた論文にしては立派すぎる」感のある悠仁さまの論文。その内容と価値を紹介するとともに、普通の高校生が学術論文を書くことは可能か、発表する機会を得られるかについて考える>

「トンボ好き」で知られる秋篠宮家の長男・悠仁さまは11月22日、自身初となる学術論文を発表しました。タイトルは「赤坂御用地のトンボ相―多様な環境と人の手による維持管理―」で、国立科学博物館が発行する研究報告誌「国立科学博物館研究報告A類(動物学)」に掲載されました。

この「トンボ論文」の著者は3名です。悠仁さまがファースト・オーサー(筆頭筆者)で、元農研機構(農業・食品産業技術総合研究機構)の研究員で宮内庁職員の飯島健氏、トンボの専門家でコレスポンディング・オーサー(責任筆者)である国立科学博物館動物研究部の清拓哉氏が共同研究したものとなっています。

通常、学術論文では、研究や執筆に対して最も貢献度の高い者がファースト・オーサー、論文に関して最終的な責任を持ち、問い合わせに中長期的に応じられる人がコレスポンディング・オーサーになります。たとえば大学院生が研究をまとめて論文を投稿する場合は、本人がファースト・オーサーとなり、コレスポンディング・オーサーは研究室の指導教員が務めることが大半です。

なので、筆者の順番からは「トンボ論文は、悠仁さまが清氏の指導を受けながら主導的な立場で研究を進めた。飯島氏も研究に貢献した」と読み取れます。実際に、一部の報道では「22年に悠仁さまが清氏と面会した際、パソコンでデータを見せながら、御用地に生息するトンボのリストを説明された。その内容に感銘を受けた清氏が、論文作成を提案した」と伝えています。

ところがトンボ論文は、内容そのものよりも「筑波大附属高校2年生で17歳の悠仁さまが、学術論文の筆頭論者になり得るのか」という点に話題が集まっています。進学が近いことから、難関大学の推薦入試を受験する上で大きな実績になるのではないか、普通の高校生は専門家の指導を受けて論文を書いて成果とすることは難しいから不公平なのではないか、などの声も上がっています。

そもそも、トンボ論文はどのような内容なのでしょうか。現在の日本で、高校生が学術論文を書くことは特別なことなのかなどについても考えていきましょう。なお、この論文は誰でもWeb上から入手できます。

研究者でも自由に調査できる場所ではない

悠仁さまのトンボ研究は、2012年から22年にかけて秋篠宮邸のある赤坂御用地内で行われました。池や樹林、防火水槽など、トンボ類が生息する場所を随時調査し、トンボを撮影したり、幼虫を採集・飼育して羽化させたりして種を同定しました。分類した結果、8科38種が確認されました。その中には、東京都区部のレッドデータブック(東京都環境局、23年)で『絶滅危惧IA類』に指定されるオツネントンボやオオイトトンボなど、貴重な品種も含まれていました。

赤坂御用地は、たとえ研究者であっても、自由に入って調査できる場所ではありません。トンボ類の調査は、02年から04年にかけて国立科学博物館動物研究部の斉藤洋一氏らによって初めて行われ、6科24種が確認されました。けれど、前回の調査から約20年の間、研究者による調査の続報はありませんでした。悠仁さまが12年から随時、赤坂御用地のトンボの生息を記録していたことを知ったトンボ研究者たちの喜びは、ひとしおだったでしょう。

12年当時、悠仁さまは6歳でした。「6歳の子供が研究データを取れるわけがない」というのも、今回の研究が本当に悠仁さまによって行われたのかと疑問視する人の主張です。しかし、①12年から16年は論文執筆に使えるデータが少なかったこと、②生態調査は市民科学のテーマとしても馴染み深いことから、特別に奇異なことではないと思われます。

①については、悠仁さまの幼少期は観察の頻度が今よりも少なかったり、例えばトンボの写真を撮ったとしても場所や日時等のデータに不足があったりしたことなどが考えられます。

②については、全面的もしくは部分的に専門家ではない一般市民によって行われる科学研究を「市民科学」と呼びます。これまでも、横浜市での渡り鳥の飛来調査や徳島県でのウミガメの調査などで地域の人たちがデータ収集で活躍し、新たな科学的知見が得られています。データの集め方、記録の仕方について専門家から助言を得ることができれば、その後、周囲の大人の協力を得ながら調査をすることは、子供でもそれほど難しいことではありません。

掲載誌「国立科学博物館研究報告A類(動物学)」とは

トンボの観察と記録はできたとしても、高校生に学術論文が書けるのか、という議論もあります。これについては「掲載誌(国立科学博物館研究報告A類(動物学))ならば十分にあり得る」と言えるでしょう。

科学学術誌には様々な種類があります。たとえば「3大学術誌」と呼ばれる「Nature」「Science」「Cell」は、研究成果には卓越した新奇性が求められ、厳しい査読が行われます。英語で執筆されるので世界中の人が読み、論文掲載がノーベル賞受賞に結びつくこともあります。

1965年にノーベル生理学・医学賞を受賞した「DNAの二重らせん構造の解明」は、53年にNatureに研究成果が掲載されました。2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥名誉所長・教授は、マウスの細胞から多能性幹細胞を作ることに成功し、06年にCellで報告しました。

一方、大学や研究所は、所内の研究者の研究報告の場として定期出版物を発行することがあります。掲載される論文は新奇性があるものというよりは、長年コツコツと調査したものなどがメインとなります。出版物によっては、査読がなかったり、日本語で執筆してもよかったりする場合もあります。

国立科学博物館研究報告A類(動物学)は、同博物館の研究者や共同研究者が学術論文を掲載できる出版物で、査読があるので研究の質には一定の信頼性があります。ただし、論文は日本語で書いてもいいので、敷居は低めです。「トンボ論文」は、悠仁さまが同博物館の清氏らと共同研究した成果なので、この研究報告誌に発表したことは妥当と言えるでしょう。

今回の論文は、考察で「赤坂御用地で確認されたトンボは止水性の環境(池など)に生息するものがほぼすべてであり、流水性の種に乏しいことは周囲の緑地のトンボ相と同じである。そのため、流水性の種の飛翔分散による外部からの侵入が限られる」と指摘したり、「今回、新たに発見された種について、国内での分布拡大、一過性の飛来、赤坂御用地の環境変化など種ごとに要因を検討」したりするなど、手厚い議論が展開されています。

率直に言って「高校生が初めて書いた論文にしては立派すぎる」感はあるのですが、悠仁さまが共同研究者とともに討論をした結果を文章に落とし込んだとすれば、不思議ではありません。

熱意のある高校生ならば、適切な指導を受ければ適当な学術出版物に論文を書くことは可能だとして、「普通の高校生であれば、論文執筆・掲載の機会は得られない」という批判もあります。

確かに最近は、地域の高大連携やオープンキャンパスでの研究体験などが増えましたが、成果を学術論文としてまとめて発表する機会まで得られる高校生はほとんどいません。市民科学分野などで、意欲のある非専門家はデータの収集だけでなく、分析や論文執筆にも貢献できるような訓練を積める仕組み作りも必要かもしれません。

「トンボ愛」は本物

今回の悠仁さまのトンボのデータは、かつて国立科学博物館の研究者が同じ場所で調査をしており、空白期間を埋めるような貴重なものだったので、共同研究者らもとりわけ「この調査結果を是非とも世に出したい」と考えたのでしょう。

皇族だから普通の高校生には入れない特殊な場所のデータを集められた、専門家とのコネクションを結びやすい立場だったことに、不公平さを感じる人はいるかもしれませんが、悠仁さまがトンボに興味を持ってくれたからこそ、通常では調査できないフィールドでの生態が明らかになったと言え、そこに価値があります。

悠仁さまへの「不公平さ」は、恵まれた研究環境を羨む人よりも、「この学術論文を使えば、難関大学の推薦入試枠に合格できるだろう。そのために今の時期に論文掲載を狙ったのではないか」と受験の切り札と考える人が、いっそう感じているようです。

現時点では志望校は確定していませんし、受験方法は一般入試なのか推薦入試なのかも分かりません。さらに、悠仁さまがトンボの研究を今後も続けたいとしたら、すでに助言をもらったり共同研究したりできる研究者を得ているのですから、どの大学に入ったとしても幸せなトンボ研究ライフは送れそうです。

トンボ論文の掲載と同じ頃、修学旅行に参加した悠仁さまは、旅行のしおりに「昼に時間があればトンボ見たい」とコメントされていたと言います。「トンボ愛」は受験の成果作りのためではない「本物」であることがうかがえるからこそ、周囲も国民も先回りし過ぎず、見守りたいですね。



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