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ガザ地区の弱者にとってイスラエルの空爆が意味するもの

ニューズウィーク日本版 2023年12月26日 17時37分

<イスラエル軍の攻撃開始から約2カ月半で住民の死者が2万人を超えたといわれるガザで生きるというのはどういうことか。しかも弱者として>

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ガザ地区の人道状況は極度に悪化している。同地区を実効支配するイスラム組織ハマスによる10月7日の残虐行為に対してイスラエルが報復攻撃を開始して以降、何万人ものパレスチナ人が命を落とし、ガザの町はがれきに埋め尽くされている。国際社会はこれを強く非難しているが、忘れてはならないのが最も弱い立場にある人々、とりわけ障害者の存在だ。

ガザ地区において、障害のあるパレスチナ人が直面する危険は紛争前と比べて桁違いに大きくなっている。戦争になって、最初に命を落とすのは多くの場合が障害者だ。避難するのも、迅速に動くのも、健常者よりずっと難しいからだ。イスラエル軍がガザ市民に対して、居住地域や近隣の建物に爆撃を行うと警告しても、市民が戦闘地域から退避するための「人道回廊」を設置しても、障害者は避難できないことがあまりに多い。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチが、ガザ地区に暮らすパレスチナ人の障害者に聞き取り調査を実施したところ、自宅から避難することができた場合でも、障害者はそれまで以上に大きな恐怖に直面していることが分かった。

戦争でますます弱い立場に

「避難することができた人々が語ったのは、自分のニーズに合わせて設計された家を離れ、車椅子や歩行器、補聴器などの補助器具を手放さなければならないことの恐怖だった」と同団体は説明した。

皮肉だが、パレスチナ人の障害者の多くは、過去の戦争でイスラエルの爆撃を受け障害を負った人々だ。たとえばサミ・アルマスリ(50)はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、2008年にイスラエルによるドローン攻撃で足を失ったと語った。彼は現在、ガザ市のアルクッズ病院に避難している。「イスラエル軍がこの病院を爆撃すれば、私は死ぬだろう。自分が動けないのは分かっている」と彼は語った。

平時でさえ社会から取り残されがちな障害者は、危機や戦争が起きるとますます取り残されることになる。最も弱い立場にあるのに、避難するのも救助されるのも最後になることが多く、生き残れる可能性が最も低い。

ガザ地区の住民が攻撃を察知した場合、あるいは避難勧告を受けた場合、車椅子利用者が自力で避難できる可能性はほとんどゼロに近い。あらゆる方向から砲弾が降り注ぐなか、誰かに運んでもらうようなことをすれば、標的となった家に残ったほうがまだましなほどの危険にさらされる。

耳が聞こえない、あるいは目が見えない人の場合はどうだろうか。誰が彼らに危険を警告し、避難を手助けしてくれるのか。危険が迫っていると気づいても、彼らには自力でどこかに避難したり、走って逃げたりすることはできない。

そして聴覚障害者や視覚障害者ががれきの下に閉じ込められた場合、そこから救助される可能性はどれぐらいあるだろう。彼らは自分たちに呼びかける声を聞くことができず、助けが向かってきている兆候を見ることができない。今回の戦争の影響を受ける200万人近いパレスチナ人の中で、最も大きな困難に直面しているのが障害者だ。過密な避難所のような環境では、自力でトイレに行くことさえきわめて困難なのだ。

人道支援物資は健常者向け

日を重ねるごとに、状況は悪化する一方だ。これまでに多くの障害者が命を落としたが、重傷を負った障害者はさらに多い。新たに障害を負った人もいる。イスラエルによる攻撃が始まって以降、ガザ地区で負傷した5万2000人のうち、かなりの部分の人々が今後、一つあるいは複数の障害を背負って生きることになるだろう。

ガザ地区南部にあるラファの検問所からは医療物資が搬入されているが、その中には抗てんかん薬や精神病の治療薬、自閉症の人々が必要とする医薬品や、車椅子や松葉杖などの補助器具が含まれていない。

イスラエルの攻撃により右腕を失ったパレスチナ人のある子どもは、インタビューにこう語った。「大きくなったらカメラマンになるのが夢だった。もうカメラマンにはなれない。腕をなくして、どうやって生きていいのかも分からない」

この少年の悲痛な叫びは、ガザ地区にいる何万人もの障害者が置かれている悲惨な状況を物語っている。

*ムハナド・アラッツェはヨルダンの元上院議員で人権問題の専門家。
*本記事の中で表明されている意見は筆者個人のものである。



ムハナド・アラッツェ(ヨルダンの元上院議員・人権問題の専門家)

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