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これでは日本は国際的サプライチェーンから「外される」...不十分な脱炭素政策に、企業などで強まる危機感

ニューズウィーク日本版 2024年1月5日 16時22分

<COP28で日本の「気候変動イニシアティブ」がカーボンプライシング提言を発表。岸田政権にさらなる行動を促す>

[ロンドン発]アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれた国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)で日本の「気候変動イニシアティブ」のメンバー186団体が、2030年温室効果ガス排出削減目標と国際競争力の強化を同時に達成する「カーボンプライシング(排出する二酸化炭素に価格をつけ、企業に行動変容を迫る制度)提言」を発表した。

23年5月に成立した岸田政権の「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)」でカーボンプライシング導入の道筋が示された。しかし世界的に広がる炭素税や排出量取引制度に比べると日本の取り組みは不十分という。そこで東証プライム企業61社を含む140社と東京都など9自治体、37団体・NGO(非政府組織)が声を上げた。

GXは「グリーントランスフォーメーション」の略だ。岸田政権が示しているカーボンプライシング構想では、26年度に排出量取引制度を本格的に稼働させ、28年度に化石燃料の輸入事業者に対する賦課金制度を導入、33年度から発電事業者を対象に排出枠の有償割り当てを行う計画だ。

これに対して「気候変動イニシアティブ」の加藤茂夫共同代表は「現在示されている自主的な制度では削減効果が限定的で、導入も遅いため30年削減目標が未達に終わる懸念がある。自主的な制度参加ではコストを負担して排出削減に取り組む企業が参加しない企業に競争上劣後し、不利益を被る恐れがある」との懸念を示す。

日本はカーボンプライシング構想の強化を

さらに加藤氏は「不十分な炭素価格では日本の企業が炭素国境調整措置の対象となることや国際的なサプライチェーン・投資先から除外される恐れがある。世界では排出削減と再生可能エネルギーの導入が進んでおり、ビジネスの場として日本の魅力を向上させる制度が必要である」とカーボンプライシング構想の強化を求めている。

英誌エコノミスト(10月1日付電子版)は「いかに炭素価格が世界を支配しているか。世界の排出量の4分の1に適用され、その割合は急速に増加している」と指摘する。欧州連合(EU)の排出量取引制度(ETS)は「キャップ・アンド・トレード」の原則に基づき05年に導入された。温室効果ガスの排出量に上限(キャップ)を設定して取引する制度だ。

EU ETSの導入で、主な対象部門である発電・熱供給とエネルギー集約型産業で排出量は大幅に削減された。「多くの米政治家は炭素価格の導入が消費者の負担するコストを押し上げ、反動を引き起こすのではないかと懸念している。しかし驚くべきことに炭素価格は富める国にも貧しい国にも広がっている」と同誌は報告している。

二酸化炭素換算で年間6億2000万トンを排出する世界9位の排出大国インドネシアでも排出量取引制度を導入し、炭素市場を立ち上げる際、炭素取引のハブになる夢をぶち上げた。地元銀行は地熱エネルギー会社のクレジットを買い取った。23年初頭には世界の排出量の23%に炭素価格が適用された。10年のわずか5%から急拡大していると同誌は指摘する。

日本メーカーは再エネがないと輸出できなくなってしまう

国際通貨基金(IMF)によると、50カ国近い先進・新興市場が炭素価格制度を導入しており、さらに20カ国以上が導入を検討中だ。EUによる炭素国境調整メカニズムの移行期間が10月1日に始まった。炭素国境調整メカニズムはEU ETSに基づき域内の製造事業者に課されるのと同等の炭素価格をEU域外から輸入される対象製品に課す仕組みだ。

「カーボンプライシングにはドミノ効果がある。輸出国の政府にも国内企業が海外で関税を支払うのではなく自国で炭素価格を支払うインセンティブが働く。問題はドミノ倒しが十分に迅速に行われるかどうかだ。将来の政策立案者は気候変動の影響を最小限に抑えたいのであれば、対策をさらに強力なものにするしかない」(エコノミスト誌)

自然エネルギーを促進する日本の自然エネルギー財団(孫正義会長)シニアコーディネーター、高瀬香絵氏は「世界で戦っている製造業は日本国内の再エネがないと輸出できなくなってしまう恐れがある。その中で排出量の多い石炭を保とうとするインセンティブはいったいどこから来るのか。日本には浪費する時間もお金もない」と筆者に語る。

「2000年代、日本はエネルギー安全保障のため国内に石炭火力発電所をたくさん新設した。石炭火力を残すためアンモニア混焼という技術に莫大なお金を出している。それでは排出削減措置を講じたことにはならない。アンモニアや水素の100%燃焼にするのか。それより再エネの方が安上がりだ。移行ボンドを利用して再エネと脱石炭を進めるべきだ」

「政府は“伝統的な声”に耳を傾け過ぎ」

「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は「排出削減措置が講じられていない(unabated)」の定義について「発電所から排出される二酸化炭素の90%以上を回収あるいはエネルギー供給から排出されるメタンの50~80%を回収」と例示しており、高瀬氏は「日本独自の解釈は許されない。90%回収がスタンダードになる」と強調した。

第7次エネルギー基本計画が24年にも策定される。高瀬氏は「政府関係者にはこれまでの策定プロセスを見直し、基本政策分科会のメンバー選考を見える化することを求めたい。政府は“伝統的な声”に耳を傾け過ぎだ。ソニーやAGC(旧旭硝子)のような企業や気候イニシアティブに代表される新しい時代の声を聞くべきだ」と訴える。

ニッセイアセットマネジメントの大関洋社長は「私たちの株式ポートフォリオを見ると、わずか10%の企業が温室効果ガスの90%を排出している。10%の企業から投資を引き揚げれば90%の排出量を削減できる。これは容易な方法だが、全体としては排出削減につながらない」と語る。

大関社長によるとソニーや資生堂はネットゼロ(実質排出ゼロ)の目標を実現しているものの日本では多数派ではない。同社のポートフォリオで排出量の70%を占める世界の70社のうち43社が日本の企業。このうちネットゼロへの明確な戦略を立てているのはわずか3社だ。「なぜかと言えば、インセンティブを欠いているからだ」と解説する。

「欧州では再エネが普及しており、それを活用すれば対応できる。しかし日本では再エネの割合が極めて低い。そうした環境下でネットゼロを考えるのは難しい。政府が再エネのアクセルを踏まないと日本企業も立ち行かなくなる。米国企業も炭素税などの負担がかかれば、高排出の企業との取引を削らないと、重い負荷が財政にかかることになる」

「日本企業に世界からどうして(再エネに転換)できないのですかという圧力もかかってくる。グローバルにビシネスを展開する企業は政府に動いてもらわないと困るから仕方なく声を上げているのが実情だ」と大関社長は打ち明けた。気候イニシアティブは「25年を目処に実効性の高いカーボンプライシング制度を導入すべきだ」と提言している。

【気候イニシアティブが求める6原則】

(1)30年削減目標達成に向け25年を目処に実効性の高いカーボンプライシング制度を導入

(2)公平性担保のため一定の要件を満たす企業を一律に制度の対象に

(3)世界に比肩する水準で将来の炭素価格を明示(例えば30年130ドル/二酸化炭素トン)

(4)EUの炭素国境調整メカニズムなどの対象とならないよう国際的なルールに適合した制度に

(5)公正な評価のもと排出削減が困難な中小企業などをカーボンプライシング制度の収入で支援

(6)カーボンプライシングの立案・評価・更新の透明性を確保

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