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「違法な取り立て」に心折れ、自殺者も...富士通のシステムが招いた巨大「冤罪」事件に英国民の怒りが沸騰

ニューズウィーク日本版 2024年1月10日 18時7分

<富士通社員が出した証拠の信憑性に重大な懸念も。英スナク政権や警察は、国民の批判に押される形で「被害者」の救済と捜査を加速>

[ロンドン発]富士通が提供した英国のポストオフィス(郵便事業のうち窓口業務を引き受ける国有非公開会社)の勘定系システム「ホライズン」の欠陥が原因で、民間郵便局長ら700人以上が「現金を横領した」などの疑いをかけられ冤罪になった事件。これについてロンドン警視庁は5日、無実の民間郵便局長らから不足分の資金を違法に取り立てたポストオフィスの行為が詐欺罪に当たるかどうか捜査していることを明らかにした。

ロンドン警視庁の発表は「偽証罪と偽計業務妨害罪の可能性について捜査中だ。これらの犯罪の可能性はポストオフィスによって行われた捜査や起訴から生じたものだ。訴追や民事訴訟の結果として民間郵便局長らから回収された資金についても、これらの訴追によってもたらされた詐欺罪の可能性を捜査している」という。

この事件では元民間郵便局長が集団訴訟を起こし、2019年12月、ロンドンの高等法院でポストオフィスは元局長555人に対し5800万ポンドを支払うことで和解が成立。判事は「富士通社員が提出したホライズンの欠陥に関する証拠の信憑性に重大な懸念がある」と検察当局に書類を送付し、ロンドン警視庁は偽証の疑いで富士通元社員2人を事情聴取している。

地位も財産も信用もすべて失った民間郵便局長らが無実を証明するまでの約23年に及ぶ闘いを描いた英民間放送ITVのテレビドラマ『ミスター・ベイツ vsポストオフィス』が1月1日から4日連続で放映された。これまで動きが鈍かったロンドン警視庁の反応はドラマの放映でポストオフィスや富士通への批判が一段と高まることに備えたためだろう。

少なくとも4人の元民間郵便局長が自殺

リシ・スナク英首相は7日、英BBC放送の政治番組でアレックス・チョーク司法相が元民間郵便局長らの冤罪を晴らすとともに、ポストオフィスから公訴権を取り上げることを検討しているかと司会者から質問され、「法的な複雑さがあるのは明らかだが、司法相はそのような分野を検討している」と答えた。

13年間、民間郵便局長を務めた元クリケット選手マーティン・グリフィス氏はホライズンの端末から現金不足が生じるようになり、不足分計8万ポンドを支払った。13年5月、目出し帽をかぶった2人組の強盗に3万9000ポンドを奪われ、防犯を怠ったとして経営権を剥奪された。強奪金の一部負担も求められ、心が折れたグリフィス氏は自ら命を絶った。

グリフィス氏ら少なくとも4人が自殺した。これまでに覆った有罪判決はわずか93件だ。「彼らが行ったことを(ドラマで)視て誰もがショックを受けている。実際にそれを見たり、またその話を聞いたりすれば、いかにひどい誤審だったかが分かる。今こそ、無実の元民間郵便局長らに正義がもたらされることが重要だ」とスナク首相は話した。

ケビン・ホリンレイク英企業・市場・中小企業担当閣外相はX(旧ツイッター)に「すでに分かっている被害者全員が最高16万8000ポンドの暫定的な支払いを受け、スキームの対象者の100%が提示を受け、80%以上が受諾している。すでに分かっている被害者の64%が完全和解を受諾したが、さらに多くのことを行うため日夜努力している」と投稿した。

富士通の技術者が端末から民間郵便局長の口座を操作

全国民間郵便局長連盟幹部マイケル・ルドキン氏は08年8月、富士通英国のオフィスを訪れ、ホライズン担当の技術者が端末から民間郵便局長の口座を操作するデモンストレーションを目撃した。その翌日、4万4000ポンドの現金不足が見つかったとポストオフィスの抜き打ち検査を受けた。妻のスーザンさんは不正会計罪で起訴され、有罪判決を受けた。

ホリンレイク氏は8日、下院で富士通について「このスキャンダルに責任があると証明された者は被害者救済のためのすべての支払いについて義務を負うべきだ」と答弁した。最初から完全無欠なIT(情報技術)システムなど存在しない。バグや欠陥を見つけて、そのたび更新するのが当たり前だが、ポストオフィスは「ホライズンに欠陥はない」と起訴を続けた。

12~19年にかけてポストオフィスの最高経営責任者(CEO)を務め、サービスの近代化と合理化を進めたポーラ・ヴェネルズ氏について、100万人以上の人々が大英帝国勲章のコマンダー(CBE)を剥奪するよう署名活動を展開。恥知らずのヴェネルズ氏も世論の批判にさらされ、CBEの返上をチャールズ国王に申し出た。

受章の理由は「ポストオフィスへの貢献と慈善活動」だった。

ポストオフィスと富士通は負担すべき開発コストを馬鹿正直な民間郵便局長に押し付けた。最初から局長を犯罪者扱いし、ポストオフィスの捜査権と公訴権を乱用して不法な取り立てが行われた。弁護士費用がべらぼうに高い英国では社会的弱者は泣き寝入りするしかない。主犯はホライズンを運用したポストオフィスだが、富士通はどこまで責任を負うべきなのか。

システムに欠陥があることを抱え込んだのは誰なのか

英国国教会の司祭でもあるヴェネルズ氏はホライズンの欠陥を調査するよう圧力を受けていた。富士通は1998年、ホライズンを開発した英国企業ICLを完全子会社化した。68年に世界の主要メーカーに対抗できる英国のコンピューター産業を育てるため設立されたICLは大型コンピューターシステムやソフトウェアなどを手掛けていたが、国際競争力を失っていた。

富士通英国ソフトウェア・サポート・センターに01~04年にかけ勤務したリチャード・ロール氏の証言では一晩で50万件もの修正が行われることが度々あった。ロール氏は「ホライズンがクソだということはみんな知っていた。システムを一から書き直す必要があったが、そのようなことは起きなかった。そのための資金もリソースもなかったからだ」という。

ポストオフィス最高顧問弁護士の依頼でホライズンの調査を担当した法廷監査事務所セカンドサイト社長だったロン・ワーミントン氏は筆者に「富士通はICLを買収した時に問題(ホライズン)を受け継いだ。それはひどいものだった。修復されたバグやエラーに関する情報を抱え込んだ責任がいったい誰にあるのか私には分からない」と打ち明けた。

問題の核心はここにある。「システムに欠陥があることを抱え込んだのは誰なのか責任の所在が明らかになることを願っている。富士通が自主的にホライズンの欠陥のため冤罪に苦しんだ被害者に名誉ある補償を行えば、非常に好意的に受け止められるだろう」。富士通にはまだそうする機会が残されているが、もう時期を失したのかもしれない。


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