Infoseek 楽天

2024年世界選挙の年、世界のあり方が変わるかもしれない

ニューズウィーク日本版 2024年1月10日 17時25分

<2024年、70カ国以上で選挙実施。民主主義の後退と権威主義の台頭が懸念される中、アメリカやEUの選挙結果が世界政治に大きな影響を及ぼす......>

2024年世界人口の半分が投票する

2024年は世界選挙の年になった。これほど多くの選挙がひとつの年に集中することはめずらしい。さらにインド、インドネシア、アメリカ、ブラジル、ロシアなど人口の多い国で選挙がおこなわれるので、世界人口の半分が投票をおこなうことになる。数え方にもよるが、70カ国以上で選挙がおこなわれる。地域別にみると、全体の半分以上の選挙がおこなわれるヨーロッパがもっとも多く、ついでアフリカとなっている。その中で特に注目されている国は下表である。6つのうち4つは結果が確度高く予想されている。

結果が確度高く予想されている選挙では現状の体制がほぼ維持される見込みだ(原稿執筆時点では台湾の選挙結果は出ていない)。ただし、予想をくつがえす結果となった場合、世界全体に与えるインパクトは大きい。たとえばインドの元首が替わって民主主義陣営から抜けたりするとインド・太平洋地域の安全保障に大きな影響がある。

表の中で選挙の実施が不確定な国がひとつある。ウクライナだ。選挙をおこなえばゼレンスキーが勝利するのはほぼ確実だが、選挙そのものが現状はおこなえない。同国は憲法によって戒厳令下での選挙の実施は禁止されており、さらに戒厳令下での憲法の変更も禁止されている。もちろん、このふたつを変更すれば選挙は可能だが、かなりの強硬策だ。くわえて国外に出た数百万人のウクライナ人の投票や、投票期間中の安全確保(ロシアが投票所を狙って攻撃してくる可能性は高い)など課題は多く、安全で公正な選挙をおこなうのは今の状況ではきわめて難しい。

その一方で民主主義国なら選挙をおこなうべきだ、という西側諸国からのプレッシャーがある。実際は選挙を実施しない方が民主主義的価値感に沿っているのだが、そうは考えていないようだ。また、選挙をおこなわなければロシアが「非民主主義」、「独裁」と非難してくるだろう。

確度の高い予想がない選挙はEU=欧州議会とアメリカの2つ。民主主義陣営の中核であるため、その影響は甚大だ。

EUでは右翼、ナショナリスト、ポピュリストの台頭が進むことが予想されている。EUはこれまで権威主義的傾向の強いハンガリーに強い態度を取ってこなかった。EU内の権威主義的傾向を許容してきた姿勢がさらに権威主義化を加速する可能性もある。以前の記事に書いたようにすでにEUはすでに移民問題にうまく対処できなくなっている。選挙の結果によっては反移民などの動きがより活発になる。

もっとも注目を集めているのはアメリカの選挙だ。その結果で台湾、ウクライナ、イスラエルとパレスチナの問題などへの対処ががらりと変わる可能性がある。たとえばトランプが大統領になればウクライナへのアメリカの関与は大きく後退するだろう。逆にトランプが候補になって負けた場合、アメリカ国内で暴動が発生し、混乱に陥ることも予想される。

全体としては権威主義化が進む可能性が高く、EUとアメリカの選挙結果で世界全体の今後が左右されることになる。中露伊(中国、ロシア、イラン)は権威主義への移行を加速するためにさまざまな工作をおこなってくる。ロシアがウクライナとの戦争の一環としてアメリカ選挙への干渉を考えているのはほぼ確実で、中国は台湾併合の準備とそれぞれの思惑がある。

読者の多くは民主主義の後退を食い止めたいと願っていると思うが、そうではない人々が多いのも確かだ。民主主義そのものを支持していても、現在の民主主義は正しく機能していないと考える人もいる。非民主主義的な人々、現状の民主主義を否定する人々、いずれも現状を支持しない。

SNSプラットフォームを始めとするビッグテック各社は、自社への規制を厳しくしている民主主義はいずれ後退すると予想して、見せかけの協力(ファクトチェックやリテラシー教育の支援、透明性向上など)で時間を稼いで状況が変わるのを待っている。

予想される脅威

2024年の一連の選挙には中露伊の干渉を始めとして、さまざまな脅威が想定される。

2024年の選挙で予想される脅威はいくつかあり、攻撃主体は前述の中露伊に加えて白人至上主義グループ、陰謀論者、極右などの反主流派がある。白人至上主義グループはRMVEs(Racially or Ethnically Motivated Violent Extremists)と呼ばれることもある。これらのグループは、以前の記事で紹介したように重複している。最近公開されたInstitute for Strategic Dialogue(ISD)のレポートでグループの重複は確認されている。これらの反主流派は実態として参加者は重複しており、状況に応じて異なる主張のグループに変わる。

現在の反主流派で目立っているのは白人至上主義グループだ。その中心はホワイトナショナリズム3.0を標榜するActive Club(詳しくは拙ブログ)である。全米34の州で50近くのActive Clubの存在が確認されている。カナダでは12のActive Clubがあり、ヨーロッパには4カ国に46のActive Clubがある。これらは小規模で分散化し、全体像をつかめないものになっている。定期的にMMA(総合格闘技)の大会を開催し、御用達のファッションブランドや音楽レーベルがビジネス化されている。もちろん、武装化し、LGBTの集会を襲撃したり、反移民活動などもおこなっている。反主流派は今回のアメリカの選挙にも介入することが予想され、選挙管理関係者への脅迫や暴行などをおこなう懸念がある。それ以外の国でも白人至上主義グループ、陰謀論者、極右などの反主流派が騒ぎを起こす可能性もある。

サイバー空間での影響工作について中露伊および反主流派はその手口(TTPs)が類似してきており、連携して攻撃をおこなうことも増えてきている。

共通して見られる特徴のひとつは活動の中心を大手SNSではなく、Telegramなどのメッセンジャーや小規模SNSに移行し、そこから大手SNSと連動するようになってきていることだ。昔からあるボットやトロールなどを使っての拡散もあるが、すでに多くの国には中露伊および反主流派の流すナラティブに同調する人々が存在し、勝手に大手SNSに転載して拡散してくれる。これらの人々は前述の非民主主義的な人々、現状の民主主義を否定する人々あるいはRMVEsなどの反主流派だったり、あるいはリベラルな思想の持ち主だったりと多様である。たとえば福島の処理水の問題では日本国内の一部メディアや識者と中国由来のナラティブは同じく処理水放出反対を主張していた。中露伊および反主流派は人々が同調しやすいナラティブをうまく使う。

そして中露伊および反主流派は相互に拡散し、連携するようになっている。

たとえば、アメリカの2022年中間選挙では中露伊は本物のアメリカ人が発信したナラティブを中露が拡散していたことがアメリカ国家情報会議(National Intelligence Council)の「Foreign Threats to the 2022 US Elections」(2023年12月11日に機密扱い解除)で確認されている。銃規制や中絶などアメリカ国内世論を分断させるナラティブがよく利用される。時には敵対する両方を煽ることもある。

イランは左派やリベラルなナラティブを利用していたことがわかっている。たとえばイランにとっては、親パレスチナ言説は都合がよいので本物のリベラルなアメリカ人の発言を拡散することで、自国に都合のよい言説を広めつつ、社会の分断を広げることができる。逆にロシアは保守的なアメリカ人を煽っていた。

表中のいくつかの項目について補足の説明をしておきたい。
なにかにつけて話題になりがちなサイバー攻撃はおこなわれるが、すでにその優先度は低くなっている。中露伊にとって影響工作の方がリスク少なく、効果をあげられることがわかってきたからである。

「インフォメーション・ロンダリング」は最近よく使われている手法であり、日本でも身近だ。たとえば新華社は世界100以上の国や地域と協力協定を結び、20を超える多国間組織と提携するなど、世界のメディアに情報発信できる体制を整えている。たとえば、日本ではAFPBBのサイトを見ると、パートナーメディアとして中国系メディアがずらりとならんでいる。処理水問題では中国系メディアの情報をヤフーニュースに配信していた。こうしたことが世界中で起きている。

パーセプション・ハッキングは、表に書かれている通りのことだが、近年デジタル影響工作、偽情報、認知戦への認識が広がり、危機感が共有されていることで効果が高まっている。さらに近年世界各国で利用が進んでいるレピュテーション・マネジメント企業もパーセプション・ハッキングの効果を高めている。

レピュテーション・マネジメント企業は、偽情報や認知戦を仕掛けられた時の対処をおこなう企業である。対症療法で偽情報が検索結果に表示されないようにしたり、偽情報の発信者を特定するなど表向きの成果を出すことに長けている。しかし、これらはあくまで一時的なもので、すぐに違うルートから偽情報が投入されるだけのことだ(そもそも対症療法の方がリピートオーダーを期待できるメリットがある)。おさまったように見えても、国内の反主流派を介して広まっているものには対処できない。たとえば2020年のアメリカ大統領選で偽情報は抑制されたかのように見えたものの、2021年にはアメリカ連邦議事堂襲撃の暴動が起きた。「治療は成功したが、患者は死亡した」ようなものだ。見かけ上偽情報を減らすことと、治安や平和を守ることは全く別物なのだ。

しかし、政府の担当者とレピュテーション・マネジメント企業にとっては国内の暴動は業務範囲外だからマイナスの評価にはならない。こうしたウィンウィンの関係が成立するので、レピュテーション・マネジメント企業の利用は増加しているのだろう。

政府が表向きの偽情報対策の効果をアナウンスし、レピュテーション・マネジメント企業が成功を触れ回ることで、偽情報の脅威が過度に意識されるようになり、パーセプション・ハッキングがおこないやすくなる。表中の「やっていない」攻撃もより効果的になる。やっていないから防ぎようなないが、「そんな攻撃は存在しなかった」と政府が公表しても隠蔽と騒ぎ立て、レピュテーション・マネジメント企業に支払った報酬をあげつらって批判することができる。

さらにレピュテーション・マネジメント企業の多くは、ハッキングや著作権違反をでっちあげてサイトや投稿を削除させる限りなくグレーの方法を取る。そのためその手口が暴露された場合、スキャンダルとなり、政府の信用は失墜し、パーセプション・ハッキングを仕掛けやすくなる。実際、過去にイスラエルとスペインのレピュテーション・マネジメント企業の実態が暴露され、スキャンダルになったことがある。

民主主義国が周回の遅れの対策を練っている間に......

表全体をざっとご覧いただくとわかるように、共通化されたTTPsの多くは現在の政府やSNSプラットフォームの対処方法では対処できない。たとえばEUのDSA法は巨大プラットフォームを対象としているため、小規模SNSやメッセンジャーは対象外だ。法律が施行される頃にはその効果がなくなっているよい例になってしまった。また、アメリカは国内テロに対してはさまざまな規制や組織が用意されているが、国内のグループには有効な規制や組織は充分ではないという問題もある。他の国でも同様の問題がある。影響工作に当たって相手国の国内の反主流派と連携するのは非常に効果的なのだ。相手国の勢力を利用することで否認可能性(deniability)を高めることができる。関与が疑われた時に、そっちの自国内の問題だと突き放しやすい。実際、問題の大半は自国内の問題なのでやられた側は反論しずらい。

現在欧米の多くの政府が取っている情報戦、認知戦への対抗策は、国内問題と国内勢力を利用されることで無力化されつつある。

こうなることは5年前の2019年からわかっていたので国内への対処がなければ意味がないことをさんざんかいてきたが、驚くほど反応はなかったのでいまさらこういう報告がアメリカ国家情報会議などから出てきてため息しかでない。

全体的に選挙を守る側の対処が遅れている状況に追い打ちをかけるのが、アメリカの対策の後退だ。以前の記事でご紹介したようにアメリカの対策は後退しており、SNSプラットフォーム各社は対策要員を削減している。

対策の後退も国内対策の欠落から起きている。偽情報やデジタル影響工作あるいは認知戦が相手国の脆弱な部分を狙いうちするものである以上、脆弱な部分への対処がなければ効果は期待できない。その結果、前回の記事のようなハイブリッド内戦リスクを増大させる事態となっている。海外からの干渉がなくてもちょっとした火種があれば燃え上がる。

ちなみに前掲のアメリカ国家情報会議は国家情報長官室(ODNI)が中心となり、国土安全保障省、CIA、NSAなどのインテリジェンス・コミュニティのメンバーが参加しており、資料の冒頭に外国からの脅威を評価することが任務であり、国内については対象としないとはっきり書いてある(ただし、中露伊がアメリカ国内のアクターと連携していることはきっちり把握し、評価している)。状況がわかってきても改善されない/できないことを物語っている。日本も同じ道をたどっているので、このまま進めば国内から崩壊してゆく。2024年は新しい世界の訪れを実感する年になるのかもしれない。


この記事の関連ニュース