<ハマス殲滅と人質奪還のどちらを優先すべきか。究極の選択を迫られるネタニヤフに「恥を知れ」「無責任で冷酷」と家族の不満が爆発する>
昨年12月初め、停戦中だったイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が再開されると、シャロン・リフシッツの胸に深い痛みが走った。
彼女の85歳の母親ヨシェベドは、10月7日にハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けた際に人質として連れ去られたが、停戦中に実現した人質とパレスチナ人囚人の交換によって解放された。
一方、83歳の父親オデッドは今もパレスチナ自治区ガザのどこかで捕らわれており、生死すら分からない。
「愛する人たちがガザでゆっくりと死んでいく。父の居場所はおそらくここから1マイル(1.6キロ)しか離れていない。はるか彼方の別世界ではないのに」と、リフシッツはガザに近接するキブツ(農業共同体)にある両親の家の焼け跡で語った。
「彼らはなぜ戻れないのか。なぜ私たちは『彼らを取り戻すためにあらゆる手を尽くす』と言えないのか」
ガザで拘束されている他の人質の家族と同様、彼女もベンヤミン・ネタニヤフ首相率いる戦時内閣がハマス殲滅に気を取られ、自国民の救出を優先していないと感じている。
12月15日にイスラエル軍が人質3人を誤って射殺したことが公表されると、その懸念はますます強まった。
怒号が飛び交う首相との面会
人質家族の怒りはネタニヤフと並んで、赤十字国際委員会(ICRC)にも向けられている。
ICRCが人質の元を訪れ、適切な処遇を受けられるよう手配する任務を怠っている、というのだ。
人質の中には生後10カ月と4歳の乳幼児もいると伝えられるが、ハマスは要求が通らない限り、人質が生きてガザを出ることはないと警告している。
イスラエルは過去にも人質をめぐるジレンマに直面してきたが、今回ほど大規模に、そして国家の存亡を揺るがす戦争の渦中で選択を迫られるのは初めてのことだ。
リフシッツの両親は、65年間暮らしてきたキブツに武装集団が突入した直後に拘束され連れ去られた。
他の多くの人質と同じく、彼らもパレスチナ人との友好を信じる左派だったと、リフシッツは語る。
父親はガザに友人がおり、高齢になった今も、治療が必要なパレスチナ人を病院に運ぶボランティアをしていた。
このキブツでの犠牲者は少なくとも46人。これは住民の1割以上に当たる。
「ハマスを滅ぼせば人質を取り戻せる、とは思えない。(イスラエル軍は)ハマスと一緒に自国民も殺すだろう」と、リフシッツは言う。
彼女の母親は解放後、ハマス戦闘員が身を潜める「クモの巣」のような地下トンネル内で拘束されていたと語った。
イスラエル軍はそうしたトンネルを空爆や地上作戦で破壊しようとしている。地下トンネルに海水を注入したとの報道もあり、人質の家族は心を痛めている。
リフシッツの父は今もガザで拘束されているとみられる MATTHEW TOSTEVINーNEWSWEEK
解放されたクララ・メルマン(63)は、「昼と夜の区別もつかず、食事が取れるかどうかも、いつ爆弾が降ってくるかも分からない」と語った。
「あんな場所にとどまるなんて想像もできない」
家族らは人質の救出を最優先にするよう政府に求めている。
たとえそれが再度の停戦を意味するとしても、イスラエル人を殺害したパレスチナ人囚人の釈放を意味するとしても。
12月5日に行われたネタニヤフとの面会で、人質家族は怒りを爆発させた。
「恥を知れ」と怒号が飛び交い、ネタニヤフを「無責任で冷酷」と糾弾する声もあった。
世論も人質奪還優先を支持
「ハマスの要求に応える代償が大きすぎる」というネタニヤフの発言に対して、「ナンセンス」との批判も上がった。
「あなたが父親の立場だったら、大きすぎる代償などないのでは?」と問いかけたのは、兵役中の19歳の息子イテーを拉致されたニューヨーク生まれのルービー・チェン。
「政府は人質家族の代表であるわれわれに代償の中身を説明し、われわれを決定プロセスに加えるべきだ。私の子供に関わる決断を下すのなら、どんな代償が必要なのかを語るべきだ」
昨年11月下旬に行われた世論調査では、人質の奪還を最優先事項にすべきだと答えたユダヤ系イスラエル人は49%で、ハマス打倒を優先すべきという回答(32%)を上回った。
ただし、今回の紛争では従来とは異なる力学が働いており、イスラエル軍の死者が増え続けている事態も今のところ容認されている。
人質の家族はICRCに対して、即座に行動を起こすよう要求している。
ガザを訪れたICRCのミリアナ・スポリアリッチ総裁が人道危機について熱弁を振るう姿をSNSに投稿したり、人質の窮状を強調することなくガザ戦争を国際社会の道徳的失敗と称したことにも、人質家族は怒りをにじませている。
イスラエルメディアによれば、ある人質の両親が娘への医療支援についてICRCに相談したところ、パレスチナ人の状況にも思いをはせるべきだと言われたという(ICRCは昨年末の人質解放に尽力しており、スポリアリッチはICRCが人質と面会できるよう、ハマスを含むあらゆる関係団体への働きかけを続けると語っている)。
イスラエルもICRCにさらなる行動を求めている。
さらに、アントニー・ブリンケン米国務長官もスポリアリッチと会談し、ICRCと人質との面会の必要性を強調した。
「ガザで人道危機が起きていることは認めるが、殺害された1200人と、今も拘束されている人々はどうなるのか」と、チェンは訴える。
「まだ面会が実現していない人質もいる。医療もない。銃で撃たれたり、腕を切断された負傷者もいる。これには向き合わなくていいのか? タイムリミットが迫っている」
マシュー・トステビン(ジャーナリスト)
昨年12月初め、停戦中だったイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が再開されると、シャロン・リフシッツの胸に深い痛みが走った。
彼女の85歳の母親ヨシェベドは、10月7日にハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けた際に人質として連れ去られたが、停戦中に実現した人質とパレスチナ人囚人の交換によって解放された。
一方、83歳の父親オデッドは今もパレスチナ自治区ガザのどこかで捕らわれており、生死すら分からない。
「愛する人たちがガザでゆっくりと死んでいく。父の居場所はおそらくここから1マイル(1.6キロ)しか離れていない。はるか彼方の別世界ではないのに」と、リフシッツはガザに近接するキブツ(農業共同体)にある両親の家の焼け跡で語った。
「彼らはなぜ戻れないのか。なぜ私たちは『彼らを取り戻すためにあらゆる手を尽くす』と言えないのか」
ガザで拘束されている他の人質の家族と同様、彼女もベンヤミン・ネタニヤフ首相率いる戦時内閣がハマス殲滅に気を取られ、自国民の救出を優先していないと感じている。
12月15日にイスラエル軍が人質3人を誤って射殺したことが公表されると、その懸念はますます強まった。
怒号が飛び交う首相との面会
人質家族の怒りはネタニヤフと並んで、赤十字国際委員会(ICRC)にも向けられている。
ICRCが人質の元を訪れ、適切な処遇を受けられるよう手配する任務を怠っている、というのだ。
人質の中には生後10カ月と4歳の乳幼児もいると伝えられるが、ハマスは要求が通らない限り、人質が生きてガザを出ることはないと警告している。
イスラエルは過去にも人質をめぐるジレンマに直面してきたが、今回ほど大規模に、そして国家の存亡を揺るがす戦争の渦中で選択を迫られるのは初めてのことだ。
リフシッツの両親は、65年間暮らしてきたキブツに武装集団が突入した直後に拘束され連れ去られた。
他の多くの人質と同じく、彼らもパレスチナ人との友好を信じる左派だったと、リフシッツは語る。
父親はガザに友人がおり、高齢になった今も、治療が必要なパレスチナ人を病院に運ぶボランティアをしていた。
このキブツでの犠牲者は少なくとも46人。これは住民の1割以上に当たる。
「ハマスを滅ぼせば人質を取り戻せる、とは思えない。(イスラエル軍は)ハマスと一緒に自国民も殺すだろう」と、リフシッツは言う。
彼女の母親は解放後、ハマス戦闘員が身を潜める「クモの巣」のような地下トンネル内で拘束されていたと語った。
イスラエル軍はそうしたトンネルを空爆や地上作戦で破壊しようとしている。地下トンネルに海水を注入したとの報道もあり、人質の家族は心を痛めている。
リフシッツの父は今もガザで拘束されているとみられる MATTHEW TOSTEVINーNEWSWEEK
解放されたクララ・メルマン(63)は、「昼と夜の区別もつかず、食事が取れるかどうかも、いつ爆弾が降ってくるかも分からない」と語った。
「あんな場所にとどまるなんて想像もできない」
家族らは人質の救出を最優先にするよう政府に求めている。
たとえそれが再度の停戦を意味するとしても、イスラエル人を殺害したパレスチナ人囚人の釈放を意味するとしても。
12月5日に行われたネタニヤフとの面会で、人質家族は怒りを爆発させた。
「恥を知れ」と怒号が飛び交い、ネタニヤフを「無責任で冷酷」と糾弾する声もあった。
世論も人質奪還優先を支持
「ハマスの要求に応える代償が大きすぎる」というネタニヤフの発言に対して、「ナンセンス」との批判も上がった。
「あなたが父親の立場だったら、大きすぎる代償などないのでは?」と問いかけたのは、兵役中の19歳の息子イテーを拉致されたニューヨーク生まれのルービー・チェン。
「政府は人質家族の代表であるわれわれに代償の中身を説明し、われわれを決定プロセスに加えるべきだ。私の子供に関わる決断を下すのなら、どんな代償が必要なのかを語るべきだ」
昨年11月下旬に行われた世論調査では、人質の奪還を最優先事項にすべきだと答えたユダヤ系イスラエル人は49%で、ハマス打倒を優先すべきという回答(32%)を上回った。
ただし、今回の紛争では従来とは異なる力学が働いており、イスラエル軍の死者が増え続けている事態も今のところ容認されている。
人質の家族はICRCに対して、即座に行動を起こすよう要求している。
ガザを訪れたICRCのミリアナ・スポリアリッチ総裁が人道危機について熱弁を振るう姿をSNSに投稿したり、人質の窮状を強調することなくガザ戦争を国際社会の道徳的失敗と称したことにも、人質家族は怒りをにじませている。
イスラエルメディアによれば、ある人質の両親が娘への医療支援についてICRCに相談したところ、パレスチナ人の状況にも思いをはせるべきだと言われたという(ICRCは昨年末の人質解放に尽力しており、スポリアリッチはICRCが人質と面会できるよう、ハマスを含むあらゆる関係団体への働きかけを続けると語っている)。
イスラエルもICRCにさらなる行動を求めている。
さらに、アントニー・ブリンケン米国務長官もスポリアリッチと会談し、ICRCと人質との面会の必要性を強調した。
「ガザで人道危機が起きていることは認めるが、殺害された1200人と、今も拘束されている人々はどうなるのか」と、チェンは訴える。
「まだ面会が実現していない人質もいる。医療もない。銃で撃たれたり、腕を切断された負傷者もいる。これには向き合わなくていいのか? タイムリミットが迫っている」
マシュー・トステビン(ジャーナリスト)