<人口密集地での戦争で無差別・大量破壊攻撃はどこまで正当化されるのか? イスラエルとアメリカの間に存在する作成行動への決定的な違いも見えてきた>
今回の対ハマス戦争では、パレスチナ側の民間人死傷者数が最大の争点となってきた。
今や世界中がイスラエルを非難している。
国連のアントニオ・グテレス事務総長は「民間人の死傷者数は驚くべきで、とても受け入れられない」と述べた。
ジョー・バイデン米大統領も昨年12月12日に、イスラエルはアメリカの支援と欧州各国の支持を得ているが「無差別爆撃の継続でその支持を失い始めている」と警告した。
確かにパレスチナ側の死者は桁違いに多く、民間人が意図的に標的とされているのなら戦争犯罪だ、いやジェノサイド(集団虐殺)だという声も上がっている。
各国政府の声明やメディアの報道も、イスラエルは民間人の命など気にせずに病院や学校、難民キャンプなどを攻撃しているという印象を強めている。
もしもイスラエルの攻撃が無差別で、あるいは故意に民間人を標的としているのなら紛れもなく戦争犯罪だ。
しかし、そういう事実はない。
人命の損失を何人なら容認できるかと算定するのは不毛なことだし、ガザ地区の悲惨な現状を見れば即時停戦を求める声が上がるのも無理はない。
しかし軍隊という組織は常に、民間人の犠牲と軍事的な獲得目標をはかりにかけて行動するものだ。
では、民間人に過大な損失を与えてはならないとする「均衡性原則」に照らして、現在のガザ地区における民間人の死傷者は本当に多すぎるのだろうか。
この疑問に答えるため、本誌はイスラエル軍と米軍の現役・退役将校十数人に話を聞いた。
匿名を条件としたので、みんな率直に語ってくれた。この戦争の遂行に対する批判も聞こえてきた。
ガザの死傷者数は確かに多い。
だが本誌の入手したイスラエル軍の攻撃に関する新たなデータを見ると、必ずしも不均衡とは言えないようだ。
攻撃に用いられた兵器の数、標的の数、ハマスという組織の性格、ガザ地区の人口密度といった国際法上の尺度に照らせば、必ずしも不均衡ではなさそうだ。
この見解には、イスラエル軍の行動の多くに批判的な米軍関係者も同意している。
本誌はイスラエルとアメリカの軍隊間に存在する決定的な違いにも気付いた。
イスラエル側が個々の作戦行動における国際法の遵守を気にするのに対し、アメリカ側は結果、つまり攻撃によってガザ地区がどうなったかを注視している。
「問題の一部はイスラエル側の傲慢にある」と言ったのは、バイデン政権での検討作業やイスラエル側との協議に携わった米空軍の上級将校だ。
「たとえ個々の攻撃は正当化できても、ここまでの破壊をやったら広報戦では勝てない」
実際、今回の攻撃の強度は近年まれに見るものだ。
わずか365平方キロ(アメリカの首都ワシントンの2倍弱)の土地に約230万人が暮らすガザ地区に対し、本誌の入手した未発表の情報によれば、イスラエル軍は約2万5000の標的を攻撃した。
使用された兵器は約14万発。その60%は地上または艦船からの砲撃、残りの40%は空爆だった。
ガザ地区保健当局によると、行方不明者を含めて少なくとも2万4500の民間人が殺害された。
この数字の正確性は、国際人道機関も妥当なものと認めている。
またパレスチナ自治政府によると、高層建築のアパートを含め約1万棟のビルが全壊。被害を受けたビルはその10倍近い。
さらにイスラエル軍は、全長500キロに及ぶ地下トンネルの入り口800以上を特定し、その半分以上を破壊し、6000人以上のハマス戦闘員を殺害したと主張している。
国際法上の均衡性原則は、軍隊に対し「想定される具体的かつ直接的な軍事的利益に比べて過大な」被害を民間人・施設に及ぼすような攻撃を控えるよう求めている。
また民間人への危険を減らすために「実行可能」な予防措置を講じるよう定めている。
ただし、米国防総省の指針にあるように「民間の被害や軍事的利益、実行可能性は数値化し難い」もので、均衡性と予防措置の「適用はしばしば地上の、瞬時に変化する状況に依存する」のが常だ。
人的被害の最小化は「努力目標」
そもそも戦争が起きた場合、得られる情報は限定的で、信頼性も乏しい。今度のハマス戦争もそうだ。
どんな種類の兵器が使われたか。どんな標的が、なぜ攻撃されたか。私たちはその詳細をほとんど知り得ない。
どれだけの民間人犠牲者なら容認できるかという問いに、明確な答えはないのかもしれない。
ガザ地区での死者数については、複数の中立的な外部団体がシリアやウクライナなどの戦場と比較して評価を試みている。
死者と負傷者の比率についての試算もあり、性別や年齢の分布を他の紛争と比較した調査もある。
住宅や建物などの破壊に注目した調査もある。包囲されたガザ地区では食料や水、燃料などが不足し、そのせいで死者が増えているとの指摘もある。
そして誰もが、この戦争は前代未聞だとみている。
しかし、死者が「何人なら多すぎるのか」という問いに対する答えはない。
ちなみにイスラエルは、パレスチナ側から出てくる数字の信憑性を問い、そこにはハマスの戦闘員も含まれていると主張する。
ハマスは学校や病院の地下に潜み、民間人を盾にしていると非難してもいる。ハマスの武器による誤爆で多くの死者が出ているとの指摘もある。
ハマス殲滅を誓うイスラエルのネタニヤフ首相 RONEN ZVULUNーPOOLーREUTERS
前出の米空軍上級将校は、 「イスラエル軍は民間人や民間施設を標的にしているわけではない」と指摘した。
「イスラエル軍は、米軍なら攻撃をためらうような場所でハマスを攻撃しているか? 答えはイエスだ。
軍事目標達成のためなら批判を浴びてもいいと考えているか? これもイエス。
だが民間人の被害を最小限に抑えるというのは努力目標であり、彼らもその努力はしている」
ハマスへの報復攻撃を開始した初日の夜、イスラエル軍は戦闘機と攻撃ヘリによる空襲と、地上および海上からの砲撃で500以上の標的を攻撃した。
ハマスやパレスチナの武装組織「イスラム聖戦」の拠点や幹部の住居とされる「複数階の建物」も含まれていた。
当局者によれば、イスラエル軍は既存の有事作戦計画に基づき、大規模攻撃への「最大限」の対応として、軍事基地や地下施設と目される場所やハマス指導部の拠点を集中的に爆撃。
砲撃基地や監視所も含め、約1200カ所が標的となった。
アメリカ側の情報によると、イスラエル空軍は既存の計画どおり最初の72時間で約2000発の爆弾を投下した。
パレスチナ自治政府の保健省によれば、この一連の攻撃で民間人849人が殺害され、4250人が負傷したという。
米・イスラエル両国の軍事筋によると、ハマスに宣戦を布告した後、イスラエル軍はハマスによる奇襲の規模と被害状況に鑑み、標的の選択に変更を加え、既存の交戦規定の一部を緩和した。
軍のダニエル・ハガリ報道官によれば、「正確さより打撃を重視」することにした。
ハマス殲滅作戦にシフト
イスラエル軍の現役幹部はこう説明した。
「真の変化は、限定的に懲罰を与える作戦から、ハマス殲滅作戦にシフトしたことだ。適当な標的を攻撃するのではなく、ハマスの軍事機構そのものを破壊する。これまでの作戦とはそこが違う」
イスラエル軍と米情報機関の推定では、ハマスの軍事部門「イザディン・アルカッサム」の戦闘員数は2万5000人強。
24大隊の下に140の戦闘中隊があり、それぞれが歩兵や工兵、ロケット砲、対戦車、防空担当の部隊を擁している。
またイスラエル軍によれば、イスラム聖戦にも1万7000人の戦闘員がいる。ハマスとの合計で、戦闘員の数は4万2000人になる。
どちらの組織についても、イスラエル軍は司令部や支援施設の場所を特定している。
分散した部隊や戦闘員も標的となる。
イスラエル軍が最初に猛爆を加えたガザ北部には、ハマスの5旅団のうち2つ(最多の戦闘員約9000人を擁するガザ市旅団と、戦闘員数約4800人のガザ北部旅団)の拠点があった。
イスラエル空軍のオメル・ティシュラー参謀長らによれば、開戦1週目には、空軍機が攻撃目標を知らずに離陸し、空中で標的の位置を指示されるケースもあった。
本誌の取材に匿名で応じた軍幹部によれば、当時はハマスの軍事力をそぐことが最優先だったため、民間施設やその近くでも容赦しなかったという。
米・イスラエル両国の軍事筋によると、初期段階でイスラエルが使用したのは爆弾から迫撃砲、ロケット弾に至るまで、ほぼ全てが精密誘導弾だった。
人口が密集した都市部で、隣接する民間施設などへの被害を最小限に抑えるための配慮であり、イスラエル軍は以前からそうしてきたという。
またイスラエル軍によれば、一連の攻撃でクラスター爆弾や白リン弾は使用していない。
それでもガザ地区のように狭くて人口の密集した場所で、いっぺんに1200もの標的をたたく軍事作戦は前代未聞だ。
国際社会からの反発が高まるにつれ、バイデン政権はイスラエル軍の作戦行動についての検討を始めた。
前出の空軍将校が本誌に語ったところでは、イスラエル軍による爆撃の範囲は米軍の想定よりも広く、(少なくとも最初の2週間は)米軍なら使わないはずの大型爆弾を多数投下していた。
また米空軍と国防情報局の報告によると、イスラエル軍は敵の戦闘員が既に脱出してもぬけの殻となった標的にも攻撃を加えていた。
建物を破壊し、二度とハマスが使えないようにするためだ(こうした攻撃は国際法違反と見なされる可能性があるため、今の米軍は行っていない)。
世論の圧力と批判が高まるにつれ、イスラエル政府は反論を試みた。
「『民間人』ないし『民間施設』と目されるものを標的にしたという事実だけで違法な攻撃と結論することはできない」。
イスラエル軍は法的な正当性を調査した白書にそう記し、さらに「わが軍の求める軍事的利益には、敵の軍事資産の破壊、戦闘員の殺害、敵の指揮命令系統の弱体化、軍事目的で利用される地下トンネルやインフラの無力化、わが軍の地上部隊を危険にさらす拠点の破壊などが含まれる」と続けている。
法的には、それで正しいのかもしれない。
しかし、瓦礫と化したガザの惨状や血まみれの子供たちの遺体を捉えた写真や動画ほどの説得力はない。
現にバイデン政権内部の議論では、国防長官を含む複数の幹部からイスラエルの主張を疑問視する声が上がり、そうした意見がイスラエル軍にも伝えられたという。
米政府が感じた居心地の悪さ
流れが変わったのは10月17日の晩だ。午後6時59分、ガザ市にあるアル・アハリ病院の駐車場で爆発が起きた。
パレスチナ側は直ちに民間人471人が「イスラエルからの攻撃」で死亡したと発表。全世界のメディアがこの数字を報じた。
その後、実はハマスと共闘する「イスラム聖戦」の発射したロケット弾が誤って落ちた結果だという分析が示された。
死者数についても、アメリカ側はせいぜい30人程度だと推定している。
それで各国のメディアも誤報として訂正を出したが、それでもなお、多くの死者を出したこの残虐な攻撃の責任はイスラエルにあるという印象は消えなかった。
アメリカ政府は一貫して、民間人の犠牲を最小限に抑えることを最優先にするよう、イスラエル側に求めていた。
だが個々の標的については、両国間で見解の相違はほとんどなかったという。
複数の当局者によれば、バイデン政権がもっと懸念していたのは軍事作戦の「姿勢」だ。
政権内部の協議に参加した前出の米空軍幹部によれば「バイデン政権はハマス殲滅という目標を支持しているが、イスラエルのやり方には居心地の悪さを感じていた」。
11月に入ってイスラエル軍の地上侵攻が本格化すると、これではガザ住民への「集合的懲罰」だという非難が各方面から上がった。
むろん、イスラエル側は反論した。
ガザ地区北部の住民には南部に退避するよう警告していた、ビラの投下やSNSでの警告、電話やメールでの退避勧告も行っていたと主張した。
パレスチナ側が発表している民間人の死者数については、イスラエルだけではなくアメリカ政府も疑念を抱いているようだ。
バイデンは10月25日、「パレスチナ側が犠牲者数について真実を述べているかどうかは分からない」と発言した。
その翌日には国家安全保障会議のジョン・カービー戦略広報調査官が、ホワイトハウスは「テロ組織の運営する組織が発表した数字」は使わないと述べている。
だが複数の情報筋によれば、本音の部分ではアメリカの情報機関も、パレスチナ民間人の死傷者数はパレスチナ保健省の主張する数字とほぼ一致しているとみている。
前出の米空軍幹部によれば、「空爆の規模や戦闘員と民間人が混在している事実、それに人口密度を考慮すれば、特に驚くべき数字ではない」。
これはイスラエル側も認めているところだが、米政府はイスラエルに、今回の戦争遂行に関して3つの質問を投げかけている。
①ハマスの作戦能力を破壊するという長期目標の達成に民間インフラ(ハマス幹部の住居を含む)を爆撃する必要があるのか、
②重量2000ポンド(約907キロ)の爆弾を多用する必要があるのか、もっと爆発力の弱い爆弾なら民間人の犠牲を減らせるのではないか、
③そもそも「ハマス殲滅」という目標は妥当なのか、の3つだ。
本誌の取材に応じたイスラエル軍の関係者によれば、2000ポンド弾の使用についてはイスラエル側が既にアメリカに譲歩している。
また状況の変化もあり、今はドローンや地上の兵士から得た情報を基に「動的」な標的を攻撃することに重点を移しているそうだ。
戦闘に勝って戦争に負ける
だが、これには不満の声もある。
米政府の干渉に激怒したあるイスラエル軍幹部は、「そんなに小型の爆弾を使わせたいなら、なぜ今まで、こんなに多くの大型爆弾を売り付けてきたのか」と述べた。
実際、アメリカは過去10年でイスラエルに3万1175発の爆弾を供与し、または供与の約束をしてきたが、その半分は2000ポンド弾だったという。
開戦から2カ月が経過した昨年12月初めの時点で、パレスチナ側は民間人の死者が少なくとも1万8000人に上り、その大半(70%)は女性と子供だと発表した。
ほかに瓦礫の下敷きになっているとみられる人が最大で6500人いるというから、合算すれば最大で2万4500人が死亡した可能性がある。
さて、これが正確な数字だとして、それはイスラエルが意図的に民間人を殺していることの証拠になるのだろうか。
そうだとして、この犠牲者数は「多すぎる」のだろうか。
例えばウクライナ戦争では、国連の「検証済み」の数字によれば、民間人の死者数は1万人前後だ。
これに比べるとガザ地区の民間人犠牲者はずっと多い。
ただしウクライナでは人口密度の高い大都市で戦闘が起きていないし、東部の激戦地からは大部分の市民が避難している。
06年にイスラエルとレバノンのイスラム過激派組織「ヒズボラ」の間で34日間にわたって展開された紛争では、レバノンの民間人1200人が死亡したと推定される。
人口密度の差を考慮に入れて換算すると、ガザ地区ならば約1万2000人(戦闘の継続日数も考慮に入れれば、さらに倍の2万4000人)に相当する可能性がある。
アメリカの軍と情報機関の関係者らは、ガザ地区の被害程度を考えると爆弾1発、あるいは標的1つ当たりの民間人の犠牲は極めて少ないという見方で一致している。
それでもガザ地区の人々の苦しみを目の当たりにすると、その見解が説得力を持つとは考えにくいだろう。
イスラエルは「これはハマスを壊滅させる作戦だとして戦闘の継続を正当化している。だが2カ月たっても、殺害できたのは戦前の推定戦闘員数の2割にすぎないと認めている」。
前出の米軍上級将校はそう言って、ため息をついた。
「これは『戦闘に勝って戦争に負ける』の典型的なケースだ。彼らがどう頑張っても、結果として民間人への(意図的な)攻撃になってしまう」
ウィリアム・アーキン(ジャーナリスト、元米陸軍情報分析官)
今回の対ハマス戦争では、パレスチナ側の民間人死傷者数が最大の争点となってきた。
今や世界中がイスラエルを非難している。
国連のアントニオ・グテレス事務総長は「民間人の死傷者数は驚くべきで、とても受け入れられない」と述べた。
ジョー・バイデン米大統領も昨年12月12日に、イスラエルはアメリカの支援と欧州各国の支持を得ているが「無差別爆撃の継続でその支持を失い始めている」と警告した。
確かにパレスチナ側の死者は桁違いに多く、民間人が意図的に標的とされているのなら戦争犯罪だ、いやジェノサイド(集団虐殺)だという声も上がっている。
各国政府の声明やメディアの報道も、イスラエルは民間人の命など気にせずに病院や学校、難民キャンプなどを攻撃しているという印象を強めている。
もしもイスラエルの攻撃が無差別で、あるいは故意に民間人を標的としているのなら紛れもなく戦争犯罪だ。
しかし、そういう事実はない。
人命の損失を何人なら容認できるかと算定するのは不毛なことだし、ガザ地区の悲惨な現状を見れば即時停戦を求める声が上がるのも無理はない。
しかし軍隊という組織は常に、民間人の犠牲と軍事的な獲得目標をはかりにかけて行動するものだ。
では、民間人に過大な損失を与えてはならないとする「均衡性原則」に照らして、現在のガザ地区における民間人の死傷者は本当に多すぎるのだろうか。
この疑問に答えるため、本誌はイスラエル軍と米軍の現役・退役将校十数人に話を聞いた。
匿名を条件としたので、みんな率直に語ってくれた。この戦争の遂行に対する批判も聞こえてきた。
ガザの死傷者数は確かに多い。
だが本誌の入手したイスラエル軍の攻撃に関する新たなデータを見ると、必ずしも不均衡とは言えないようだ。
攻撃に用いられた兵器の数、標的の数、ハマスという組織の性格、ガザ地区の人口密度といった国際法上の尺度に照らせば、必ずしも不均衡ではなさそうだ。
この見解には、イスラエル軍の行動の多くに批判的な米軍関係者も同意している。
本誌はイスラエルとアメリカの軍隊間に存在する決定的な違いにも気付いた。
イスラエル側が個々の作戦行動における国際法の遵守を気にするのに対し、アメリカ側は結果、つまり攻撃によってガザ地区がどうなったかを注視している。
「問題の一部はイスラエル側の傲慢にある」と言ったのは、バイデン政権での検討作業やイスラエル側との協議に携わった米空軍の上級将校だ。
「たとえ個々の攻撃は正当化できても、ここまでの破壊をやったら広報戦では勝てない」
実際、今回の攻撃の強度は近年まれに見るものだ。
わずか365平方キロ(アメリカの首都ワシントンの2倍弱)の土地に約230万人が暮らすガザ地区に対し、本誌の入手した未発表の情報によれば、イスラエル軍は約2万5000の標的を攻撃した。
使用された兵器は約14万発。その60%は地上または艦船からの砲撃、残りの40%は空爆だった。
ガザ地区保健当局によると、行方不明者を含めて少なくとも2万4500の民間人が殺害された。
この数字の正確性は、国際人道機関も妥当なものと認めている。
またパレスチナ自治政府によると、高層建築のアパートを含め約1万棟のビルが全壊。被害を受けたビルはその10倍近い。
さらにイスラエル軍は、全長500キロに及ぶ地下トンネルの入り口800以上を特定し、その半分以上を破壊し、6000人以上のハマス戦闘員を殺害したと主張している。
国際法上の均衡性原則は、軍隊に対し「想定される具体的かつ直接的な軍事的利益に比べて過大な」被害を民間人・施設に及ぼすような攻撃を控えるよう求めている。
また民間人への危険を減らすために「実行可能」な予防措置を講じるよう定めている。
ただし、米国防総省の指針にあるように「民間の被害や軍事的利益、実行可能性は数値化し難い」もので、均衡性と予防措置の「適用はしばしば地上の、瞬時に変化する状況に依存する」のが常だ。
人的被害の最小化は「努力目標」
そもそも戦争が起きた場合、得られる情報は限定的で、信頼性も乏しい。今度のハマス戦争もそうだ。
どんな種類の兵器が使われたか。どんな標的が、なぜ攻撃されたか。私たちはその詳細をほとんど知り得ない。
どれだけの民間人犠牲者なら容認できるかという問いに、明確な答えはないのかもしれない。
ガザ地区での死者数については、複数の中立的な外部団体がシリアやウクライナなどの戦場と比較して評価を試みている。
死者と負傷者の比率についての試算もあり、性別や年齢の分布を他の紛争と比較した調査もある。
住宅や建物などの破壊に注目した調査もある。包囲されたガザ地区では食料や水、燃料などが不足し、そのせいで死者が増えているとの指摘もある。
そして誰もが、この戦争は前代未聞だとみている。
しかし、死者が「何人なら多すぎるのか」という問いに対する答えはない。
ちなみにイスラエルは、パレスチナ側から出てくる数字の信憑性を問い、そこにはハマスの戦闘員も含まれていると主張する。
ハマスは学校や病院の地下に潜み、民間人を盾にしていると非難してもいる。ハマスの武器による誤爆で多くの死者が出ているとの指摘もある。
ハマス殲滅を誓うイスラエルのネタニヤフ首相 RONEN ZVULUNーPOOLーREUTERS
前出の米空軍上級将校は、 「イスラエル軍は民間人や民間施設を標的にしているわけではない」と指摘した。
「イスラエル軍は、米軍なら攻撃をためらうような場所でハマスを攻撃しているか? 答えはイエスだ。
軍事目標達成のためなら批判を浴びてもいいと考えているか? これもイエス。
だが民間人の被害を最小限に抑えるというのは努力目標であり、彼らもその努力はしている」
ハマスへの報復攻撃を開始した初日の夜、イスラエル軍は戦闘機と攻撃ヘリによる空襲と、地上および海上からの砲撃で500以上の標的を攻撃した。
ハマスやパレスチナの武装組織「イスラム聖戦」の拠点や幹部の住居とされる「複数階の建物」も含まれていた。
当局者によれば、イスラエル軍は既存の有事作戦計画に基づき、大規模攻撃への「最大限」の対応として、軍事基地や地下施設と目される場所やハマス指導部の拠点を集中的に爆撃。
砲撃基地や監視所も含め、約1200カ所が標的となった。
アメリカ側の情報によると、イスラエル空軍は既存の計画どおり最初の72時間で約2000発の爆弾を投下した。
パレスチナ自治政府の保健省によれば、この一連の攻撃で民間人849人が殺害され、4250人が負傷したという。
米・イスラエル両国の軍事筋によると、ハマスに宣戦を布告した後、イスラエル軍はハマスによる奇襲の規模と被害状況に鑑み、標的の選択に変更を加え、既存の交戦規定の一部を緩和した。
軍のダニエル・ハガリ報道官によれば、「正確さより打撃を重視」することにした。
ハマス殲滅作戦にシフト
イスラエル軍の現役幹部はこう説明した。
「真の変化は、限定的に懲罰を与える作戦から、ハマス殲滅作戦にシフトしたことだ。適当な標的を攻撃するのではなく、ハマスの軍事機構そのものを破壊する。これまでの作戦とはそこが違う」
イスラエル軍と米情報機関の推定では、ハマスの軍事部門「イザディン・アルカッサム」の戦闘員数は2万5000人強。
24大隊の下に140の戦闘中隊があり、それぞれが歩兵や工兵、ロケット砲、対戦車、防空担当の部隊を擁している。
またイスラエル軍によれば、イスラム聖戦にも1万7000人の戦闘員がいる。ハマスとの合計で、戦闘員の数は4万2000人になる。
どちらの組織についても、イスラエル軍は司令部や支援施設の場所を特定している。
分散した部隊や戦闘員も標的となる。
イスラエル軍が最初に猛爆を加えたガザ北部には、ハマスの5旅団のうち2つ(最多の戦闘員約9000人を擁するガザ市旅団と、戦闘員数約4800人のガザ北部旅団)の拠点があった。
イスラエル空軍のオメル・ティシュラー参謀長らによれば、開戦1週目には、空軍機が攻撃目標を知らずに離陸し、空中で標的の位置を指示されるケースもあった。
本誌の取材に匿名で応じた軍幹部によれば、当時はハマスの軍事力をそぐことが最優先だったため、民間施設やその近くでも容赦しなかったという。
米・イスラエル両国の軍事筋によると、初期段階でイスラエルが使用したのは爆弾から迫撃砲、ロケット弾に至るまで、ほぼ全てが精密誘導弾だった。
人口が密集した都市部で、隣接する民間施設などへの被害を最小限に抑えるための配慮であり、イスラエル軍は以前からそうしてきたという。
またイスラエル軍によれば、一連の攻撃でクラスター爆弾や白リン弾は使用していない。
それでもガザ地区のように狭くて人口の密集した場所で、いっぺんに1200もの標的をたたく軍事作戦は前代未聞だ。
国際社会からの反発が高まるにつれ、バイデン政権はイスラエル軍の作戦行動についての検討を始めた。
前出の空軍将校が本誌に語ったところでは、イスラエル軍による爆撃の範囲は米軍の想定よりも広く、(少なくとも最初の2週間は)米軍なら使わないはずの大型爆弾を多数投下していた。
また米空軍と国防情報局の報告によると、イスラエル軍は敵の戦闘員が既に脱出してもぬけの殻となった標的にも攻撃を加えていた。
建物を破壊し、二度とハマスが使えないようにするためだ(こうした攻撃は国際法違反と見なされる可能性があるため、今の米軍は行っていない)。
世論の圧力と批判が高まるにつれ、イスラエル政府は反論を試みた。
「『民間人』ないし『民間施設』と目されるものを標的にしたという事実だけで違法な攻撃と結論することはできない」。
イスラエル軍は法的な正当性を調査した白書にそう記し、さらに「わが軍の求める軍事的利益には、敵の軍事資産の破壊、戦闘員の殺害、敵の指揮命令系統の弱体化、軍事目的で利用される地下トンネルやインフラの無力化、わが軍の地上部隊を危険にさらす拠点の破壊などが含まれる」と続けている。
法的には、それで正しいのかもしれない。
しかし、瓦礫と化したガザの惨状や血まみれの子供たちの遺体を捉えた写真や動画ほどの説得力はない。
現にバイデン政権内部の議論では、国防長官を含む複数の幹部からイスラエルの主張を疑問視する声が上がり、そうした意見がイスラエル軍にも伝えられたという。
米政府が感じた居心地の悪さ
流れが変わったのは10月17日の晩だ。午後6時59分、ガザ市にあるアル・アハリ病院の駐車場で爆発が起きた。
パレスチナ側は直ちに民間人471人が「イスラエルからの攻撃」で死亡したと発表。全世界のメディアがこの数字を報じた。
その後、実はハマスと共闘する「イスラム聖戦」の発射したロケット弾が誤って落ちた結果だという分析が示された。
死者数についても、アメリカ側はせいぜい30人程度だと推定している。
それで各国のメディアも誤報として訂正を出したが、それでもなお、多くの死者を出したこの残虐な攻撃の責任はイスラエルにあるという印象は消えなかった。
アメリカ政府は一貫して、民間人の犠牲を最小限に抑えることを最優先にするよう、イスラエル側に求めていた。
だが個々の標的については、両国間で見解の相違はほとんどなかったという。
複数の当局者によれば、バイデン政権がもっと懸念していたのは軍事作戦の「姿勢」だ。
政権内部の協議に参加した前出の米空軍幹部によれば「バイデン政権はハマス殲滅という目標を支持しているが、イスラエルのやり方には居心地の悪さを感じていた」。
11月に入ってイスラエル軍の地上侵攻が本格化すると、これではガザ住民への「集合的懲罰」だという非難が各方面から上がった。
むろん、イスラエル側は反論した。
ガザ地区北部の住民には南部に退避するよう警告していた、ビラの投下やSNSでの警告、電話やメールでの退避勧告も行っていたと主張した。
パレスチナ側が発表している民間人の死者数については、イスラエルだけではなくアメリカ政府も疑念を抱いているようだ。
バイデンは10月25日、「パレスチナ側が犠牲者数について真実を述べているかどうかは分からない」と発言した。
その翌日には国家安全保障会議のジョン・カービー戦略広報調査官が、ホワイトハウスは「テロ組織の運営する組織が発表した数字」は使わないと述べている。
だが複数の情報筋によれば、本音の部分ではアメリカの情報機関も、パレスチナ民間人の死傷者数はパレスチナ保健省の主張する数字とほぼ一致しているとみている。
前出の米空軍幹部によれば、「空爆の規模や戦闘員と民間人が混在している事実、それに人口密度を考慮すれば、特に驚くべき数字ではない」。
これはイスラエル側も認めているところだが、米政府はイスラエルに、今回の戦争遂行に関して3つの質問を投げかけている。
①ハマスの作戦能力を破壊するという長期目標の達成に民間インフラ(ハマス幹部の住居を含む)を爆撃する必要があるのか、
②重量2000ポンド(約907キロ)の爆弾を多用する必要があるのか、もっと爆発力の弱い爆弾なら民間人の犠牲を減らせるのではないか、
③そもそも「ハマス殲滅」という目標は妥当なのか、の3つだ。
本誌の取材に応じたイスラエル軍の関係者によれば、2000ポンド弾の使用についてはイスラエル側が既にアメリカに譲歩している。
また状況の変化もあり、今はドローンや地上の兵士から得た情報を基に「動的」な標的を攻撃することに重点を移しているそうだ。
戦闘に勝って戦争に負ける
だが、これには不満の声もある。
米政府の干渉に激怒したあるイスラエル軍幹部は、「そんなに小型の爆弾を使わせたいなら、なぜ今まで、こんなに多くの大型爆弾を売り付けてきたのか」と述べた。
実際、アメリカは過去10年でイスラエルに3万1175発の爆弾を供与し、または供与の約束をしてきたが、その半分は2000ポンド弾だったという。
開戦から2カ月が経過した昨年12月初めの時点で、パレスチナ側は民間人の死者が少なくとも1万8000人に上り、その大半(70%)は女性と子供だと発表した。
ほかに瓦礫の下敷きになっているとみられる人が最大で6500人いるというから、合算すれば最大で2万4500人が死亡した可能性がある。
さて、これが正確な数字だとして、それはイスラエルが意図的に民間人を殺していることの証拠になるのだろうか。
そうだとして、この犠牲者数は「多すぎる」のだろうか。
例えばウクライナ戦争では、国連の「検証済み」の数字によれば、民間人の死者数は1万人前後だ。
これに比べるとガザ地区の民間人犠牲者はずっと多い。
ただしウクライナでは人口密度の高い大都市で戦闘が起きていないし、東部の激戦地からは大部分の市民が避難している。
06年にイスラエルとレバノンのイスラム過激派組織「ヒズボラ」の間で34日間にわたって展開された紛争では、レバノンの民間人1200人が死亡したと推定される。
人口密度の差を考慮に入れて換算すると、ガザ地区ならば約1万2000人(戦闘の継続日数も考慮に入れれば、さらに倍の2万4000人)に相当する可能性がある。
アメリカの軍と情報機関の関係者らは、ガザ地区の被害程度を考えると爆弾1発、あるいは標的1つ当たりの民間人の犠牲は極めて少ないという見方で一致している。
それでもガザ地区の人々の苦しみを目の当たりにすると、その見解が説得力を持つとは考えにくいだろう。
イスラエルは「これはハマスを壊滅させる作戦だとして戦闘の継続を正当化している。だが2カ月たっても、殺害できたのは戦前の推定戦闘員数の2割にすぎないと認めている」。
前出の米軍上級将校はそう言って、ため息をついた。
「これは『戦闘に勝って戦争に負ける』の典型的なケースだ。彼らがどう頑張っても、結果として民間人への(意図的な)攻撃になってしまう」
ウィリアム・アーキン(ジャーナリスト、元米陸軍情報分析官)