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「トランプ大統領」の復活で「狂気の米国」が出現する...ネオリベラリズムが生んだディストピアのアメリカ

ニューズウィーク日本版 2024年1月17日 7時56分

<トランプ前大統領がアイオワ州党員集会で圧勝。もし大統領に返り咲けば、その政策は1期目よりも劇的になると予測される>

[ロンドン発]11月の米大統領選で返り咲きを狙うドナルド・トランプ前大統領(77)が15日開かれた野党・共和党の中西部アイオワ州党員集会で地滑り的勝利を収めた。共和党候補指名争いの初戦でロケットスタートを切ったトランプ氏は「共和党であれ民主党であれ、リベラル派であれ保守派であれ、今こそすべての人、この国が一つになる時だ」と演説した。

トランプ氏は「前回の大統領選は盗まれたものであり、ジョー・バイデン現大統領は自分に対し司法制度を武器化している」というデタラメを繰り返した。米紙ニューヨーク・タイムズによると、95%開票時点でトランプ氏51%、ロン・デサンティス現フロリダ州知事(45)21.2%、元米国連大使のニッキー・ヘイリー前サウスカロライナ州知事(51)19.1%の順だ。

米主要ネットワークはわずかな得票数しか報告されていない段階でトランプ氏の勝利を報じた。11月5日の大統領選投票日まで10カ月近くに及ぶマラソンレースが始まったが、英BBC放送は「これまでアイオワ州党員集会で12ポイント以上の差をつけて勝利した者はいない」と報じている。トランプ氏はなんと30ポイント近い差をつけている。

米CBSニュースは「トランプ氏の勝利は予想されていた。最近の世論調査でデサンティス氏とヘイリー氏を大きく引き離していた。トランプ氏は全米でも支持を伸ばしている。全米の共和党予備選有権者のトランプ氏支持率は昨年5月の58%から現在は69%に上昇している」と分析している。

トランプ氏を支持しているだけでなく熱狂的に支持している

トランプ氏支持者は単にトランプ氏を支持しているだけでなく熱狂的に支持しているとCBSニュースは伝える。バイデン氏を打ち負かす可能性が最も高いのはデサンティス氏やヘイリー氏ではなく、トランプ氏だと固く信じているのだ。アイオワ州党員集会参加者の約半数はトランプ氏の「米国を再び偉大にする」運動のメンバーとみられている。

トランプ氏は老若男女を問わず、16年大統領選では浸透できなかった白人福音派や保守強硬派にも支持を広げている。デサンティス氏やヘイリー氏が巻き返すのは至難の業だが、しかしCBS ニュース/YouGovの世論調査ではバイデン氏に勝つ可能性が最も高いのはトランプ氏ではなくヘイリー氏。アイオワで1位になった人が必ずしも指名争いに勝つとは限らない。

ニューヨーク・タイムズ紙は「トランプ氏は4つの重罪で起訴され、史上唯一、刑事責任を問われた元米大統領であるにもかかわらず、『選挙妨害』と民主党と『ディープステート(米連邦政府・金融機関・産業界の関係者が地下ネットワークを構築しているというデタラメ)』の手による被害者だという彼の主張の下で多くの共和党員が結束している」と解説する。

中国共産党系「人民日報」傘下の「環球時報」英語版(15日付)は党員集会に先立ち「世界は『さらなる不確実性』に備える必要がある」と警戒を強める。「バイデン氏の仕事ぶりに対する支持率は過去15年の米大統領の中で最低を更新した。世界はトランプ氏が大統領に再選され、米国がより分裂する可能性に備えるべきだ」と説く。

「ディープステートを解体せよ」

「ロシア・ウクライナ紛争とパレスチナ・イスラエル紛争という2つの長期化する戦争に米国が巻き込まれ、アジア太平洋の緊張も高まっていることから、24年の米大統領選は世界的な注目を集めている。専門家たちは米大統領選が、すでに激動する世界情勢にさらなる不確実性をもたらすことを懸念している」(環球時報)

米AP通信のまとめによると、トランプ氏が大統領に返り咲いた場合の政権公約にはディープステートの解体、大規模な国内不法移民の強制送還作戦、新たなイスラム教徒の入国禁止令、すべての輸入品に関税をかけ、米国内に「自由都市」を建設することが含まれている。もし実現すればトランプ氏の計画は1期目よりも劇的になると予測する。

「スケジュールF」として知られる20年大統領令を再発行することでディープステートの解体を目指し、大量のキャリア官僚を解雇する恐れがある。「司法制度を武器化した腐敗官僚」と「国家安全保障と情報機関の腐敗行為者」が狙われる。トランプ氏は自分を追及するFBI(連邦捜査局)や連邦検察官に復讐するだろう。記者に情報をリークする官僚も取り締まる。

現在4000人のキャリア官僚の政治任用を5万人に増やす「スケジュールF」はトランプ氏だけでなく、恐ろしいことに共和党員の間で広く受け入れられている。米シンクタンク、ブルッキングス研究所の調査ではキャリア官僚の政治任用が拡大して人事が政治化すれば、行政能力、政府のパフォーマンス、国民や議会に対する説明責任は低下する。

「狂気のドラマ」と化した大統領選

AP通信によると、トランプ氏は移民税関捜査局に史上最大規模の強制送還作戦を実施するよう指示する計画だ。メキシコ国境の安全を確保するため、海外に駐留する数千人の軍隊を移動させ、麻薬取締局やFBIの連邦捜査官を不法移民の取り締まりにシフトさせる。思想審査で聖戦主義にシンパシーを抱く人や反米・反ユダヤ主義的な人をあぶり出す。

トランプ氏はまた、ほとんどの外国製品に10%の関税をかける考えだ。電子機器、鉄鋼、医薬品を含め、中国からの輸入を段階的に削減する4カ年計画も提案している。出生時に決定される「2つの性別のみ」を認める法案を議会に提出する。パリ協定から再び離脱、石油・ガス・石炭の生産者に税制優遇措置を提供し、電気自動車への優遇措置を撤廃する計画だ。

トランプ人気が衰えないのは、バイデン政権のような伝統的な政治体制に挑むアウトサイダーとして自分を演出しているからだ。政治家、メディア、専門家を含むエリート層に対する挑戦者として自らを定義する。そのパフォーマンスが政治の主流から権利を奪われた、あるいは無視されたと感じている有権者の共感を呼んでいるのだ。

米国の政治情勢は極端に二極化している。トランプ氏のコアな支持者たちはトランプ氏を自分たちの価値観や懸念の擁護者とみなし、熱狂的な忠誠心を示している。ネオリベラリズム(新自由主義)は世界金融危機とその後の金融緩和で貧富の格差を極限化して破綻し、健全な中間層に支えられてきた民主主義も崩壊の危機に瀕している。

世界中が注目する米大統領選という究極のリアリティーショーは狂気のドラマと化した。


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