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学力レベルは高いのに日本の労働生産性が低いのはなぜか?

ニューズウィーク日本版 2024年1月17日 11時20分

<背景として挙げられる問題は、ICT化の遅れと女性の能力を活用できていないこと>

2023年の日本の名目国内総生産(GDP)は世界3位から4位に落ちる見通しだという。GDPとは年間に生み出された付加価値の総額で、一国の経済活動の規模を知ることができる。これを就業者数で割った値が「労働生産性」で、どれだけ効率的に富を産出しているかの指標となる。

GDPの実額は上位であるものの、労働生産性の順位は芳しくない。2022年の日本の順位は,OECD加盟の38カ国中31位(日本生産性本部)。10年前の2012年の順位(20位)よりも下がっている。

これは日本の実額が下がっているからではなく、日本よりも増加率が高い国が多いためだ。この10年間にかけて就業者1人あたりのGDP額が何%増えたかを算出すると,日本が12%なのに対し、韓国は37%、アメリカは41%、ノルウェーは72%という具合だ。

「日本は教育熱心で国民の潜在能力が高いはずなのに、どういうことか」と疑問に感じる人も多いだろう。定期的に実施される国際学力調査の結果を見ると、日本は上位の常連だ。横軸に子どもの学力、縦軸に労働生産性をとった座標上に、OECD加盟の37カ国を配置したグラフにすると<図1>のようになる。

各国のドットの散らばりを見ると、大よそ右上がりの傾向にある。国民の潜在能力が高い国ほど労働生産性は高い。何とも分かりやすい話だ。しかし日本は傾向から外れていて、学力は首位であるのに労働生産性は31位。高いポテンシャルが活かされていない国と言える。

こうした現状の背景として、まず労働環境の問題を挙げなければならないだろう。よく言われるのは、ICT(情報通信技術)化の遅れだ。見直しが進んではいるものの、依然として紙や電話等を使った非効率なやり取り、必要性が定かでない対面主義が幅を利かせている。先ほど最近10年間の労働生産性の伸びを国ごとに比べたが、ICT化の波にうまく乗れているかどうかの違いは大きいだろう。旧態依然の慣行(働き方)により、学校教育の高い成果が帳消しにされてしまっている。

あと1つは、人の処遇に関することだ。こちらも変化の兆しはあるものの、日本では年功賃金が主流で、年齢別の賃金カーブの傾斜は他国と比べて大きい。男女の差も大きく、職務や能力をきちんと反映しているのかと疑問に思うほどだ。

有業男女を読解力レベルに応じて3つのグループに分け、年収が高い者(上位25%以上)のパーセンテージをグループごとに出してみる。<図2>は、日本とアメリカの結果を棒グラフにしたものだ。

当然というか、学力が高いグループほど高年収の者の出現率は高い(右上がり)。しかし日本は、学力の水準を問わず女性の年収は低い。最も驚くべきは、高学力女性より低学力男性の稼ぎが多いことだ。女性は結婚・出産に伴い、多くが家計補助のパート等に移行するためだろう。

読解力が職務遂行の潜在能力に当たると仮定するなら、能力よりもジェンダーがモノをいう国ということになる。「何ができるか」よりも「何であるか」、能力よりも地位に対してお金が払われる国だ。

高い学力(潜在能力)と低い労働生産性。この奇妙な組み合わせを解釈する材料は数多い。人口の減少(高齢化)が加速度的に進む中、少ない労働力で社会を回していかなければならなくなる。学校現場では、教員業務支援員といったスタッフを増やすことばかりが提言されているが、人海戦術には限界があることに気付くべきだ。膨大な業務の削減(効率化)に重きを置くべきで、校務のICT化はその最たる手段となる。

何よりも念頭に置かなければならないのは、正当な能力主義への移行だ。これがないと、子ども期の学校教育で高い資質・能力を育んだとしても、社会の発展や維持存続にあまり活かせない。とくに人口の半分を占める女性の能力の未活用は、大きな損失と言っていい。

<資料:日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2023」、
    OECD「PIAAC 2012」>

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舞田敏彦(教育社会学者)

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