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「豚の屠殺」に「サイバー奴隷」...中国が方針転換を余儀なくされた、ミャンマー国境地帯での「異変」

ニューズウィーク日本版 2024年1月18日 11時36分

<国境地帯のサイバー詐欺撲滅を掲げる「3兄弟同盟」と、ミャンマー国軍を両てんびんにかけ始めた中国>

ミャンマーの反政府勢力は1月初め、中国と国境を接する東部シャン州コーカン自治区の中心地ラウカイを制圧した。この攻勢は、3つの少数民族でつくる「3兄弟同盟」が率いている。昨年10月27日に北部で攻撃を始めてから目覚ましい戦果を上げ、内戦の形勢を一気にたぐり寄せた。

隣国の中国は、ミャンマーに2021年のクーデターで生まれた軍事政権をおおむね支持してきた。だが今は政府と対話を続けながら、反政府勢力との衝突も避けるという両面作戦に出ているようだ。

この変化の一因は、3兄弟同盟が国境地帯に蔓延するサイバー詐欺の撲滅を掲げていること。ラウカイは、中国で「豚の屠殺」の異名で知られる詐欺の拠点となっている。ターゲットに投資を持ちかけて太らせ、その上で彼らの金を奪い取るという手法だ。

「豚の屠殺」が非常に儲かるようになったのには、いくつかの理由がある。第1に、暗号資産(仮想通貨)によって国境を越えた送金が容易になり、利用者が増えた。第2に、詐欺集団は中国国内で経験を磨いている。オンライン詐欺は10年代に中国で急増し、いま世界で展開されている手法の実験場の役割を果たした。

最後の要因は、21年のミャンマー軍事クーデターが国境地帯の支配権をめぐる争いを生んだだけでなく、ギャングがさらに自由に活動できる空間をつくり出したことだ。

ミャンマーから詐欺を仕掛けるギャングは、中国人を「サイバー奴隷」にする。高給の仕事を斡旋すると勧誘し、警備の厳重な施設内で働かせるのだ。中国人が現地人より重宝されるのは、中国語と英語の両方ができ、詐欺に必要なネット知識を持っているため。3兄弟同盟の攻勢により、既に数人が解放された。

ギャングの大半は、カンボジア、ラオス、ミャンマーなど、東南アジア全域の中国国境沿いで活動している。麻薬や武器の密輸をはじめ多くの犯罪が蔓延するこの地域では、対策のために国境の両側の軍隊が協力することも多い。

ミャンマー軍事政権を見捨てはしないが

ミャンマーが詐欺を抑えられないことに、中国側はいら立ちを募らせている。中国の当局者はミャンマーを訪問して取り締まろうとしたり、厳しい要求を出したりしたが、効果はほとんどない。もし反政府勢力が、中国が望むように国境地域の詐欺を抑えられるなら、中国は彼らと取引する用意があるだろう。

現状には皮肉な部分もある。3兄弟同盟の主要勢力の1つはミャンマー民族民主同盟軍だが、この組織も犯罪に絡んでいるといわれている。

事態をさらに複雑にしているのは、中国政府による人民解放軍内部の腐敗撲滅かもしれない。これまで人民解放軍は、ミャンマーの反政府勢力に弾薬を供給したり、中国人が頻繁に利用するミャンマーのカジノを保護するなど、国境を越えた犯罪に加担してきた。軍の浄化は、国境を越えて築かれた多くの関係に影響を及ぼしかねない。

中国がミャンマーの軍政を完全に見捨てることはないだろう。やがてミャンマー内戦に明確な勝者が現れれば、中国は全面支援に回るかもしれない。当面は、自国の国民と企業の利益を保護するために、双方とパイプをつなごうとするはずだが。

From Foreign Policy Magazine

ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌副編集長)

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