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SNSで悪意ある「陰謀論」を拡散...選挙イヤーの今年、サイバー工作員たちが撒き散らす「偽情報」とは

ニューズウィーク日本版 2024年1月19日 11時47分

<「台湾の頼清徳は中国と戦争を始める」「メディアが真実を隠蔽」。選挙イヤーの今年、SNSでの「情報工作」が世界を席巻する可能性が>

2024年1月13日、台湾で4年に一度の総統選・立法院(国会)委員選が行われた。結果は、与党・民進党の頼清徳氏が勝利したが、立法院では、民進党が過半数を確保できない結果になった。

2024年は近年稀に見るほど世界各地で選挙が行われる年である。そして政治家やジャーナリスト、テック系企業、そして民主主義システムが試される1年となる。台湾での選挙は、今年の「選挙カレンダー」でも最初のイベントだった。

今回、前回2020年の総統選と同様に、台湾市民に対する偽情報などによるディスインフォメーション工作が起きている。工作を実施したのは、中国共産党だけでなく、他のアクターによっても起きている。これまで以上に、SNS(ソーシャルメディア)では、工作はAI(人工知能)によってさらに「武装化」され、今年、各地で行われる選挙において破壊的な役割を果たす予感がする。

筆者は、昨年2023年12月に放送された日本テレビの『世界一受けたい授業』にて話をさせてもらったが、いま、国家の情報機関などは調査・工作活動の6割以上がサイバー空間に移行している現実がある。選挙のような国家の行方を左右するイベントでは、政府系アクターが情報収集や影響工作のみならず、ディスインフォメーションまでを介して関与してくるのである。

デジタル化が進んだ台湾で拡散された陰謀論

今回の選挙では、台湾のデジタル化が世界的に見ても進んでいるため、そうした活動は顕著だったと言える。台湾人が頻繁に利用するSNSなどで「メディアは真実を伝えない」「メディアが伝えない真実を暴露する」などと市民に対してメディアそのものの存在を否定するようなディスインフォメーションが確認されたのは一例だ。偽のSNSアカウントなどが使われ、有権者に「メディアが何かを隠している」と錯覚させて、撹乱させる意図が見え隠れする。

また、総統選をリードしていた頼清徳氏のセックススキャンダルや脱税、「頼はすぐに中国と戦争を開始するつもりだ」といった陰謀論も拡散された。これらの工作は中国の仕業だと見られている。

そもそも、ディスインフォメーションやプロパガンダは、「印刷物」というものが普及するよりもずっと前の時代から、戦略家らによっても認識されていた手法だ。それは時代の変化の中でも継続してきた。例えば、1980年代にロシアのKGB(ソ連国家保安委員会)が実施した非常に巧妙で悪名高いディスインフォメーションキャンペーン「オペレーション・デンバー」がある。

このキャンペーンは、アメリカがエイズウイルスの発生に責任があるというイメージを、計画的に世界で拡散させるために実施された。この工作は、まず1983年にインドの新聞に、架空の「アメリカ人科学者」から手紙が掲載されたことで始まった。実はこのインドの新聞は、その数年前にKGBが、インドで親ソ連のプロパガンダを広めるために作ったものであった。

偽の"尊敬されている"「アメリカ人科学者」によって投稿された体で掲載されたこの手紙は「インドにエイズが侵入する可能性」と題され、エイズウイルスは米メリーランド州にある米国化学生物戦研究施設で作られたものだと告発した。この記事を元記事として、KGBはあちこちでこのストーリーを引用して拡散させた。

今も「エイズはCIAがばら撒いた生物兵器」と信じる人が

この作戦については、後にソ連の内部文書で暴露された。ソ連が作成した文書にはこう書かれている。「この作戦の目的は、このウイルスが秘密裏に行われた新型生物兵器の実験の末に生まれて制御不能に陥ったものであり、アメリカの秘密情報機関と国防総省がそれに関与しているというストーリーを拡散して、海外でわれわれに有利な意見を形成することだ」

この「陰謀論」は、作戦開始から30年経った今でも、アフリカなどのグローバルサウスだけでなく、欧米諸国の一部にもしつこく残っている。事実、最近の研究調査によると、アフリカ系アメリカ人の約12%が、今もエイズはアメリカの生物兵器であり、CIA(米中央情報局)によって、アメリカなど欧米諸国やアフリカで意図的に拡散されたものだと信じている。

今、こうしたキャンペーンの舞台は、サイバー空間に広がっている。以前よりも低コストで大量に、ターゲットに直接、メッセージを届けることができ、効果的に工作が可能だ。しかもデジタル化と、AI(人工知能)の進化によって、ディスインフォメーションもこれまでになかったほど巧妙になっている。AIによって本物と見間違うような偽動画を作って拡散させ、反中国の候補を貶めたり、中国寄りの意見を広めるための工作が繰り広げられた。

今回の台湾におけるディスインフォメーションのキャンペーンに触れるまでもなく、現在、世界では、悪意あるアクターが、同様のキャンペーンを何十件も毎日のようも生み出すことができる。この分野を得意としているのは、先駆者的なロシアや中国、イランなどだ。しかもこうした工作のノウハウを第三世界に輸出もしている。今年選挙を控える、アメリカやインド、ポーランド、インドネシアなどではすでに工作が始まっていると考えていいだろう。

企業の資産がサイバー空間で悪用されるケースは多い

これを一般企業に当てはめてみると、企業ブランドが悪用されることになる。ブランドが攻撃にさらされたり、危険な類似ドメインが出現したり、SNSのなりすましの例もある。そうしたサイバー工作は民間企業にとっても脅威となっている。

筆者が日本や世界で展開しているサイファーマ社が提供している外部脅威情勢管理(ETLM)プラットフォームでは、そうした企業や組織のブランドを守るためのインテリジェンス(情報)もソリューションとしてカバーしている。

そうしたサイバーキャンペーンなどの動向も把握しているわけだが、そうした世界の動きを見ていると、企業や組織の資産がサイバー空間で悪用されるケースは少なくない。そうなるとビジネスに深刻な影響を与えかねない。

今回の台湾のように、きちんとこうした脅威に対策しなければ、攻撃者の思う壺になってしまうことを忘れてはいけない。それは、選挙だけでなく、民間企業にも当てはまるのである。



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