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地中海で「新石器時代の遺物」の歴史的発見か!?黒曜石の塊が見つかる

ニューズウィーク日本版 2024年1月22日 12時10分

<イタリアのカプリ島沖の海底で謎の黒曜石の塊が回収された。新石器時代に地中海を渡っていた舟の交易品だとすれば、考古学史上における屈指の大発見になる>

もしかすると、これは考古学の常識を覆す大発見かもしれない。

イタリア南部の観光名所カプリ島沖の海底で、火山ガラス(溶岩が急速に固まるとき特定の条件下で生成される天然ガラス)の塊が見つかった。

これが新石器時代の木造船の積み荷だった可能性が浮上している。

昨年10月、ナポリ湾を隔てて北にベスビオ火山を望むカプリ島の沖合で、ナポリ警察水中捜索隊のダイバーが、火山ガラスの一種である黒曜石の加工品らしきものを確認した。

イタリア政府のSABAP(考古学・美術・景観監督局)ナポリ大都市圏支部によると、発見場所はカプリ島南岸にある海食洞「グロッタ・ビアンカ(白の洞窟)」の近くで、水深は30~40メートルだ。

SABAPの記者発表によれば、この黒曜石の塊は新石器時代に地中海を渡っていた舟の積み荷の一部だった可能性がある。

なお、新石器時代とされる年代は地域によって異なる。

ヨーロッパ全体ではおよそ紀元前7000年から紀元前2000年までとされるが、カプリ島の浮かぶ地中海中央部では紀元前6000年から紀元前3500年くらいと考えられている。

今回見つかった黒曜石が新石器時代に難破した舟の積み荷だったとすれば、考古学上の大発見だと、難破船探査の専門誌「レックウオッチ」の編集長ショーン・キングズリーは本誌に語った。

ただし現時点では周辺で舟の残骸らしきものは見つかっておらず、積み荷と断定することはできないという。

木造船の発見が重要

「本当に新石器時代の難破船が見つかったら大騒ぎになる」と、キングズリーは言う。

「もしも相当量の積み荷や乗組員の遺品が出てくれば、それは水中考古学史上、屈指の大発見と言えるだろう。しかし残念ながら、まだ結論を出せる段階ではない」

黒曜石の加工品は「非常に興味深い発見」だが、と彼は付け加えた。

「現場周辺で他の新石器時代の人工物が見つからないことには話にならない。ほかにも何か沈んでいるものはあるか? 今回発見されたのは、たまたま嵐に巻き込まれたボートから投げ出された積み荷の一部なのか? それとも、カプリ島にある洞窟グロッタ・デッレ・フェルチで暮らしていた新石器時代の人々が何らかの祭事に用いた神々へのささげ物なのか?」

古代の航海技術に詳しい研究者サンドロ・バルッチは本誌の取材に対し、今回の発見は「もちろん非常に興味深い」としつつ、この黒曜石の加工品がカプリ島沖で難破した舟の積み荷である可能性は排除できないものの、そういう解釈を下すにはもっと慎重になるべきだと述べた。

カプリ島沖の白の洞窟(写真)付近で見つかった黒曜石は世紀の大発見となるか WJAREK/ISTOCK

そもそも、とバルッチは続けた。「新石器時代の遺物と断定するためには、専門の考古学者による綿密な調査が必要だ。発見からまだ日が浅いので、そうした調査が済んでいるとは思えない」

新石器時代にも航海の技術はあった。舟の構造はさまざまだったと考えられるが、まだ大型船を建造する技術はなく、いずれにせよ小さなボートだった。

「木でできたカヌーのようなものと考えればいい。オールをこいで推進力を得るため、内側に横方向の肋材(ろくざい)を入れて強化していただろう。さらに、簡単な帆を立てるための足場などもあったはずだ」と、キングズリーは言う。

ちなみに、新石器時代の地中海における海洋交通についての研究は、もっぱら積み荷の地域的分布などの間接証拠に基づいており、舟やその残骸といった直接証拠は皆無に等しい。

新石器時代の舟は木でできていたから腐食しやすく、よほどの好条件がそろわない限り、何千年もの時を超えて残ることはないからだ。

バルッチも「これまでに新石器時代の舟の残骸が地中海で発見された例はない」と指摘する。

「ヨーロッパの陸地や淡水域、湖や河川で新石器時代の木造船が見つかった例は過去にある。しかし、地中海は木材を食べる軟体動物のフナクイムシにとって快適な温度と塩分濃度であるため、どの時代のものであれ、木でできた舟は、いったん沈むとフナクイムシに食い尽くされてしまう」

「カプリ島の近くで沈んだ舟が海底の砂に埋まり、腐食を免れた状態であれば、木材の一部が残ることもあり得る。もしも一本の大きな木の幹をくり抜いて造られた丸木舟であれば、その残骸が残る可能性はある。しかし、その確率は極めて低い」

提供された写真で見る限り、発見現場の海底は砂地ではなく、岩や大きな石が転がっているようだ。「そうであれば(船体の発見は)願望や希望的観測の域を出ないだろう」と、キングズリーは言う。

昨年11月には、SABAPの海洋考古学者がナポリ警察のダイバーの協力を得て、発見された黒曜石の加工品の第1弾を回収している。

専門用語では「石核」と呼ばれるもので、大きさは28センチ×20センチ。重さは約8キロだ。何に使われたものかは分かっていないが、表面には明らかに人の手で彫刻や加工を施した痕跡がある。

種類によって異なるが、黒曜石はその名のとおり真っ黒だ。硬くて砕けやすく、砕けた部分は鋭くとがる。

古代人はこの特徴を利用して、何千年も前から黒曜石でナイフや矢尻など、切ったり突き刺したりする道具を作っていたことが知られている。

難破船の積み荷か、それとも海底に沈んだ集落で使われていた道具か SUPERINTENDENCY OF THE METROPOLITAN AREA OF NAPLES

「先史時代、黒曜石は貴重品だった。鋭い刃を得ることができ、しかも長持ちしたからだ。まだ金属を使う技術のなかった時代、切削工具の材料として最も重宝されていたのが黒曜石で、その価値はとてつもなく高かったはずだ」とバルッチは言う。

黒曜石はどこの火山でも採れるわけではなく、その供給量は限られていた。

しかしバルッチによれば、黒曜石の原石は新石器時代を通じて、地中海の海上交易により、あちこちへ運ばれていたらしい。

現に沿岸部の数々の遺跡で発掘されている。

難破船か水没集落か

1万年以上前から広く取引されてきた黒曜石だが、キングズリーによれば、その石核が海底で見つかることは「めったにない」。

クレタ大学(ギリシャ)の考古学者で先史時代を専門とするネナ・ガラニドウ教授も本誌に、新石器時代の難破船の積み荷から黒曜石の石核が見つかった例は、少なくとも自分の知る限りではないと語った。

それでもカプリ島沖で、1つではなく複数の加工品が見つかったとなれば、その黒曜石が舟の積み荷だった可能性は高まるのではないか。

しかし、とキングズリーは言う。

「これらの石核には『細工』の痕がある。だとすると、海底に沈んだ先史時代の集落で使われていたものと考えるほうが妥当ではないか。削った痕は、山で火山ガラスを切り出すときに付いたものか? それとも(ナイフなどの)道具を作るために使われた証拠なのか? 後者だとすれば、未知の水没集落に由来する可能性が高いと思う。(船荷であれば)客は新品を好むはずだ。使い古しの中古品よりもね!」

ナポリ大都市圏を担当するSABAPのマリアーノ・ヌッツォによれば、今後は「白の洞窟」周辺の海底を徹底的に調査して、船体などの残骸の有無を調べることになる。今回の発見現場で、さらなる遺物の回収に挑む計画もある。

実現すれば、この黒曜石の加工品がどこから来て、なぜ海底に沈んだのかという謎の解明に近づけることだろう。

アリストス・ジョージャウ

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