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フーシ派海賊攻撃と、国際秩序を不安定化させる「3体問題」

ニューズウィーク日本版 2024年1月23日 16時57分

<英米のフーシ派攻撃でガザ戦争が中東全体に拡大するのではないかと懸念されているが、フーシ派の動きそのものは国際秩序の大転換を裏付ける一つの実例とも見なせる>

アメリカがイギリスと共に中東イエメンのシーア派武装組織フーシ派の拠点を立て続けに攻撃したことをきっかけに、地域情勢と世界経済への影響を懸念する声が上がっている。昨年10月来のガザ戦争が中東全体に拡大し、物流の混乱により世界経済にも壊滅的な打撃が及ぶのではないか、というのだ。

しかし、注目すべき点はそれだけではない。フーシ派の動きは、国際秩序の大転換を裏付ける一つの実例と見なせる。国際ルールによって国家間の対立を解決するという理想が後退し、さまざまな国や勢力が影響力圏を競い合うようになっているのだ。

イスラエルとパレスチナのイスラム組織ハマスの間で戦闘が始まって以降、フーシ派は紅海を通航する商船への攻撃を繰り返してきた。ガザ地区での「ジェノサイド(大量虐殺)」をイスラエルにやめさせることが攻撃の目的だと称しているが、標的になった商船はイスラエルと無関係の場合も多い。イランから資金と武器の支援を受けているフーシ派の真の狙いは、アメリカの仲介によるサウジアラビアとイスラエルの国交正常化交渉を妨害し、中東におけるイランの影響力を高めることにあるようだ。

これに対して、アメリカは1月に入って、数度にわたりイエメン国内のフーシ派の拠点120カ所以上をミサイルや戦闘機で攻撃している。しかし、フーシ派はアメリカとの対決に突き進んでいるように見える。

紅海は、世界の海上貿易の12%、海上石油輸送の9%が通過する海運の要所だ。紅海を避けてアフリカ南端の喜望峰を迂回する経路に輸送ルートを変更すると、所要期間が10日延び、コストも上昇する。現時点では世界経済への影響はまだ小さいが、中米のパナマ運河(など、ほかの海上輸送の要所も戦争や干ばつにより十分機能していない現状を考えると、今後サプライチェーンが混乱し、世界規模で物価上昇が進む可能性は高い。

フーシ派は中東におけるイランの影響下の勢力の1つにすぎない。イランは地域大国として中東で大きな力を持っている。

最近、イランはパキスタン領にミサイル攻撃を行い、パキスタンも報復としてイラン領にミサイルを撃ち込んだ。インドはフーシ派の商船攻撃を受けて海軍の艦船を派遣したが、商船の通航を守るためのアメリカ主導の有志連合には参加していない。サウジアラビアが有志連合に加わっていないことも目につく。一方、中国は昨年春、サウジアラビアとイランの国交正常化を仲介し、初めて中東で存在感を発揮した。

大国間の競争、同盟関係、影響力圏の「3体問題」

世界全体に目を転じると、多国間の通商協定に代わり、2国間の通商協定や保護貿易主義が台頭している。そして、世界第2の強国である中国は、海洋に関する国際法や合意を公然と無視して行動している。

2010年頃、中国が「超大国」と見なされるようになった時点で、アメリカが唯一の超大国として世界に君臨する時代が終わりを迎えつつあることは明らかだった。しかし、中国だけでなく世界の多くの国が教育やテクノロジー、富でアメリカと肩を並べ、さらにはアメリカを追い抜くようになった。皮肉な話で、この現象は、第2次大戦後にアメリカが牽引して、ルールに基づく国際秩序を確立した産物と言えるが。

フーシ派の紅海における活動は、それだけでルールに基づく国際秩序にとどめを刺すものとまでは言えないが、そうした国際秩序を崩壊させる一要素にはなる。今回の動きは大国間の競争、同盟関係、影響力圏という3つの要素が「3体問題」のように複雑に作用し合い、世界が不安定化するに至った歴史の転換点の1つになるかもしれない。


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