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松本人志「性加害疑惑の真相」を11パターン想定してみる

ニューズウィーク日本版 2024年1月23日 20時37分

<松本人志が週刊文春の発行元に対し、訴訟を起こした。こうしたなか「週刊誌はウソを書いても雑誌が売れるから儲かる」という言説が広まっているが、それは松本人志を擁護する人々がすがりつく「神話」であり、そんなビジネスモデルは存在しない>

松本人志が週刊文春の発行元である文藝春秋に対し、ついに訴訟を起こした。損害賠償の請求額は5億5000万円という。松本人志の性加害疑惑が再び世の中の注目を集める一方、「週刊誌の書き得」という言説が広まっているので、考えてみたい。

「書き得」というのは、週刊文春の記事が仮に事実でなかったとしても、大いに社会の注目を集めて雑誌が売れたのだから、文春だけが一人勝ちをしてしまうという主張だ。主に、東国原英夫や西川貴教らが述べている。

だが、冷静に考えてみて欲しいのだが、敗訴前提で捏造記事を乱発して儲けるビジネスモデルなど、存在しうるだろうか。仮に今回の記事で文春側が完全敗訴した場合、賠償金額の多寡に関わらず、媒体への信用度は確実に低下する。読者の信頼を失えば購読数や広告件数にも跳ね返り、長期的に見て決してプラスにならない。

週刊誌記事の場合、結果的に情報の裏取りが不十分で裁判に敗れるという事例は確かにあるのだが、記事を出す前から負けてもいいやと思って意図的にデタラメの記事を流すことは、極めて考えにくい。あり得ないと言っていいだろう。

「週刊誌はウソを書いても雑誌が売れてじゃんじゃん儲かる錬金術のようなビジネス」と本気で思うなら、是非みなさんそうしてみたら良いのでは? と思ってしまう。現実としては、そんな雑誌は誰にも相手されず、ビジネスモデルとして成立しないのである。

「賠償額最高200〜300万円」は本当か

にも関わらず「書き得」という言葉を多くの人が信じてしまうのは、X(旧ツイッター)を中心としたSNSの世界が、まさしくそうだからだろう。能登半島地震の際に改めて明瞭になったが、Xは今や「デマを流すとお金が儲かる」という絶望的な世界になっている。デマだらけのXへの嫌悪感が、週刊誌へと転嫁されているようにも見える。

また、東国原英夫は「損害賠償相場額は最高200〜300万円」と自身のXで発信しているが、これは必ずしも事実ではない。

雑誌記事に関する名誉毀損は2001年以降、高額賠償を命じる判例が増加し、2009年には大相撲の八百長疑惑をめぐり「週刊現代」の発行元が約4000万円の損害賠償を支払うよう命じられた例もある。提訴されれば人員や時間などのコストが増大し、結審まで予測不能な負担が続く。結果、「スクープは割に合わない」と判断する雑誌が増えてしまっているのが現状だ。「週刊誌はウソを書いても儲かる」なんていうのは、松本人志の性加害疑惑によって精神の均衡を崩した者がすがりつく「神話」である。

「真相」を推定することは可能

週刊文春が第一報を報じてから現在に至るまで「シロクロはっきりしていない」「どこまで事実か分からない」「密室の出来事は当事者にしか分からない」ゆえに「今は何も語るべきではない」という言説が根強い。

確かに、現段階では明確な結論を出せる段階ではない。が、報じられている内容から合理的な範囲で「真相」を推定することは可能だ。「真相」としては、以下のようなパターンが考えられる。

1 文春記事が完全な捏造で、A子さんほか証言者もすべて架空の存在。記事中の写真も全部ニセモノ。

2 A子さんら証言者は存在するが、全員が完全な作り話をして嘘をついている。

3 証言者たちは松本人志と面識はあるが、飲み会をしたことはない。話の大部分はやはり創作。

4 証言者たちは松本人志と飲み会をしたことはあるが、会場は居酒屋の個室などで、ホテルには行っていない。

5 証言者たちは松本人志とホテルの部屋で飲み会をしたが、終始円満で何もトラブルはなかった。

6 証言者たちはホテルの部屋で飲み会をし、松本人志と別室で二人きりにさせられたが、平穏に雑談をしただけだった。

7 証言者たちは松本人志と別室で二人きりにさせられたが、性的関係を持つことを両者が完全に同意したため、円満な状態だった。

8 証言者たちは松本人志と別室で二人きりにさせられた上、性的関係を要求された。同意はなかったが、利益供与(仕事の紹介、多額の金銭の支払いなど)をチラつかされたので、嫌々ながら受け入れた。

9 同じく同意はなかったが、断った際に松本人志から嫌われて不利益を受けることを憂慮し、恐怖を感じながら嫌々受け入れた。

10 松本人志から性行為を要求されて女性は拒否をしたが、力づくで強制的にわいせつ行為をさせられた。しかし、刑事告訴できるほどの明確な証拠は残っていない。

11 強制的にわいせつ行為をさせられ、刑事告訴できる明確な証拠も残っていたが、敢えてしなかった。

「密室」はトラブルが起きる

松本人志や吉本興業が当初発表した「事実無根」の文字を見た時、多くの人は「1」〜「5」あたりを想像したのではないか。だが、その後たむらけんじはラジオで「そういう飲み会があったのは事実」と語った。この時点で「事実無根」との説明は無理があることがはっきりした。

すでに指摘されているが、「6」や「7」も常識的に考えられない。初対面の男女が密室に入った瞬間、両者に恋愛感情が芽生えて性行為に至った――というのは、「特殊浴場」の室内でしか起こり得ない極めて不自然な事態だからだ。ましてや今回の場合、証言者と松本人志は親子ほども歳が離れている。

となると、「8」〜「10」あたりが真相に近いのではないかと私には思えるのだが、いかがだろうか。これらが混じり合っていることも、十分あり得る(利益供与をチラつかされ、恐怖を感じ困惑しているところを力づくで迫られた等)。

「密室のなかのことは分からない」とは言え、例えば婚外恋愛をしている男女が2人でホテルに入った時点で不倫が成立するのと同様に、記事中のような状況下で「2人で密室に入った(入るよう強要された)」ならば、その時点で何らかの性加害を受けた可能性は高いと言えるのではないか。少なくとも、いかにもトラブルが起きそうな異様な状況である。

「そもそもそんな飲み会に行くのが悪い」というお決まりの被害者叩きをする声は今だに聞こえるが、これはサッカーのPK戦でゴールを外した選手に対するヤジのようなものだ。「今のはどう見ても左だろ! キーパーの動きからして右狙いはあり得ない!」等々、結果を見てからなら何とでも言えるのである。耳を傾ける価値はない。

松本人志は自惚れていた?

あるいは、テレビ番組の構成やキャスティングを差配できるほどの地位と権力を持った松本人志の場合、芸能志望の女性に対しては極めて容易に「断りにくい状況」を作り出せたのかもしれない。

2023年7月の改正刑法施行により、こうした「不利益の憂慮」は不同意わいせつ・不同意性交の原因となりうる行為として明示されている。このあたり、法改正によって人々の意識がアップデートされ、法改正以前の出来事がより一層厳しい目で見られるようになったという意味で、旧ジャニーズの性加害問題と似ているかもしれない。

芸能志望の女性の場合、自分の将来のキャリアと一時の不本意な性行為を天秤にかけた結果、"不同意性交に同意する"という矛盾した事態を飲み込んでしまう人も過去にはきっといたのだろう。「芸能界とはそういう場所だ」と中高年以上の人々が口をそろえて言うのは、このためだ。

「同意とは何だろうか?」と一瞬混乱しそうにもなるが、被害を受ける側(一般的には女性側)の視点で考えれば良いのではないか。「断ったら不利益を受けるかもしれない」という権力勾配の強い関係のもとでなされた同意は、同意とは言えないはず。逆に「受け入れたら見返り(利益)を得られる」という場合は、どうなのだろう。

事前に両者が十分な意思疎通を行った上であれば、そういう「同意」もアリなのかなと思ってしまうが(道徳的には良いことではないとはいえ)、少なくとも今回のケースは当日現場で突然に性的関係を迫られたと書かれている。現場でどんなやり取りがあったとしても、そんな状況で「合意形成は生まれない」と考えるのが普通ではないだろうか。

となると、松本人志が「この女は俺と性行為をすることに同意しているに違いない」と一方的に思い込んでいた、と考えるのがもっとも合理的のように思われる。お礼のメッセージを見て「とうとう出たね」と言い、合意があった証拠かのように捉えてしまう人間である。自惚れていたか、自分勝手な思い込みをしていたと考えるのが、現時点ではもっとも合理的であろう。

芸能人は「イメージ」がすべて

「疑わしきは罰せず」、「無罪推定の原則」といった生半可な法律用語を振り回して松本人志を擁護する人々もいる。一見もっともらしく聞こえるが、これらはあくまで「刑事裁判」に適用される話である。国家が個人に刑罰を課す場合と、芸能人が不祥事を起こして活動自粛に追い込まれるのは、決してイコールではない。仮に文春記事のみを根拠として警察が松本人志を逮捕したら、その場合は私も「疑わしきは罰せず」と叫ぶだろう。

芸能人というのは、「イメージ」によってメシを食っている人々だ。会ったこともないのに「なんか良い人そう」「かっこいい」「かわいい」「真面目そう」などのイメージを視聴者が抱き親近感を抱くという、究極のファンビジネスとも言える。その点がわれわれのような「一般人」とは決定的に異なる。

文春記事によって自身のイメージが崩されたなら、芸能人としての松本人志は記者会見なり動画発表なりで、イメージを回復させるだけの説明をした方が良かったのだが、結局彼は訴訟という道を選んだ。

今後、何か明確な証拠や新事実が提示されない限り、松本人志の社会的イメージはやはり非常に悪いままとなるだろう。どう控えめに見積もっても、酒の席で初対面の女性に対し禍根が残るほどの強い苦痛を与えた、という事実は揺るがないのではないか。

著名人に性加害疑惑が持ち上がった時、私たちはそれをどのように捉え、何を思ったら良いのだろう。公正な裁判がなされることを、願うばかりである。

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