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世界初、月面「ピンポイント着陸」に成功のJAXA...着陸6日目の成果と知っておきたい「10のトリビア」

ニューズウィーク日本版 2024年1月26日 21時5分

<JAXAは25日の記者会見で、小型無人探査機「SLIM」が目標地点との誤差100メートル以内の「ピンポイント着陸」に世界で初めて成功したことを発表。他にも着陸直後には分からなかった多くのことが解明された。日本初の月面着陸を10のトピックスで振り返る>

20日未明に世界で5カ国目の月面着陸に成功した日本の小型無人探査機「SLIM」について、JAXA(宇宙航空研究開発機構)は25日、これまでのデータ解析の結果を発表しました。

とりわけ、今回のミッションの主目的である「着陸目標地点(SHIOLIクレーター付近の傾斜地)との誤差を100メートル以内とする世界初の『ピンポイント着陸』の成功」がいち早く確認されたことは、大きな収穫です。それ以外にも、6日間の精力的な分析で、着陸から約2時間後に行われた最初の記者会見時点では分からなかったことが数多く解明されました。

日本初の月面着陸イベントは、着陸しただけでは終わりません。今後も続々とSLIMや分離された小型月面探査機「LEV-1」「LEV-2」から送られた貴重なデータが分析され、次の日本の宇宙開発に活用されたり、何よりも多くの人々に宇宙を身近に感じさせてワクワクさせたりするでしょう。

今回は月面着陸6日目までに分かったことで、これだけは知っておきたい10のトピックスを紹介します。一緒に日本初の月面着陸を振り返りましょう。

◇ ◇ ◇

1) 実は、着陸時にはメインエンジン2基のうち1基が機能していなかった!

SLIMの月面着陸については、着陸直後の記者会見で「着陸そのものは成功したが搭載した太陽電池は機能しておらず、機体に蓄積したデータの送信や月面での活動が当初の予定より制限される可能性が高い」と説明されました。会見時にJAXA関係者に笑顔がない理由も、太陽電池の不具合が原因でした。

けれど着陸前後のデータを解析した結果、さらに重大な事実が判明しました。SLIMのメインエンジン2基のうち1基(-X側)の推力が、高度50メートル付近で失われていたのです。

SLIMは20日午前0時頃、高度15キロから着陸を開始しました。高度約50メートルまで問題なく降下しましたが、0時19分18秒付近に2基のメインエンジンの合計発生推力が突然、約55パーセントまで低下しました。後にエンジンの温度変化などを解析した結果、片方のメインエンジンに何らかの異常が起こり、機能しなくなったと考えられました。

この事実を裏付けるように、SLIMが高度50メートル付近から撮影した月面の画像には中央付近に円錐状の物体が写っています。これは-X側エンジンから脱落したノズル部の可能性が高いといいます。

高度50メートル付近で撮像した月面画像。SLIMメインエンジンから破断し落下するノズル部とみられる物体を確認 ⓒJAXA

1基のみのメインエンジンで着陸せざるを得なかったことが、想定とは異なる姿勢での月面着陸につながり、現時点で太陽電池に太陽光が当たらない原因になったようです。

JAXAはこれまでに片方のメインエンジンだけで月面着陸する場面のシミュレーションも行ってきたと言いますが、実際にほぼ半分の推力で月面に激突せずに軟着陸できたことは特筆に値するでしょう。

2)世界初のピンポイント着陸は、計画の100メートル以内よりも1ケタ良い精度で大成功!

メインエンジンにトラブルがあった高度50メートル付近は、SLIMがホバリング(上空に一時的にとどまり)しながら着陸精度評価と障害物検出を行う地点でもあります。

SLIMは高度50メートルまでは着陸のピンポイント性を追求し、それ以降は大きい岩のある場所を避けるなど着陸の安全性を優先する設計になっています。なので、この地点での着陸精度評価の数値が、ピンポイント着陸の成否の判定に使われます。

今回は、1回目の着陸精度評価で目標点との水平距離が3.4メートル、2回目は10.2メートルとなりました。2回目の評価時点ではメインエンジンの異常がすでに起きており、正常な垂直降下ではなく東方向に移動していたことから、ピンポイント着陸の評価は1回目がより正確で、少なくとも10メートル以内の精度は達成できたと考えられます。

なお、メインエンジンが1つだけになった影響で、SLIMは最終的には目標地点よりも約55メートル東に着陸しました。

3)なぜピンポイント着陸成功の発表は1カ月後の予定から前倒しできたか

日本の月面着陸の成功は世界5カ国目ですが、従来の目標地点から10数キロ~数キロ以内の着陸に対して100メートル以内の精度のピンポイント着陸に成功すれば「世界初」となり、さらに重大な意義を持ちます。JAXAは単なる月面着陸成功ではなく、「『降りやすいところに降りる』から『降りたいところに降りる』着陸へ」を合言葉に開発を進めていました。

JAXAは報道記者に対して、「着陸成功はすぐ分かるが、ピンポイント着陸の結果については1カ月程度かかる」と事前に説明していました。なので、着陸から6日目の25日に記者会見が開かれると発表されると、「ピンポイント着陸の成否が出るにはまだ早いから、太陽電池やSLIMの姿勢に関する発表だ」と想像する者がほとんどでした。

記者会見に臨んだSLIMプロジェクトチームの責任者である宇宙科学研究所の坂井真一郎教授は、「ピンポイント着陸の精度が、当初に想定していた100メートル以内よりも非常に良かったため、場所の特定が容易だった」と説明しました。

ピンポイント着陸の判定は、インドの月探査衛星チャンドラヤーン2号がかつて撮影した画像と、SLIMの航法カメラの画像を比較して行われました。例えるならば100メートル以内の精度であればジグソーパズルで1万ピースから1ピースを探すような作業であるが、実際は100ピースから1ピースを探せばよかったといいます。

4)むしろ「100メートル以内」はどこから来た数字か

SLIMのピンポイント着陸は、従来よりも一気に精度が2ケタから3ケタ良くなる大成功を遂げました。

坂井教授によると、実はシミュレーションでは10回中7回は目標地点から10メートル以内の精度で月面着陸できていたと言います。しかも、誤差が100メートルを超えることはなかったそうです。

ならば、なぜ最初から「10メートル以内の精度を目指す」としていなかったのか、多少失敗しても「成功」と言えるように余裕のある数字を発表していたのか、などと穿った見方をする人もいるかもしれません。しかしJAXA関係者によれば、約20年前にSLIM計画が始まった当初から「100メートル以内のピンポイント着陸」が開発目標だったから、そのまま使っているということだそうです。

裏を返せば、20年前にJAXAが掲げた「100メートル以内の着陸を意図的に行う」という目標は、今回、日本がやってのけるまではどこの国も達成できなかったのです。狙った場所の10メートル以内まで一気に着陸精度を高めた日本は、月探査の新時代を担う存在として世界に大きくアピールできました。

5)太陽電池が動かないのはSLIMが倒れて西を向いているせい

JAXAは着陸から3日目の22日、「データによれば、SLIMの太陽電池は西を向いていて、今後、月面で太陽光が西から当たるようになれば、発電の可能性があると考えている」と発表しました。

つまり、太陽電池を亀の甲羅にたとえると、本来は甲羅が上になるように着陸するので背に太陽光を受ければ発電するはずだったのに、甲羅を横に、しかも現在は太陽がいない西に向けているために、太陽光を受けられずに発電できないということです。

もっとも、亀がお腹を上にしてひっくり返っているように太陽電池が完全に下側になっていれば、太陽がどのような方向に来ても太陽光が電池に当たることは難しく、復旧の可能性はほぼありませんでした。坂井教授は25日の記者会見で「よくあの形でとどまってくれたな、と正直思った」と語っています。

SLIMは正確な着陸姿勢を取ったり強度を担保したりするために、二段階着陸と呼ばれる①先に1本の主脚が接地して、②わざと倒れ込むような形になった後に残りの4本の補助脚が接地する方法を採用しています。

今回、SLIMで二段階着陸がうまくできなかった理由は、メインエンジンが1基だけになってしまって、横方向の速度や姿勢などの接地条件が仕様範囲を越えていたからと考えられています。

月は昼が約14日間、夜が約14日間続きます。今後は月の夕方になれば太陽は西に来るので、太陽電池が復旧するかもしれないと期待されています。ただしSLIMは赤道付近に着陸しており昼は100℃を超えるため、機器が高温にどれだけ耐えられるかも課題となります。

プロジェクトチームは、月の日没となる2月1日までの運用再開を想定して、準備を進めています。

6)小型月面探査ロボットLEV-2がSLIMの太陽電池が横向きになっている証拠写真の撮影に成功!

SLIMは高度5メートル付近で、搭載していた小型月面探査ロボット「LEV-1」「LEV-2」を切り離しました。

LEV-2は直径約80ミリ、質量約250グラムの野球ボール程度の大きさのロボットです。変形可能で、車輪を出してSLIMの周りを走行し、前後に1台ずつ付いているカメラで撮影します。画像処理によりSLIMが写っている画像を適切に選び、LEV-1を通して地球に送信できます。

今回、LEV-2はSLIMが太陽電池を西に向けている月面写真を撮影し、複数枚の撮影画像の中からこの画像を選んで地球に送ることに成功しました。

坂井教授は、SLIMの現状姿勢に関する予想CGが作られてから、LEV-2によるSLIMの月面写真を見たといい「CGを写真で答え合わせをすることとなり、内容は予想通りだったが、実際のSLIMを撮影できたと思うと腰が抜けた」と心情を語りました。

LEV-2の担当で宇宙探査イノベーションハブ主任研究開発員の平野大地氏は、「データのロス部分が画像で線状に現れたり、高解像度で送信できなかったりしたのは少し残念」としながらも、「LEV-2による撮影は大金星」と会場から声がかかると笑みを浮かべました。

7)バッテリー切れが迫る中、着陸後に月の起源の謎に迫るカンラン岩候補の撮影に成功

着陸直後に太陽電池が発電していないことに気づいたプロジェクトチームは、探査機に蓄積されたデータの送信を最優先事項とし、不要機器やヒーターを切って節電しながらバッテリー残量のみで電源を確保しました。

その結果、着陸降下中にSLIMに記録された各種データ、画像について所定のものをすべて取り出せただけではなく、月の起源の解明に向けた科学観測用のマルチバンド分光カメラ(MBC)の運用にも成功しました。

着陸直後のJAXA関係者の見解は「月面活動による岩石観測は太陽電池が機能していないため難しく、バッテリー残量はあと数時間と見積もられている。SLIMの着陸前後のデータ送信が優先であることなどから、MBCの運用は視野が固定されるなど限られるのではないか」というものでした。

けれど実際には月面着陸後、MBCのロック機構を解除し、可動ミラーを動かして約45分間の観測を行い、257枚の低解像度モノクロ画像を撮像、合成して景観画像を作成することに成功しました。

このデータ量は本来の計画には届かなかったものの、景観画像から6個のカンラン岩候補も見つけられました。立命館大などから成る研究グループは、観測候補となるカンラン岩の相対的な大きさが分かりやすいように「セントバーナード、あきたいぬ、(トイ)プードル」などの愛称を付けました。

研究グループは、今後、電力が回復した場合、速やかに高解像度の分光観測ができるように準備を進めています。

8)JAXA関係者でも着陸中はSLIMの異常には気づかなかった

今回、何らかの異常が発生したと考えられる高度50メートル付近から、SLIMは1分に満たない時間で着陸しています。

異常発生後、メインエンジンの合計推力がほぼ半減したり、想定外の横方向移動をしたり、予定していた高度5メートルでのホバリングを行わなかったりしましたが、坂井教授によるとプロジェクトチームは着陸中にリアルタイムでは異常を察知していなかったと言います。

坂井教授は「あっという間に降りてくるし、何かあったとしてもこちらからは何もできない。むしろ着陸後に備えており、テレメトリ(遠隔)データが着陸モードになるとすぐに全機器のチェックをして、太陽電池が機能していないことが分かった」と説明します。

9)着陸直後とは異なる笑顔の記者会見 プロジェクト責任者と宇宙研所長の採点は?

1月25日の記者会見では、1月20日の着陸直後では分からなかった成果が続々と明かされました。「プロジェクトの成果に点数を付けると?」という質問に、坂井教授は「ピンポイント着陸には300点とか500点を付けたい」と答え、「例えが悪いが、飛行機で言えば小型の双発機がエンジンを1本失った状態でなんとか着陸に至ったようなもの。その状態から無事に着地してくれたSLIMに審査員特別賞を与えたい」と熱を込めました。

一方、着陸直後の20日には「ギリギリ合格の60点」と評していた宇宙研の國中均所長は、「60点に、『LEV-1放出成功』『LEV-2放出成功』『マルチバンドカメラが正常に動作』を各1点ずつ加点して63点」と辛口評価を継続しつつ、穏やかに語りました。

10)今後の課題は?

SLIMの着陸時に異常が発生したことに関連して、國中所長は「最後が本当に惜しかった」と悔しそうに語り、「宇宙研の500Nスラスター(推進器)は良い成果が出ていない」と訴えました。

SLIMはメインエンジンに500Nスラスターを2基搭載していましたが、片方の推力が失われました。同スラスターは、これまでに火星探査機「のぞみ」、金星探査機「あかつき」にも使用されましたが、いずれもトラブルが発生しています。

國中所長は「宇宙探査に用いる場合は、燃料を入れてから点火するまで半年後とか1年後といったスパンで、宇宙での待機状態が長いことが影響している可能性がある」と語ります。日本が主導し、26年の打ち上げを目指している国際火星衛星探査プロジェクト「MMX」(Martian Moons eXploration)」でも6基の使用が予定されているため、「スラスターの信頼性を高める必要がある」と力を込めます。

MMXでは火星の衛星「フォボス」に着陸し、サンプルを地球に持ち帰る計画です。火星とその衛星の関係は、地球と月の関係のように「巨大衝突説」「捕獲説」があり、火星の起源に迫る研究が期待されています。

◇ ◇ ◇

さて、皆さんは日本初の月面着陸に何点を付けるでしょうか。

坂井教授は今回の月面着陸について、様々なトラブルを切り抜けて成功したことを強調し、「非科学的かもしれないけれど、皆さんの応援があったから成功したと思う」と語っています。日本では、2月にも大きな宇宙開発イベントが控えています。初号機の打ち上げに失敗したH3ロケットの、2号機の打ち上げです。次の機会も、私たちの応援が成功への推進力となってくれれば良いですね。

2つの記者会見を写真で比較

笑顔のなかった1月20日(SLIM着陸直後)の記者会見
左から宇宙科学研究所の藤本正樹副所長、國中均所長、JAXAの山川宏理事長 筆者撮影

25日の記者会見では打って変わって良い表情に
左から宇宙探査イノベーションハブの平野大地主任研究開発員、宇宙科学研究所の國中均所長、坂井真一郎教授、大槻真嗣准教授 筆者撮影



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