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ヘッジファンドと個人投資家の緊迫の攻防! 映画『ダム・マネー ウォール街を狙え!』

ニューズウィーク日本版 2024年2月2日 16時27分

<ゲームストップ株騒動を軸にウォール街の権力闘争を描く。2021年の市場を震撼させた個人投資家とヘッジファンドの攻防戦を追い、コロナ禍がもたらした経済的・社会的影響と投資アプリの台頭がどのように市場に影響を与えたかを解き明かす......>

2021年1月、アメリカの株式市場で繰り広げられたウォール街の巨人と個人投資家たちの激しい攻防が大きな注目を集めた。実店舗でゲームソフトを販売し、業績が低迷するゲームストップ社にヘッジファンドが空売りを仕掛け、株価が下落する。ところが、ネット掲示板に集う個人投資家たちがそれに対抗して同社の株をこぞって買いまくり、株価が急上昇してヘッジファンドが大損害を被ることになった。

クレイグ・ギレスピー監督の新作『ダム・マネー ウォール街を狙え!』では、まだ記憶に新しい"ゲームストップ株騒動"が描き出される。その構成にはひねりが加えられ、物語は、騒動の発端ではなく、ど真ん中ともいうべき時点から始まる。

ヘッジファンドの緊迫した朝

2021年1月25日、フロリダ州マイアミに豪邸を構えるメルビン・キャピタルの創業者ゲイブ・プロトキンのもとに、ポイント72のCEOで資産家のスティーブ・コーエンから連絡が入り、ゲームストップ社の株価を確かめるよう指示される。スティーブが見ているテレビのニュースは、空売り勢にとって大きな損失になることを伝えている。

私事に気をとられて状況を把握していなかったゲイブは、急いで確認し、株価が100ドルを超えていることを知り青ざめる。そこにシタデルの創業者で資産家のケン・グリフィンからも連絡が入るが、動揺するゲイブには話をする余裕がない。その後、彼はスティーブから、"ローリング・キティ"を名乗る男が買いを主導していると知らされる。

舞台裏の戦略と個人投資家の登場

本作ではまず、ヘッジファンド側の顔ぶれが紹介され、そこから6か月前、ゲームストップ社の株価が3.85ドルの時点にさかのぼり、騒動が発端から描かれていく。そんな構成によって、この騒動は2021年1月25日を分岐点として前半と後半に大きく分けることができる。それがひとつのポイントになる。

ちなみに、別の仕掛けにも触れておくと、本作では、新たに人物が登場してくるたびに、その人物の居住地と推定純資産が表示される。冒頭に登場するゲイブ、スティーブ、ケンの推定純資産は、4億ドル、120億ドル、160億ドルだ。

そんな冒頭からさかのぼって描かれる騒動の前半には、空売り勢に対抗する個人投資家たちが次々に登場してくる。

その中心になるのは、マサチューセッツ州在住で、保険会社の金融アナリストとして働く平凡な男キース・ギル、推定純資産9万7427ドル。彼にはもうひとつの顔があり、ネット掲示板で、赤いハチマキに猫のTシャツがトレードマークの"ローリング・キティ"を名乗り、フォロワー向けに株式投資の動画を発信している。

彼は、愛着を持つゲームストップ社が空売りを仕掛けられていることに気づき、5万ドルをつぎ込む。そして、ネット掲示板で自身の持ち株を公開し、ゲームストップ株が著しく過小評価されていると訴える。するとその主張に共感したフォロワーや若者たちがゲームストップ株を買い始め、株価が徐々に上昇し始める。

キースを支持する個人投資家として登場するのは、ペンシルベニア州の看護師ジェニー・キャンベル、推定純資産4万5644ドル、ミシガン州にあるゲームストップの店舗で働くマルコス・ガルシア、推定純資産136ドル、テキサス大学オースティン校に通い、ともに借金を抱えているらしい同性カップルのハーモニー・ウィリアムズとリリ・パリゾー、推定純資産−18万6541ドル、−14万5182ドルといった人々だ。

コロナ禍が映し出す市場の変貌

この前半部からは、株式市場における攻防が社会現象にまで発展する背景が見えてくる。

ひとつはコロナ禍だ。それが様々なかたちで強調されている。本作の冒頭の説明で、ゲイブが私事に気をとられてと書いたが、彼は自宅の隣に建つ空き家になった邸宅を取り壊して、家族用のテニスコートを作ろうとしていたが、なかなか工事が始まらないために苛立っている。そのため、業者と思しき電話の相手に、「これじゃ完成前にコロナ禍が終わるぞ」と不満をぶつける。

キースは、コロナ禍のなかで姉を亡くしたことを動画で告白する。看護師のジェニーが疲弊していることは容易に察せられる。マルコスは店長から「あごマスク」を注意される。

そしてもうひとつ見逃せないのが、前半の終わり近くに、最後のピースを埋めるように登場してくる人物たち。人気の株取引アプリを提供するスマホ証券ロビンフッドのCEO、ブラッド・テネフとバイジュ・バット、推定純資産10億ドルだ。

ふたりは、インタビュー取材を受ける立場で登場する。ロビンフッドは、1ドルから取引ができ、手数料が無料で、スマホさえあればゲーム感覚で気軽に投資できるため、コロナ禍に入って急成長を遂げた。

騒動の前半部では、個人投資家の支持を集めるキースの存在に加え、コロナ禍や投資アプリの影響もあって、ウォール街の巨人対個人投資家の図式が鮮明になっていく。

理想と現実の狭間 ロビンフッドのジレンマ

だが、後半では、そんな図式が揺らぐような事件が起こる。前半に描かれたロビンフッドのCEOへのインタビューは、その伏線になっているともいえる。

ロビンフッドは、この図式にどのように位置づけられるのか。ブラッドとバイジュは、"ウォール街を占拠せよ"の運動に感化され、占拠ではなく民主化したいと語る。

しかし、インタビュアーから、手数料を無料にしてどのように収益を上げているのか尋ねられると、そんな理想が怪しくなってくる。彼らは、PFOP=「注文フローに対する支払い」について語りだす。

彼らの説明は短くてわかりにくいが、いくらか付け足すと、顧客の注文はHFT(高速取引)業者に回送され、業者はコンピュータを使った高速の自動取引を繰り返して利ざやを得て、ロビンフッドにリベートを支払うということになるのだろう。さらに彼らは、その業者が主にシタデル・セキュリティーズで、ケンのヘッジファンドと同じ名前だが別会社だと語ったところで、気まずくなったように話題を変えてしまう。

疑惑の渦中 ロビンフッドとシタデルの裏取引

そんな説明が伏線となり、後半では、ロビンフッドとシタデルの不都合なつながりを疑わせるような事件が起こる。まず、ネット掲示板のフォーラムが突然、閉鎖されて、情報交換ができなくなり、個人投資家たちは混乱に陥る。

さらに、ロビンフッドのアプリでゲームストップ株の買い注文ができなくなり、パニック売りが発生する。そして、シタデルがヘッジファンドを救うために、ロビンフッドに働きかけたのではないかという疑惑が浮上する。

それはもちろん大きな問題だが、スティーブやケンという資産家から支援されたゲイブのメルビン・キャピタルを倒すために、個人投資家たちがロビンフッドのアプリでゲームストップ株を買いまくることで、ケンのシタデルはすでに収益を上げていることになる。

本作は、結束した個人投資家たちがウォール街の巨人を倒すだけの痛快な物語ではなく、ギレスピー監督は、構成や伏線によって問題の根が深いことを示唆している。

『ダム・マネー ウォール街を狙え!』
2月2日TOHOシネマズ 日比谷ほかで公開
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