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若者が騙され、親中カンボジアで「監禁・暴行、臓器売買・売春」事件もあった...国際法の陥穽に陥った台湾人

ニューズウィーク日本版 2024年2月3日 18時0分

<先の総統選では、第三勢力の民衆党が善戦した。その背景を探るなかで思い出したのが、2022年に台湾社会を震撼させた事件と、出稼ぎ労働者の「中国強制送還」問題だ>

1月13日、台湾で4年に1度の総統選挙が行われ、民進党の頼清徳候補が国民党の侯友宜候補を破って勝利した。これで3期目となる民進党政権は、蔡英文政権の親米路線を引き継ぐことになるだろう。

今回の総統選の最大の焦点は「民主主義を守れるかどうか」だったが、それ以上に印象的だったのは、第三勢力の民衆党が予想外に善戦したことだ。

敗北宣言をする柯文哲候補が笑顔で、「次の総統選では必ず勝ってみせる!」と、自信のほどを覗かせた理由は、終盤まで投票先を決めかねていた若者票が大量に民衆党に流れた結果だとみられている。

選挙直前の時期に台湾を訪問していた私は、若者たちに今最も関心があることは何かと聞いてみた。「就職して、結婚して、住宅を購入することです」と、多くの若者が答えた。

ここ数年、台湾では若者の就職難が続いている。

台湾行政院主計総処(統計局)の発表(2024年1月22日)によると、2023年12月の失業率は3.33%、年間失業率も平均3.48%で、いずれも過去23年で最低値となった。台湾経済は順調だ。

だが若年失業率だけを見ると、12.47%(2023年8月)、11.33%(2023年12月)と、失業率全体の3倍近くで高止まりしている。

経済的に恵まれた若者なら、海外留学して知識と先端技術を身に着け、輝かしい未来を手に入れられる可能性もある。だが普通の若者は物価高の台湾で日々の食事にも事欠き、理想的な就職先を見つけるのは難しい。

台湾次期総統の頼清徳。民進党は総統選に勝利したが、立法院(国会)では敗れて少数与党に。新政権は若者たちを苦境から救えるか Ann Wang-REUTERS

2016年以後、民進党政権は対外貿易戦略の重要な柱として「新南向政策」を打ち出し、ASEAN、南アジア、ニュージーランド、オーストラリアと幅広い関係強化を進めてきた。

いきおい就職難の台湾から海外へ出稼ぎに行こうとする若者が増えた。そうした中で、2022年、台湾社会を震撼させる大事件が発覚した。

「一帯一路」港湾都市に巣食う「蛇頭」と中国マフィア

日本ではあまり注目されなかったが、事件のあらましは次のようなものだ。

2022年8月、カンボジアで「高収入の仕事がある」と誘われ、現地へ赴いた若者たちが監禁・暴行を受け、人身売買された挙句に、臓器売買や売春の餌食になっていたことが分かったのだ。現場はカンボジア警察も手を出せない中国マフィアの「治外法権」エリアだとされた。

BBC中国語版(2022年8月18日付)によれば、一説には4000人もの台湾の若者がカンボジアで失踪したとされ、実際に台湾当局に通報があった420件のうち、帰国できたのはわずか46人で、未だ約120人と連絡がつかないという(記事掲載当時)。

台湾移民署によれば、2021年7月にカンボジアへ渡った人は260人で、その後次第に増加し、コロナ禍で一時減少したものの、2022年2月に海外渡航が解禁されると一気に増えて、同年6月には1500人にのぼった。

カンボジア政府は中国と親密な関係にあり、台湾とは外交関係がないため、台湾政府はカンボジアに大使館やそれに準じる公的機関を設置していない。事件が発覚したのはひとえに民間支援団体の救済によるもので、これは「氷山の一角」だと推察された。

果たして何が起きたのか。台湾のSNSで広まった求人広告には、「ネット販売員募集、月給5万~10万台湾ドル(約23万~46万円)、未経験者可、研修制度あり。ビザ申請代行、食事・宿泊を手配、往復航空券支給」などの謳い文句があり、豪華なアパートでブランド品に囲まれた若者の写真が添えられていた。

勧誘されるのは主として台湾や香港の若い男性で、カンボジアへ到着後、空港で出迎えられ、車で向かった先はカンボジア南部のタイランド湾に面した港湾都市、シアヌークビルにあるアパートだった。他に東南アジアの若者たちもいたという。

台湾から到着した若者は、ここでパスポートと身分証明書を取り上げられ、監禁状態の中でネットを使った特殊詐欺を強要される。監視は厳しく、逃げ出しても現地警察は取り合わず、連れ戻されて暴行され、さらには転売されて臓器摘出や売買の犠牲にされる。

釈放された少数の人は、70万台湾ドル(約330万円)以上の「身代金」を支払って台湾へ戻ることができたという。

シアヌークビルとは、中国主導で建設された「一帯一路」構想のモデル事業で、カンボジアの経済特区だ。だが、コロナ禍で中国人観光客が途絶えてホテルやカジノが衰退する中、中国の大手企業が次々に手を引き、入れ替わりに中国の「蛇頭」(中国人の密航斡旋組織)や中国マフィアが手を組んで大掛かりな国際シンジケートを作り上げ、特殊詐欺や人身売買の一大拠点となった。

中国マフィアは、もともと中国在住の若者を勧誘・渡航させ、中国に住む富裕層から金をだまし取っていたが、コロナ禍で中国政府が海外渡航を禁止したことから、同じ中国語を話せる台湾人へターゲットを切り替えたようだ。

台湾新政権が若者の支持を失えば、親中路線が強まる可能性も

もっとも、この凶悪な詐欺監禁事件を、単なる大規模な国際犯罪として片づけるわけにはいかない(その後、この事件で台湾の詐欺集団幹部も逮捕されている)。

背景には、中国の「一帯一路」構想の構造的な欠陥と管理のずさんさ、無責任な経営体質がある。また、台湾を国際的に孤立させようとする中国の外交政策によって、台湾人がどこからも庇護されず、国際的に不利な立場に立たされていることが大きな悲劇を生む素地になっている。

台湾人の不利な立場は、出稼ぎ労働者も同じだ。

2021年、スペインを拠点とする人権団体「セーフガードディフェンダース」が公表した報告書(2021年11月30日付)によれば、2016年から2019年にかけて、海外で逮捕された台湾人600人以上が、中国大陸に強制送還された。

例えば、台湾人がアフリカなどへ出稼ぎに行き、現地で中国人労働者とトラブルになると、現地警察に逮捕されて中国政府に通報される。中国政府が「自国民だ」と主張して、台湾人を犯罪者として強制送還してしまう。

中国から経済支援を受けている現地政府は見て見ぬふりで、外交関係のない台湾当局が「台湾人は台湾へ送還されるべきだ」と主張しても、なす術がない。

同人権団体は、「台湾人は中国にルーツがなく、家族もいない」ことから、中国で深刻な人権侵害をこうむるリスクがあり、「台湾の主権を弱めるために利用されている」と指摘する。

中国の習近平政権が、今後、台湾に対して締め付けを強化してくることは明らかだろう。

台湾総統選が終わった直後の1月17日から18日にかけて、総統選以後では最多となる中国軍機24機と中国軍艦5隻が、台湾海峡周辺で大規模な軍事演習を行った。1月26日には、中国の駆逐艦が台湾海峡の沿岸部を越えて航行し威嚇した。

国際外交の面でも、台湾総統選直後の1月15日、南太平洋の島国ナウル共和国は台湾と断交し、24日に中国と国交を樹立すると、「台湾は中国領土の不可分の一部であることを承認した」と関係文書に明記した。中国から資金援助があったことは明白だろう。

これで台湾と外交関係を結ぶ国は12カ国に減少した。民進党政権を敵視する中国の習近平政権は、台湾と外交関係を結ぶ国の切り崩しを加速させ、ますます国際的に孤立させようとしている。

今年、世界選挙イヤーの幕開けとなった台湾総統選で民進党が勝利したことは、世界の民主主義の行方を見極める上で、重要な1勝となった。だが今後、もし民進党政権が物価高と若者の就職難を解決できなければ、若者の支持を失うことになるだろう。

次期総統選では「第三の道」を行く民衆党が大幅に票を伸ばし、民主主義体制の一角が崩れるかもしれない。民衆党は今のところ社会福祉などを掲げているが、中国の軍事的威圧の下では親中路線に傾く可能性が十分あるからだ。

いずれにしても、台湾の若者や出稼ぎ労働者は、今後も外交関係のない国へ出かけて行かざるを得ないだろう。台湾政府の力が及ばず、主権国であるはずの中国からも保護されない彼らは、国際法の陥穽(かんせい)に陥っているのだ。

1月18日、台湾当局は日本の能登半島地震の被災者のため、市民から集められた寄付金が21億円を超えたと発表した。自腹を切ってはるばる現地まで炊き出しにやってきた台湾の人たちもいる。繊細で思いやりに溢れた台湾人の優しさが、本当に胸に染み入るようだ。

西側諸国は外交関係があってもなくても、民主主義を守ろうと奮闘する台湾の実情にもっと目を向け、世界で孤立する台湾人の救済に支援の手を差し伸べるべきではないか。

譚璐美(たん・ろみ)
ノンフィクション作家。東京生まれ、慶應義塾大学卒業、ニューヨーク在住。日中近代史を主なテーマに、国際政治、経済、文化など幅広く執筆。著書多数。最新刊は『中国「国恥地図」の謎を解く』(新潮新書)。



譚璐美(たん・ろみ、ノンフィクション作家)

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