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日本で免疫治療を受ける韓国のがん患者、韓国の法改正で医療渡航は変わるのか?

ニューズウィーク日本版 2024年2月5日 15時2分

<2024年に韓国で先端再生バイオ法が改正され、韓国内での免疫治療が可能となった。これにより、日本への医療渡航が見直される可能性があるが、日本の高度な医療への信頼が続き、韓国医療界には新たな課題が生じている......>

2024年2月1日、韓国の国会本会議で「先端再生医療および先端バイオ医薬品安全および支援に関する法律(先端再生バイオ法)改正案」が可決した。がん患者が韓国内で免疫治療を受ける道が開かれた。

現在、多くの韓国人が日本で免疫治療を受けている。データはないが、韓国の医療界は年間1万人から2万人のがん患者が日本を訪問していると推計しており、さらに多いとみる医師もいる。「がん治療は日本」と話す医師や患者は少なくない。

  

海外に渡航する韓国のがん患者は年間5万人以上

海外に遠征する韓国のがん患者は年間5万人以上とみられている。世界市場は米国が牽引するが、治療費に加えて渡航費や滞在費がかかるうえ、渡航に伴う身体的負担も大きく、アジアを選んでいる。中国や安価なマレーシアを訪れる患者も一部にいるが、多くが日本を訪れる。

免疫療法は、患者の免疫力を利用する治療法で再生医療ともいう。人体が細胞分裂を繰り返すなか、1日あたり数百から数千のがん細胞が発生するといわれている。通常、がん細胞は体内の免疫細胞が排除するが、免疫力低下などで排除されなかったがん細胞が増殖して発症する。

免疫療法は患者自身の免疫細胞を採取して培養、増殖させて投与する治療法で、正常な細胞を破壊することはなく、患者本人の細胞のため拒絶反応もない。ときに発熱等の副作用がみられるが自然に治るという。

日本の先進的な再生医療と韓国患者の増加

日本では2012年、多能性幹細胞(iPS)を開発した京都大学の山中伸弥教授がノーベル生理学・医学賞を受賞し、2014年に「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療関連法)」が施行された。培養する施設と施術を行う医療機関は厚生労働省の許可を要するが、危険度の低い細胞治療は「先端再生医療製品」と規定され、医薬品の認可がなくても施術ができる。健康保険は適用されず、自由診療が行われている。

再生医療関連法が施行されるとアジアのバイオ企業が日本に集中。韓国のバイオ企業も日本に進出し、がん患者の訪日に拍車がかかった。韓国で可能な患者への投与は研究のみで、施術費の受領は認められない。韓国企業が開発した免疫治療を受けられる医療機関は日本の提携病院しかなく、その治療を受ける患者も日本を訪れるようになる。韓国企業と提携した福岡の医療機関で免疫治療を行う患者の7割が韓国人という。

免疫治療の普及に向けた医療界の葛藤と経済的影響

免疫治療を求める患者数に比べて対応可能な医療機関が不足しており、申し込みから施術まで数か月かかる患者も少なくない。

免疫治療が規制されてきた背景に医師らの反対がある。がん患者に日本の免疫治療を紹介するエージェントは、普及によって収益が減ることを懸念する医師が少なくないと話している。

韓国のがん治療は、患者負担が少ない一方、医療機関は収益が大きい。韓国の公的健康保険は病気や治療によって支給率が異なっており、がん治療は95パーセントが支払われる。加えて民間医療保険も免責を除いた患者負担を全額補填する「実損填補保険」が普及している。

  

保険診療と自由診療を組み合わせる混合診療が認められており、例えば自己負担額の90パーセントを補填する医療保険の加入者が、診察や検査、入院といった保険診療50万円に加えて100万円の自由診療を受けた際の本人負担は10万円ほどである。医療機関は実損填補保険に加入している患者に自由診療を提案し、患者は医療機関が提示した治療法を選択する。

免疫療法推進派は治療費の国外流出を懸念する。免疫治療は1回の採取と数回の投与が主流である。投与1回数万円の幹細胞注射もなかにはあるが、1回あたり数十万円、総額100万円から500万円が一般的で、体質や病状等により追加投与も行われる。

韓国の先端再生バイオ法成立後の影響と展望

韓国のがん患者が日本の医療機関に支払う総額は、少なく見積っても年間数百億円に達している。加えて、渡航費や滞在費、また末期患者は介助する家族等の帯同も必須で、患者負担、すなわち日本への支出はさらに大きい。

免疫療法は、がんの進行を止めるなど相応の効果が確認されるが、反対派医師は収益減を心配し、推進派は治療費の国外流出を懸念する。患者への配慮はその次となっている。

先端再生バイオ法が成立し、韓国内での免疫治療が可能となった。韓国企業が開発した治療を受ける患者が利用するとみられるが、高度医療という性質上、実績がある日本の治療を求める患者が減ることはないだろう。

「がん治療は日本」がなくなることはないどころか、療法自体の認知度が高まって増える可能性も考えられる。


佐々木和義

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