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各国に散ったハマス幹部は「全員、死刑囚」...イスラエル情報機関「モサド」の暗殺作戦が始まった

ニューズウィーク日本版 2024年2月6日 18時50分

<異国の地に踏み込んでもハマスを一掃したい、ネタニヤフが直面する厄介な中東の地政学>

ハマスの幹部がどこにいようと殺すようモサドに命じた──。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、記者団にそう語ったのは2023年11月下旬のこと。

パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが、1100人以上のイスラエル人を殺害してから1カ月半余り。まだ多くの人質が戻らないなか、国外に散らばるハマス幹部の暗殺をイスラエルの対外情報機関モサドに命じることで、ガザ戦争が国外に広がる危険を冒してでも、報復に全力を注ぐ姿勢をネタニヤフは明確にした。

以後、イスラエル政府関係者も、より具体的な発言をするようになった。国内治安機関シンベトのロネン・バー長官は、イスラエルは「カタールとトルコにいるハマス幹部を暗殺する」と明言した。一方、ジョナサン・コンリカス元イスラエル軍報道官は、「(ハマス幹部は)全員、死刑囚も同然だ」と語った。

そして今年1月2日、レバノンの首都ベイルートでのドローン(無人機)による爆撃で、ハマスのメンバー6人が死亡した。その1人であるサレハ・アルーリ政治部門副局長は、10月に始まったイスラエルの報復攻撃で死亡した最も地位の高いハマス幹部となった。アルーリはハマスの武装部門の創設者の1人であり、イランとヒズボラに対しては大使の役割を担っていた。

ハマス幹部をどこまでも追いかけるというイスラエルの意思は明白だが、その目標の達成が容易でないことは、政府当局も承知している。

厄介な大国トルコとの関係

レバノンやシリアのように、もともと政治情勢が不安定で、あるいは戦争で荒廃した国なら、秘密工作や暗殺工作を実行するのはさほど難しくない。だが、軍事大国トルコやエネルギー大国カタール(しかもどちらもアメリカの同盟国だ)では、そうはいかない。

「これらの国との外交関係を考慮しなくてはいけない」と、イスラエルのシンクタンクであるアルマ研究教育センターの創設者サリット・ゼハビは語る。

実際、トルコ当局は1月初め、モサドの協力者と疑われる30人以上の身柄を拘束した。関係者によると、モサドはソーシャルメディアで工作員を募集し、仮想通貨で報酬を支払い、トルコにいる外国人(つまりハマスとつながっているパレスチナ人)を特定し、監視し、最終的には誘拐する任務を与えていたという。

トルコは03年に現大統領のレジェップ・タイップ・エルドアンが首相(当時)に就任して以来、一貫してハマスを外交的に支援してきた。その理由の1つとして、イスラム教徒が大多数を占める国ではイスラム教に根差した政治が行われるべきという、ムスリム同胞団の世界観を共有していることが挙げられる。

トルコの世論にもパレスチナを支持する声は非常に大きい。10年にトルコの人権団体などが組織した船団が、イスラエルの海上封鎖を突破してガザに支援物資を届けようとしたところイスラエル軍の襲撃に遭い、トルコ人10人が犠牲になったこともある。今回のガザ戦争は、両国関係が修復し始めたときに起きた。

イスラエルは、こうしたトルコの敏感な部分を認識しており、エルドアンがハマスの幹部を大量に受け入れたりでもしない限り、トルコ領内ではハマス関係者の暗殺は控えるとみられている。「(トルコは)軍事大国であり、NATOの加盟国であり、(対応を間違えればイスラエルにとって)大きな頭痛の種になり得る」と、イスラエルの元情報将校であるエラン・レルマンは語る。

「イランがトルコ国内でイスラエル人の殺害を計画していたとき、トルコ当局が実行を阻止したこともある。トルコとイスラエルの情報機関が、常時連絡を取り合う仕組みもある」

だが、「カタールは話が別だ」とレルマンは言う。「カタールはハマスに資金を提供していた。イスラエルが把握している以上の金額を送っていたと信じるに足る証拠がある」

カタールの二枚舌に怒り

イスラエルにとって、カタールに潜伏するハマス幹部を殺害する案は、ずっと前向きに考えやすい。何しろカタールは12年にハマスの幹部を受け入れ始め、毎年数百万ドルをガザに送金してきた。それは困窮するガザ市民を助けるだけでなく、ハマスを支援するためにも使われてきたと、イスラエル当局は考えている。

それと同時に、カタールは、これまでにイスラエル人の人質100人以上が解放される上で、欠かせない役割を果たしてきた。だが、イスラエルとアメリカの政府関係者は、カタールが平和の仲介者を演じながら、実のところハマスに手を貸しているのではないかと疑っている。

アメリカの議会では、カタールがハマスに圧力をかけて、残りの人質を解放させるべきだという声もある。「私たちはムカついている」と、最近カタールを訪問したジョニ・アーンスト上院議員は、ムハンマド外相に面と向かって言ったとされる。

ハマス幹部の追放または引き渡しに応じなければ、「NATOの加盟国ではないが、NATOの同盟国」という特別な地位をカタールから剝奪することも考えるべきだという声も、米政府内では聞かれる。

だが、カタール政府は、ハマスとの間に正式な連絡ルートがあることはプラスになると言い張っている。また、中東最大の米軍基地に土地を提供しているほか、世界第3位の天然ガス埋蔵量であることも、一定の影響力を自負する原因となっている。だが、カタール政府に対する圧力は今後も高まっていくだろう。

現時点でイスラエルは、トルコとカタールについては、アメリカに働きかけてハマスの幹部を追放するよう圧力をかけてもらい、それ以外の場所ではハマスの幹部を殺すようモサドに命令を出している。

イスラエルの元情報機関職員であるシュムエル・バーは、カギは戦後のガザの扱いだと語る。イスラエル政府がアメリカの求めに応じるなら、つまり、ガザからイスラエル軍を撤退させて、「再生した」パレスチナ自治政府に統治権を移譲するなら、より自由にハマス幹部を追及できるようになるというのだ。

「現在のイスラエルにとって一番いいのは、アメリカが提案する戦後パラダイムを完全に受け入れることだ」、とバーは言う。「そうすれば(ハマスを)完全に葬り去ることができるはずだ」

From Foreign Policy Magazine



アンチャル・ボーラ(フォーリン・ポリシー誌コラムニスト)

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