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イラクの親イラン武装組織「カタイブ・ヒズボラ」司令官暗殺で、高まる米軍追放の怒声と報復攻撃の脅し

ニューズウィーク日本版 2024年2月9日 12時12分

<殺された米兵の報復とさらなる攻撃の抑止、という理屈で暗殺を決行したアメリカだが、イスラエルのガザ侵攻支持でイスラム世界に高まっていた反米意識を甘く見た可能性がある>

イラクの首都バグダッドで、イランの支援を受けたイスラム教シーア派武装組織「カタイブ・ヒズボラ(神の党旅団)」の幹部少なくとも2人が米軍の攻撃で死亡した。イスラエルとガザを実効支配するハマスとの戦闘が続き、中東情勢が緊迫するなかでの攻撃だ。

 

米中央軍は2月7日、「ヨルダンでの米軍兵士3人の殺害に対する報復として、イラクにおいて標的の攻撃を行い、この地域の駐留米軍に対する攻撃を直接的に計画・参加したカタイブ・ヒズボラの上級指揮官を殺害した」と発表した。

「現時点では付随する損害や民間人の死傷者が出たことを示唆する証拠は一切ない」と、米中央軍は断定した。「アメリカは自国の国民を守るために今後も必要な措置を取る。どのような勢力であれ、米軍部隊の安全を脅かせば、躊躇なく責任を負わせる」

ヨルダンやイスラエルへの報復も示唆

カタイブ・ヒズボラ系メディアは、バグダッドで起きたドローン(無人機)とみられる攻撃で、上級司令官のアブ・バキール・アルサーディと情報工作員のアルカン・アルアリアウィが死亡したと伝えた。これを受け、カタイブ・ヒズボラの代表は、自分たちはイラク国外の標的を狙える兵器を持ち、隣国ヨルダンはもちろん、イスラエルの地中海沿岸地域や、同じくカリシュ天然ガス田も攻撃できると豪語した。

「(イラク西部の)アル・アサド空軍基地から発射されたわれわれのドローンとミサイルは、ヨルダン、(イスラエルの)ハイファ、カリシュまで到達した。われわれはその気になれば、いつでも、どこでも攻撃できる」

イラクのもう1つの主要なシーア派組織「ヌジャバ運動」(別名ヒズボラ・アルヌジャバ)も、米軍の攻撃はイラクの主権を脅かす暴挙だとして、報復攻撃も辞さない姿勢を示した。死亡したアルサーディはイラク政府と協力して治安維持を担う民兵組織「人民動員隊」の上級司令官でもあり、カタイブ・ヒズボラとヌジャバ運動はいずれもこの組織に加入している。

「おお、英雄的な抵抗者たちよ、きみたちは残虐な占領者と戦っている。これはきみたちが使命を果たすべき時であり、きみたちの戦いだ」と、ヌジャバ運動の指導者はメンバーに報復を呼びかけた。「アメリカとその手先、同盟国、権益に報いることで、殉教者たちの流血に対するわれわれの復讐を果たそう」

ヌジャバ運動はまた、イスラム教スンニ派のモハメド・スダニを首班とするイラクの現政権にも最後通告を突きつけた。

「イラク政府が(米政府に対し)断固たる態度を取らないのなら、神の意志によって、われわれはそれに報いなければならない。明白な罪を罰しなければ、何が待ち受けているか、彼らは思い知らされるだろう。われわれの忍耐はもはや限界に達した。当然の報いを待つがいい。われわれはしかるべき時に、しかるべき場所でそれを行う」

 

本誌は米中央軍とイラク人員動員隊にコメントを求めている。

米軍基地を攻撃「抵抗の枢軸」

カタイブ・ヒズボラとヌジャバ運動は、「イラクのイスラム抵抗運動」という組織にも加わっている。さらに「イラクのイスラム抵抗運動」は、アメリカとイスラエルを標的とする、イランの支援を受けた中東各地の武装組織のネットワークである「抵抗の枢軸」に属している。昨年10月7日にイスラム組織ハマスの奇襲攻撃を皮切りにイスラエル軍がガザに報復攻撃を開始し、今に至るまで4カ月、記録的な死者が出し続けているが、ガザにおける戦闘開始直後の10月半ばから、「抵抗の枢軸」はイラクとシリアの駐留米軍を標的にロケット砲とドローンでたびたび攻撃を行ってきた。

「イラクのイスラム抵抗運動」に属するもう1つの武装組織「アシャブ・アルカーフ」も米軍の攻撃に対する報復を誓い、「報復の目覚まし時計をセットせよ。その分針はミサイルで、秒針はドローンだ」とメンバーに呼びかけている。

「イラクのイスラム抵抗運動」も、イエメンの武装組織フーシ派と同様、イスラエルに対する一連の攻撃について犯行声明を出している。フーシ派は、紅海とアデン湾を航行するイスラエルと関係する貨物船を狙って、一連の攻撃を行ってきた。これに対し米英軍はイエメンのフーシ派支配地域に報復攻撃を実施、直近では2月6日に空と海から数十カ所の拠点を爆撃した。

米軍はここ数カ月、イラクとシリアの駐留部隊を狙った攻撃に対し、何回か空爆を行ってきたが、先月末ヨルダンとシリアの国境地帯にある米軍基地がドローン攻撃を受け、米兵3人が死亡したことで米政界の風向きは一変した。報復攻撃を支持する声が一気に高まり、ジョー・バイデン米大統領は2月2日、イラクとシリアの7カ所の軍事施設にある80余りの標的に対する空爆を命じた。これらは全て、イランの革命防衛隊と「イラクのイスラム抵抗運動」傘下の武装組織が使用しているとみられる施設だ。

ホワイトハウスはこれについて、この地域の米兵に対するさらなる攻撃を抑止するため、追加的な作戦遂行を計画した結果だと説明した。

 

米兵3人が死亡したドローン攻撃については、カタイブ・ヒズボラの犯行とみられたため、米軍の報復を恐れたのか、事件直後の1月末、この地域における米軍に対する攻撃を全て中止すると宣言した。アルサーディ司令官殺害については、非難声明を出したものの、米軍に対する軍事作戦を即座に再開するとは言っていない。

だが報道によれば、「イラクのイスラム抵抗運動」によるものとみられる米軍に対する攻撃は今も続いている。2月5日には、シリア東部デリゾール県のアル・オマール油田内の米軍が支援するクルド人主導の反政府組織「シリア民主軍(SDF)」の訓練施設がドローン攻撃を受け、SDFの戦闘員6人が死亡した。

イラク政府とシリア政府はいずれも、米軍が自国の領土で許可なく作戦を実行したことを非難している。とりわけイラク政府にとって、これはデリケートな問題だ。イラクは2003年に米主導の有志連合の侵攻を受けてサダム・フセイン体制が転覆した後、アメリカと安全保障に関する二国間協定を結んで連携してきた。

だがその後、両国の関係は悪化している。過激派組織「イスラム国(IS)」の掃討に成功したものの、それによって受けた打撃からまだ完全に立ち直っていないイラクにとって、アメリカとイランの緊張激化と、それによって生じた米軍とイラクの親イラン派民兵組織との衝突が、国を不安定化させる脅威となっている。

イスラエルとハマスの戦争、そしてアメリカによる血の報復攻撃が引き起こすであろう新たな暴力の連鎖を受けて、イラクでは駐留米軍を外交または武力によって国外に追放すべきだという声が高まっている。

エスカレーションはアメリカのせい

米軍によるカタイブ・ヒズボラの攻撃を受けて、バグダッドでは少なくとも1台の車が炎上。この現場の周りで集まった人々が米軍の攻撃に抗議するなど、緊張がますます高まっている。イスラエルとの戦争で前線にいる複数のパレスチナ組織もこの攻撃に怒りを表明し、非難声明を出した。

ハマスは声明の中で、「今回の攻撃はイラクの主権と安全保障を侵害する行為であり、シオニストによる占領や拡張主義的な計画を後押しするものと考える」とアメリカを非難。犠牲者に哀悼の意を表し、「バイデン米政権は、ガザ地区のパレスチナ人に対するナチス式の集団虐殺(ジェノサイド)を支援することで、中東地域における緊張や暴力のエスカレーションを煽っている」と主張。さらに「シオニストによる我々パレスチナ人およびアラブ人の土地の占領を終わらせる以外に、この地域に安定や平和が訪れることはないと再認識した」と述べた。



トム・オコナー

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