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情報機関が異例の口出し、閉塞感つのる中国経済

ニューズウィーク日本版 2024年2月13日 17時17分

<国家安全部による「中国経済衰退論」批判から読み解く>

2023年12月15日、中国政府の中で外国情報の収集やスパイ摘発などの仕事を担当している国家安全部がウィーチャットをつうじて、中国経済に関するネガティブな言論を厳しく批判するメッセージを発信し、エコノミストたちを震えあがらせた。「国家安全機関は経済安保の防壁を決然と構築する」と題された文章は、次のような厳しい口調で中国経済衰退論を批判する。

「中国経済の衰退を意図した陳腐な言い回しが繰り返し現れているが、その本質はウソのストーリーをでっちあげることで人々を中国が衰退するという誤謬(ごびゅう)に陥れ、『中国の特色ある社会主義制度と道』を攻撃して否定し、中国を戦略的に袋叩きにしようと妄想するものである」

「しかし、事実はおのずから明らかになるし、ウソはことさらに暴かなくても、おのずからバレるものだ」

「発展と安全は1つのものの両翼であり、2つの駆動輪である。質の高い発展と高レベルの安全の両方を推進すべきである。しかし、一部の悪意ある連中は、3年間のコロナ禍や、地政学的な衝突が世界経済にもたらした傷や悪影響を都合よく忘却し、西側諸国が中国に対してデカップリングを仕掛けて中国を抑えつけようとしていることも無視し、まるで泥棒が他の人を泥棒呼ばわりするかのごとく、中国は安全を発展より優先しているとか、外資を排除しているとか、民間企業を圧迫しているといった、ありもしないウソを言い立て、陳腐な中国脅威論をあおり立て、安全と発展の間にありもしない矛盾をつくり出してあおっている。しかし、その真の目的は市場の予想を混乱させ、中国経済の好転を妨げることにある」

中央経済工作会議における習近平の講話との比較

諜報活動や反諜報活動にあたる政府機関からこれほど厳しい口調のメッセージが発信された背景には何があったのだろうか。実は、このメッセージが出される数日前に習近平総書記をはじめとする中国共産党最高指導部のお歴々が参加して翌年に向けての経済政策を話し合う「中央経済工作会議」が開催されたが、そこでの習近平の講話の中に次のような一節があった。

「質の高い発展と高レベルの安全との間の好循環をつくり出さねばならない。質の高い発展によって高レベルの安全を促進し、高レベルの安全によって質の高い発展を保障すべきだ」

「経済に関するプロパガンダと世論の誘導に力を入れ、中国経済光明論を盛り立てるべきだ」

前述の国家安全部のメッセージが習近平の講話を受けていることは明らかである。ただ、習近平があくまで前向きに語っているのに対して、国家安全部はすべてをひっくり返して後ろ向きに語っている。つまり、習近平は発展と安全の間に好循環をつくろうと言ったのに対して、国家安全部は発展と安全の間に矛盾などないのだ、両者が矛盾する可能性を指摘する奴には悪意があると言い、習近平は中国経済光明論を盛り立てようと言ったのに対して、国家安全部は中国経済衰退論を言う奴はウソつきだと言う。中国の新聞で保守的な学者や評論家が口汚い口調で何らかの論調や傾向を攻撃している文章を見ることは珍しいことではないが、今回は政府機関、それもスパイ摘発にあたる政府機関がそんな口調の文章を発信したことに空恐ろしいものを感じる。

一部の業種における外資参入の制限や2021年にとくに厳しかった民間企業に対する圧迫は、私自身もいろいろなところで指摘してきた。こうした外資への制限や民間企業への圧迫を強めると経済の衰退を招きかねないという懸念には多くのエコノミストが同調するであろう。しかし、国家安全部の言い方では、そうした指摘をする者は敵の回し者だということになる。目下の中国の言論を取り巻く環境が非常に厳しいことを今回の国家安全部の文章は知らしめたし、これからは中国のエコノミストたちが国家安全部に摘発されるリスクにおびえながら物を書いていることを意識しなければならない。

国家安全部のメッセージは、太平洋戦争中に日本が負ける可能性を示唆するような言論が厳しく取り締まられたことを想起させる。言論を封殺しなければならないほど中国経済の状況が悪いのではないかという疑念をかえってかきたてる。

中国経済の行き詰まり

2024年1月17日に2023年のGDP成長率が5.2%だったと発表された。「5%前後」という年初に立てられた成長率の目標を達成したことになる。最近会った何人かの中国人学者から「そんなに成長したなんて信じられますか?」と聞かれた。私は、中国経済の状況が悪いという判断そのものには同意するのだが、5.2%という数字がウソだという見立てには同意できない。

私は中国のGDP成長率が疑わしいと思ったときに、国家統計局がほぼ同時に発表する他の数字との整合性を見ることにしている。GDPを構成するのは、第1次産業(農業や牧畜業など)、第2次産業(鉱工業と建設業)、第3次産業(サービス業)だが、このうちとくに農業と鉱工業に関しては中国の計画経済時代からのレガシーがあって統計が豊富に存在する。

2023年の第1次産業の成長率は4.1%、第2次産業の成長率は4.7%、第3次産業の成長率は5.8%で、ここまでは経済全体の成長率5.2%との齟齬(そご)はない。第2次産業に属するさまざまな産業を見ると、まず発電量が前年より5.2%伸びているし、自動車生産台数は9.3%増加し、中でも新エネルギー自動車の生産台数は30.3%増加した。また、移動電話の端末の生産台数は6.9%増加し、太陽電池に至っては前年より54%も増えている。一方、粗鋼の生産量は横ばい(0.0%)だったが、鋼材は5.2%増加した。つまり、鉱工業の主要業種はおおむね高い成長を遂げており、第2次産業の成長率が4.7%より低かったとは思えないのである。第1次産業についても同様の検証を行うことができるが、ここでも4.1%伸びたことを疑わせるようなデータはない。

第3次産業の5.8%という数字についても同じように検証できればよいのだが、残念ながらサービス業に関する数字は鉱工業に比べて極端に少なくて検証はできない。ただ、一般に中国の第3次産業の成長率は第2次産業とかなり連動して動くので、5.8%伸びたというのは第2次産業の伸びからして不思議ではない。

低迷する不動産業、深まるデフレ懸念

では、中国経済に漂う不況感はいったいどこから来ているのだろうか。

その最大の要因は不動産業の低迷である。2023年の不動産への投資額は前年から9.6%減少し、不動産の販売面積も8.5%減少した。不動産投資と販売の減少は2022年から2年連続であり、底が見えない落ち込みである。

対外貿易も低調で、2023年の輸出は前年に比べて0.6%の伸び、輸入は0.3%の減少だった。

物価もデフレの方向に動いており、消費者物価指数は2023年の年間では0.2%上昇だったが、2023年12月には前年同期比マイナス0.3%、生産者物価指数は年間ではマイナス3.0%だった。

こうしたもろもろの数字から、中国経済の供給サイドは元気なのだが、需要が内需・外需ともそれに追いつかない状況だということが見てとれる。こうした場合には、過剰な生産能力や供給を減らすか、または需要増加を刺激することによって供給と需要をバランスさせるべきだが、次にみる失業問題を考えると、前者よりも後者を選ぶほうが望ましい。

失業者とは働きたいという意思と能力を持ちながらも就業できない人を指す。そうした人々が大勢いるような状況では経済の規模を拡大してより多くの人々が就業できるようにしたほうが望ましい。

中国の都市部の失業率は下の図にみるように2021年以来5%を少し上回るあたりで推移しており、とくに上昇している様子はないが、5%という水準はやはり高いといえよう。中国ではとくに農村からの出稼ぎ労働者が景気悪化の際に解雇されやすく、景気変動の影響を受けやすいと考えられる。2023年12月時点での農村からの出稼ぎ労働者の失業率は4.3%で都市全体の平均より低いが、出稼ぎ労働者は職を失った際に失業者として都市に留まるよりも田舎に帰ってしまうことが多いと思われる。その場合には「都市部の失業者」にはカウントされない。出稼ぎ労働者の失業率4.3%を構成するのは、失業した人々のうち都市部に失業者として滞留している人たちということになるので、これは決して低い数字ではない。

日本のマスコミでは中国の若者の失業問題が注目されている。たしかに、図に示したように、2023年4~6月には16~24歳の若年層の失業率が20%を上回っていた。ヨーロッパでならいざ知らず、東アジアでこんなに高い失業率が記録されることはめったにないので、日本の新聞やメディアはこの数字に注目し、中には失業率の計算方法に無知な記者が「中国の若者の5人に1人が失業」と早トチリをしているケースもある(例えば、清水、2022)。

中国の大学生たちの就職状況がかんばしくないのは事実であるが、「若者の5人に1人が失業」というのはまったくの誤解である。

一般に、失業統計は、アンケート調査によって過去1週間に何時間仕事をしたかを尋ね、ゼロ時間と回答した人に対して、さらになぜ仕事をしなかったかを尋ねることで算出する。理由として就学、家事、障碍、高齢などを挙げた人は失業者とはみなさず、その間に仕事を探していた人だけが失業者とみなされる。そうして導き出した失業者数を就業者と失業者の合計で割った値が失業率である。

中国の都市部に住む16〜24歳の若年層は約9600万人であるが、このうち65%は高校、大学、その他の学校に通う学生である。つまり若者5人のうち3人強は就学しており、彼らは失業率の計算から除かれる。残る35%の若者は就業しているか、失業しているか、あるいは家事や障碍のために就業できない人たちである。仮に家事や障碍により就業できない若者をゼロと仮定した場合に、若年層失業率が20%であるということは、若年層のうち就業または失業している35%のうちの20%が失業しているということになるので、中国の都市部にいる若年層の全体からみると7%が失業者だということになる。

さきほどの図にみるように、若年層失業率は2023年6月に21.3%というピークに達した後、しばらく公表されなくなり、半年後の2023年12月に14.9%という数字が発表された。もしかして若年層失業率があまりに高いために国家統計局が党のお偉いさんから数字の隠蔽を命じられたのでは!? との憶測も呼んだが、若年層失業率の統計の公表が再開された2024年1月に発表された国家統計局の説明(国家統計局、2024)を読むと、むしろ2023年6月までの若年層失業率の統計数字に問題があったことがわかる。

前述のように、失業者とは、就業に関するアンケート調査に対して1週間の間に1時間も働いていないと答え、かつ「仕事を探していた」と答えた人を指す。大学などに在籍して就職活動中の学生は、2番目の質問に対しては「就学している」と答えるべきであるが、2023年6月までは「仕事を探していた」と回答していた学生がかなりの数に上ったようだ。たしかに、図を見ると、中国の大学等の卒業月は6~7月であるにもかかわらず、2022年と2023年は3~4月から失業率が上昇し、卒業月にピークに達する。就活に失敗する学生が多くて、卒業しても仕事がないという場合には、卒業月に失業率が急上昇するはずであるが、それ以前から失業率が上がっているのは、卒業前に就活をしている学生たちが失業者にカウントされていた可能性を示唆する。

そこで2023年12月の若年層失業率の統計からは大学等に在籍している学生は失業調査の対象から外すように統計基準が変更され、その結果、若年層失業率は14.9%と算出された。若者の65%が就学しているので、都市部に住む16~24歳の若年層のうち5.3%が失業者だということになる。

もっとも、だからといって中国の若者たちの就職難なんてウソだなどと言うつもりはさらさらない。2023年以来、私は中国の大学の先生たちと会うごとに「学生の就職状況はいかがですか?」と尋ねているのだが、一様に「悪い」という答えが返ってくる。清華大学の先生によれば、2023年に学部卒で就職しようとした学生が400人いたのだが、会社や国家機関などの勤めを得たのはそのうちの半分で、残りの半分はフリーターまたは自分で創業する道を選んだという。なお、失業者の定義は中国に限らず日本でも「1週間の間に1時間も仕事をしておらず、かつ求職している人」なので、週に1時間以上働いていればフリーターでも就業者ということになる。中国の都市ではフード・デリバリーに従事する若者をとても多く見かける。この人々は失業者ではないものの、収入が不安定かつ低いことは容易に想像できる。超一流大学である清華大学の卒業生であっても学卒で就職を選ぶ者の半数は不安定な道を選ばざるをえない状況にあるというのは、やはり就業状況の相当厳しいことを物語っていよう。

今とるべき対策は国内需要を増やすことだとすれば、経済学の教科書的な処方箋は、財政赤字を拡大して公共投資を増やして景気を刺激するか、金利の引き下げなどの金融緩和をとるべきだということになろう。

だが、このいずれの手段も現状では手詰まり感が強い。

財政赤字についていうならば、2023年は当初予算ではGDPの3%の財政赤字率を予定していたが、第4四半期に1兆元の国債発行を追加したので、財政赤字率は3.8%となる見込みである。しかし、2024年も予算では財政赤字率が3%をやや上回る程度となる見込み(『21世紀経済報道』2023年12月25日)であり、中国政府の財政赤字拡大に対する慎重姿勢が続く。

また、地方政府が傘下の企業に発行させて都市インフラ投資などに充てる「城投債」と呼ばれる準地方債については2023年9月以降発行額が急減しており、一方で繰り上げ償還するケースが増えていることから、城投債の発行額の残額は2023年11月以降減少している(『21世紀経済報道』2023年12月21日)。

これまで中央と地方の公共投資によって高速鉄道や高速道路、工業団地や住宅団地の整備が進められ、2020年のコロナ禍以降は「新型インフラ建設」と称して5G通信ネットワークや自動運転設備などの建設も進められてきた。しかし、インフラ建設は建設業や建材に対する需要を喚起するとしてもインフラが充実すればするほどインフラ自体の経済的・社会的効果は減っていく。東京都と面積がほぼ同じ深圳市の地下鉄の総延長が548キロメートルで、東京メトロと都営地下鉄の合計(304キロメートル)の1.8倍にもなっているのをみると、もはや新規にインフラ建設を行う余地も小さくなっている可能性がある。

一方、中国の政策金利の指標である最優遇貸出金利(LPR)をみると、期間1年の金利が2023年初めの3.65%から6月に3.55%、8月に3.45%と、ごく小幅の切り下げにとどまっている。ゼロ金利を見慣れた日本人の目からすると、デフレが始まっているのに何とも手ぬるい金融緩和である。ただ、アメリカの金利が高いときに自国の金利を引き下げると資金流出が加速してしまい、それによって人民元の為替レートにも下落圧力がかかり、為替レートが下がるとアメリカに「為替レート操作だ」とみなされてさらなる経済制裁を食らいかねない。また、貸出金利の引き下げは銀行の利ザヤを圧迫することにもなる。そうした事情から中国の中央銀行は思い切った金融緩和の手を打ちにくいのだろうと思われる。

大幅な公共投資の拡大や金利の引き下げが難しいとなると、需要刺激策として考えられるのが減税である。ただ、中国の場合、個人所得税はもっぱら高額所得者が支払っているので、減税しても中低所得者の実入りは増えず、高額所得者ばかりを優遇することになる。一方、付加価値税(増値税)を引き下げても、一般の国民にとっては間接税であるため、効果を実感しにくい。

中低所得者に確実に所得の増加をもたらしうる手段は現金の直接給付しかないように思われる。中国では2010年代以降、電気自動車(EV)の購入に対する補助金が広く配られてきたが、これは車を買え、かつ自宅に充電設備を設置できるような階層しか恩恵に浴することができない。コロナ禍に際して、日本では国民に一律1人10万円配られたが、中国ではごく少額の買い物券が希望者に配られたにすぎなかった。中国ではこれまで国民に一律に現金を給付するような政策は想定の範囲外だった。

ただ、折しも中国では少子化がすごい勢いで進んでいる。出生数は2017年以降急減し続けており、2023年は902万人と、2016年の半分以下になってしまった。いわゆる一人っ子政策は2015年に完全に撤廃され、2021年には子どもは3人まで可とされたが、合計特殊出生率は2017年の1.58から2021年は1.12、2022年は1.05とむしろ急落している。2023年は1.0程度であったとみられる。つまり、一人っ子政策が完全撤廃されてすでに8年経つが現実にはむしろ出生率が低下し、女性1人につき子ども1人の状態になっているのである。

こうした状況下で、一定の所得水準以下の中低所得層に対して子ども1人につき一定額の子ども手当を支給すれば、少子化傾向を逆転させることが期待できるばかりか、かなり確実に消費需要の増加につながり、一石二鳥の効果が期待できるように思う。

中国学.comより転載

参考文献:

清水克彦「5人に1人が就職できず、失業手当で食いつなぐ...中国の若者が「共産党を倒せ」と叫び始めた切実な事情」『プレジデントOnline』2022年12月7日

国家統計局「関于完善分年齢組調査失業率有関状況的説明」、2024年1月17日



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