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「アルテミス世代」の宇宙飛行士候補が受ける訓練の内容とは? 初公開されたその一部と、記者会見で2人が示した「圧倒的コミュ力」

ニューズウィーク日本版 2024年2月15日 19時55分

<昨年2月、宇宙飛行士候補者に選抜された米田あゆさんと諏訪理さん。宇宙飛行士になるために2人はどんな訓練を積んでいるのか。また、「アルテミス計画」を見据えて訓練内容はどう改訂されたのか。2人の発言や印象とともに紹介する>

2024年が始まってまだ50日にも満たないですが、日本初の月面着陸成功、諦めかけていた月面探査機SLIMの電力復旧と機能復活、初号機の打ち上げに失敗した日本の新しい大型基幹ロケット「H3ロケット」の2号機の打ち上げが間近など、早くも我が国の宇宙開発関連のニュースが盛りだくさんに報じられ、ワクワクしている人も多いでしょう。

昨年末には、人類の究極の夢とも言われる「有人月面探査の再開」を目的としたNASA(アメリカ航空宇宙局)が主導する「アルテミス計画」で、日本人宇宙飛行士が少なくとも2人、月面に降り立つ方向で最終調整が進んでいるとも報じられました。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)は「アルテミス計画」を見据えて、昨年2月に14年ぶりに宇宙飛行士候補者を選抜しました。およそ1年が経過した先月31日、選ばれた米田あゆさん、諏訪理さんの基礎訓練の様子が、筑波宇宙センター(茨城県つくば市)で報道関係者に初公開されました。訓練後、2人はJAXAの公式行事などで宇宙飛行士が着用する「ブルースーツ」姿で取材に応じました。

日本では、宇宙飛行士候補者が宇宙飛行士になるためにはどんな訓練を積むのでしょうか。「アルテミス世代」と呼ばれる米田さんと諏訪さんのために、訓練内容はどのように改訂されたのでしょうか。記者会見に臨んだ2人の発言や印象とともに紹介します。

宇宙飛行士候補者が宇宙飛行士になるまで

JAXAの宇宙飛行士候補者は、これまでに6回の募集がありました。13年ぶりとなった2022-23年の選抜(21年12月に募集開始)は、約1年かけてじっくりと行われました。

応募者は書類審査を通過すると、英語、大卒程度の一般教養、国家公務員総合職(大卒程度)相当のSTEM分野(理工系)の試験、小論文などによる第0次選抜に進みます。核となる第1次から第3次選抜では、心身の健康状態とともにコミュニケーションやプレゼンテーション能力、運用技量など、宇宙飛行士としての資質をあらゆる方面からつぶさに審査されます。

2022-23年選抜は、自然科学系の大卒以上に限られていた学歴要件や専門性が撤廃され、身長制限なども緩和されたため、963名と過去最高だった前回を大幅に更新する4127名が応募しました。選ばれたのが、日本赤十字社医療センター外科医で当時28歳の米田さんと、世界銀行上級防災専門官で当時46歳の諏訪さんです。

もっとも、宇宙飛行士候補者に選抜されたからといって、自動的に宇宙飛行士と認められて宇宙空間で行われるミッションに参加できるわけではありません。

約20カ月の基礎訓練で宇宙飛行士の心構えや科学的、工学的な知識や技術を習得した後、審査委員会の審査を受けて合格して、はじめて宇宙飛行士として認定されます。さらに、宇宙空間での搭乗ミッションに参加するためには、その後も維持向上訓練を続け、搭乗割当の認定に必要な訓練を修める必要があります。

米田さんは昨年4月、諏訪さんは同年7月にJAXAに入りました。基礎訓練が順調に進めば、今年11月頃に2人とも宇宙飛行士に認定される予定です。

JAXAの阿部貴宏・宇宙飛行士運用グループ長によると、基礎訓練は4つの分野に大別されます。

①「JAXA宇宙飛行士に必要なJAXA業務概要や工学・宇宙機の概要等に関する知識」では、JAXAの歴史や基礎工学、日本や各国の宇宙開発プログラムを学びます。

②「軌道上で実際に操作を行うISS/「きぼう」日本実験棟のシステムの概要」では、ISS(国際宇宙ステーション)計画の枠組みや運用の概要、「きぼう」の開発プロセスや各システムの概要を学びます。

③「軌道上で実施する種々の宇宙実験に必要なサイエンス関連の知識」では、宇宙科学やライフサイエンス、材料・流体科学、地球と宇宙観測の知識を習得します。

④「宇宙飛行士に必要なスキルの習得を目的とした基礎能力訓練」では、実践的な訓練を積みます。健康管理や体力増進を目的とした運動訓練や、小型航空機の操縦、語学訓練、一般サバイバル技術の習得などを通して、宇宙飛行士として必要とされる能力を身に付けます。

JAXAで宇宙飛行士候補者の基礎訓練が行われるのは、古川聡さん、星出彰彦さん、山崎直子さんが選ばれた1999年以来、24年ぶりです。阿部グループ長によると、NASAでの訓練が中心だった前回と比べて、効率よく、できるだけ早く次のステップに進めるために、日本を訓練のベースにしたそうです。

月や火星の有人探査を想定した訓練プログラムに

また、「これまでは知識の詰め込みに注力しすぎていたのではないか」と振り返り、今回の基礎訓練は実践的なもの、実際の運用に近いものを増やしたと言います。

たとえば、ISSの「きぼう」日本実験棟の宇宙飛行士と交信する地上の管制官が受ける訓練を基礎訓練に取り入れてISSに滞在した時に体験する地上の対応をいち早く知ったり、超小型の人工衛星キットを使って実際に組み立てて各サブシステムの役割を学んだりしました。

基礎訓練に取り入れられた管制官の訓練。写真中央が米田さん 提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)

さらに、米田さん、諏訪さんに対する訓練プログラムは、将来の月や火星の有人探査を想定して改訂しました。国立天文台や宇宙科学研究所の協力を得て従来よりも月や火星について深く学ぶ機会を得たり、宇宙での地質調査を想定した野外実習や、各国の宇宙飛行士との集団生活に必要なセルフマネージメント、リーダーシップ、コンフリクトマネージメントなどに対する心理支援プログラムなども取り入れたりして、内容を充実させたそうです。

今回、米田さんと諏訪さんの訓練の進捗状況を紹介するにあたり、報道関係者には週3回、1日約2時間行われている運動訓練の一部が公開されました。(動画はこちら)

基礎訓練では、ISSの運用で使われる英語とロシア語の語学訓練と体力訓練に最も多くの時間が割かれています。同僚や地上とのコミュニケーションに語学が必須なことは当然ですが、ISSでは健康管理のため1日2時間の運動が義務付けられているため、基礎訓練時から健康管理と運動習慣をつけることが大切だからです。

筑波宇宙センターで運動訓練を受ける米田さん(左)と諏訪さん(同右) 筆者撮影

また、将来の有人宇宙探査でも毎日の運動義務が想定されますが、ISSと比べてトレーニングマシンの小型化が必要なため、一台で複数の運動ができる器具が検討されていると言います。

集中するために照明が落とされた訓練室で、米田さんと諏訪さんはトレーナーの指導のもと、ボート漕ぎや自転車漕ぎの動きができるマシンを使った有酸素運動や、ダンベルを使った筋トレを行いました。米田さんは時折トレーナーと話しながら終始にこやかに、諏訪さんは真剣な面持ちで一心不乱にメニューをこなしているのが印象的でした。

つい応援したくなる人柄

公開訓練の後には、2人への取材の場が設けられました。

筆者はこれまでに、何人かの宇宙飛行士にインタビューしたり、記者会見場で質問したりしたことがあります。そのたびに「宇宙飛行士ほどコミュニケーション能力に長けた人は稀(まれ)だ」と感じます。

というのも、相手から目を逸らさずに端々でうなずきながら、質問に回答するというよりも記者との会話を楽しむように自然に話すからです。常にポジティブに、真摯に、時にはユーモアを交えながら当意即妙に自分の考えを伝える姿に触れると、その宇宙飛行士を応援したいという気持ちがいつのまにか高まります。

第6回の宇宙飛行士候補者が決定した時、「応募条件には学歴不問と書いてあったのに、結局、東大卒の2人になった」と批判する声も少なくありませんでした。けれど、この2人の真価は、偏差値が高いことでも語学に秀でていることでもなく、コミュニケーション能力の高さにあると、今回の記者会見で改めて感じました。

米田さんは、23年2月に行われた候補者決定の記者会見でパートナーの存在や若い女性としての見解を尋ねられて、「プライベートのことで回答するのは差し控えさせて頂きたい」「若い女性であるという特性を意識してというのではなく、一宇宙飛行士候補生として頑張っていければ」と回答したことが、当時、大きく取り上げられました。

SNSでは「米田さんの返しがすごい」「不必要な質問に毅然とした態度で臨んでカッコイイ」など多くの称賛の声が寄せられましたが、経歴もあいまって「頭の回転が早く、白黒をはっきりつけたい人なのだ」という印象を持った人も多いかもしれません。要は、ちょっとキツめな性格に見られがちだったのではないでしょうか。

けれど実際の米田さんは、にこやかに話し、表情がクルクルと変わり、とても愛嬌があります。たとえば日本初の月面着陸に成功したSLIMについて、「着陸の瞬間は、すごいドキドキして固唾をのんで見守るような気持ちでした」「(SLIMの太陽電池パネルが発電して機能が復旧して)目覚めてすごい嬉しかったですし、『待っててね』みたいな気持ちに日本や世界の宇宙飛行士がなっているんじゃないかと思います」など、率直な感想を話し言葉で伝えてくれました。

一方、諏訪さんは、宇宙飛行士候補者決定の記者会見で「目標をたてて淡々と努力をすることは得意な方だと思います。長時間でも諦めない粘り強さも持っています」「この年齢で選抜されたということは、今までの経験との掛け算でどのような付加価値を社会に還元できるか問われると思っています」と語るなど、真面目で実直な印象がありました。直前に見学した訓練では、黙々と取り組むストイックな姿が怖いくらいで、近寄りがたい印象すらありました。

ところが会見では、諏訪さんは微笑みを絶やさず、記者の質問に寄り添ったり、同じ質問に先に回答する米田さんの答えを発展させたりする場面が随所に見られました。温かい人柄と負けん気、茶目っ気といった人間臭さも感じ取ることができました。

たとえば、筆者が「訓練中に2人で助け合ったエピソード」を尋ねると、米田さんはブルースーツを着たまま立ち泳ぎを10分間する訓練があったときに「難しいな、しんどいな」と思っていたら、諏訪さんが「喋っていたほうがいい(気が紛れる)」と提案し、しかも語学の練習になるからと英語やロシア語で話し続けたら、10分間があっという間で成し遂げることができたと答えました。

諏訪さんはそれを受けて、「実は途中からつらくて、話すのをやめようかなと思った瞬間もあったんですが、ここで喋るのを止めると、周りで見ている人に『あいつ、つらくなってきたな』と悟られそうでそれは嫌だと思い、無理矢理付き合わせてしまいました」とユーモアを交えて語りました。

日本人宇宙飛行士が惑星探査で活躍する日

人柄やコミュニケーション能力によって、周囲の人たちに「この人のために協力したい」と感じさせる魅力があることは、宇宙飛行士に必須な特性でしょう。

阿部グループ長は訓練内容を説明する場で、「2人は非常に優秀で、講義に対する理解だけでなく体を動かすことも得意。他の機関に負けない飛行士を育成しなければと責任を感じる」と語りました。さらに会見後、筆者が会場にいた阿部さんに「昨年の会見よりも2人ともリラックスしていて、会話も楽しくて、思わずファンになりました」と伝えると、「立派な会見で、泣いちゃいました。訓練のおかげではなく、本人たちの素晴らしい資質と努力ゆえです」と嬉しそうに話したことが印象的でした。

最新情報によると、アルテミス計画の飛行士の月面着陸は26年9月に延期され、日本人宇宙飛行士の月面着陸は早くても28年頃になりそうです。JAXAは、米田さん、諏訪さんが基礎訓練を終えて宇宙飛行士に認定されれば、この2人を含めたJAXAのすべての宇宙飛行士の中から、月面に降り立つ2人を決定する予定だと言います。

関係者に温かく見守られながら訓練を積んだ日本の宇宙飛行士が、惑星探査で活躍する日はすぐ近くまで来ています。

運動訓練を受ける米田あゆさん、諏訪理さん(撮影は筆者)



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