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サウジアラビア人社長の日本愛が創る「日本の中東ソフトパワー」

ニューズウィーク日本版 2024年2月16日 17時30分

<日本アニメが中東、特にサウジアラビアで文化的橋渡しを果たし、両国間の精神性共有とソフトパワー展開の新局面を迎える。グレンダイザー巨像が象徴する文化交流の時代が始まった>

サウジアラビアにグレンダイザーの巨像が立っていることを知らない日本人も多いだろう。しかし、これは紛れもない現実であり、我々は中東地域に起きている文化的変化を真正面から受け止めるべきだ。

日本アニメはその文化的変化を創り出している中心の一つだ。

グレンダイザーの巨像はサウジアラビアの「ブルーバード・ワールド」という複合エンターテイメント施設の中にそびえ立っている。近年、サウジアラビアはアニメやゲームなどのエンターテイメント産業を中心とした産業育成方針を掲げており、国民の間でも日本のアニメ産業の人気は爆発的に拡大している。

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日本アニメ、中東での文化的影響力を拡大

日本政府はクールジャパン政策を掲げて、日本のアニメ文化を基幹コンテンツとして海外マーケットに展開してきた。そして、民間事業者のアニメコンテンツのグローバルなブランド展開の挑戦してきた経緯がある。Netflixなどのプラットフォーマーの影響もあり、今や海外のアニメ市場規模は日本のアニメ市場規模とほぼ同等にまで拡大しつつある。

特に、新興アニメ市場として注目されるサウジアラビアでは、インターネットを通じたアニメ視聴者数は2017年で約40万人であったが、2022年には約1300万人に拡大している。同国アニメ市場は僅か5年で30倍以上の視聴者数に増加したということだ。さらに、アラブ世界全体では約6000万人弱のアニメ視聴者が存在しており、今後日本の人口に匹敵するアニメ市場が形成されることは間違いない。

筆者の狭い了見では、欧米諸国や東アジア・東南アジア地域などが日本のアニメ市場のメインターゲットであると思い込んでいた。しかし、実は人口が爆発的に増加しつつある中東地域・イスラム圏こそが日本のアニメのフロンティアとなっているのだ。

サウジアラビアにおける日本アニメの急成長

筆者が中東地域における日本の文化的ソフトパワー拡大の可能性を調べる中で一際目を引いたアニメ作品がある。それは2021年に公開された「ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語」という映画だ。

同作品は日本の東映アニメーションとサウジアラビア企業のマンガプロダクションズの合作であり、オランダのセプティミウス映画祭で最優秀エクスペリメンタルシネマ賞を受賞している。国際的に高い評価を得た作品と言えるだろう。

ただし、筆者が注目したポイントは、サウジアラビアが創ったアニメ映画が国際的なショーを受賞した、という表面的なことではなく、その映画のデザイン性・ストーリー性に強い日本に対するリスペクトを感じた点にある。

ハリウッド映画に顕著であるが、海外で制作されたアニメは日本のアニメファンが自然と馴染めるテイストにはなっていない。これは中国や韓国などの日本のアニメ制作の下請けから発展してきた地域のアニメでも同じだ。アニメを子ども用の娯楽と低く見る傾向や商業面を意識した見た目重視のキャラクターを推す作品群には、幼少期から日本アニメの深みに親しんできた筆者にはどこか馴染めないものがある。

日本とサウジアラビアの共同制作アニメが示す新たな可能性

しかし、上述のジャーニーにはそのような外国臭さが良い意味で少ない。どちからというと、できるだけ日本のアニメの良さを受け止めて、それを良い形で昇華させていきたいという意気込みを感じる作品であった。

その作品性に強い感銘を受けた筆者は、東京・虎ノ門にあるマンガプロダクションズ株式会社を訪ねて、CEOのイサム・ブーカリ氏に取材を申し込むことにした。

  

当初、筆者は中東の経営者と面と向かって話す経験は少ないため、一体どのような人物なのだろうか、と若干不安に思っていた。しかし、取材に応じてくれた、ブーカリ氏は柔和な雰囲気の好人物で、私からの突っ込んだ質問についても丁寧に答えてくれた。

実はブーカリ氏のメディア取材記事はネット上に幾つもある。しかし、どれも表面的なものばかりで、筆者が知りたいものとは異なるものばかりだ。

筆者が知りたいことはただ一つ、「なぜサウジアラビアの企業が日本のアニメ作りに限りなく近いテイストの作品を制作することを望んだのか」だ。その理由こそが日本が求めるクールジャパンによるソフトパワーの拡大の要になるポイントになると直感した。

ブーカリ氏の回答は実に明確なものだった。それは「アニメに対する単純な興味関心や営利性ではなく、日本人のより深い部分に着目しているからだ」という回答だった。


イサム・ブーカリ マンガプロダクションズ株式会社代表取締役 *筆者撮影

ブーカリ氏は経営者として異色の経歴を持つ。サウジアラビアでは成績優秀な学生はアメリカ留学の道を選ぶという。しかし、ブーカリ氏はアメリカ留学ではなく、あえて早稲田大学理工学部に留学を選択し、その後に同大学で博士号(経営学)まで取得した。その思いは戦後日本の奇跡の復興、その精神性の秘密を学ぶことにあったという。博士号取得後、同氏は同国駐日大使館に勤務、3.11の震災時にも日本で在官していた。多くの国々が震災の影響を懸念し日本から留学生らを避難させる中、彼は「今こそ、日本の強さを知ることができる」と決断し、同国の留学生を日本に引き留め、逆に多くの学生を日本に呼び寄せたという。当時の状況を考えると、この決断は並大抵の苦労ではなかっただろう。

同社会議スペースにはFFのファンアートも *筆者撮影

その後も、ブーカリ氏の日本の精神性を学ぶ姿勢は徹底していた。マンガプロダクションズ立ち上げ後、同社内ではサウジアラビア人のクリエイターを育成するプロジェクトも開始した。現在、自社でも短編作品の作成などを始めているが、それらを作るサウジアラビア人のクリエイターは必ず日本の大手スタジオで学んだ人間を採用している。ブーカリ氏が日本企業との協業の条件として、自国のクリエイターが日本で学ぶことを求めた結果だ。アニメの作り手を使い捨てにする人材育成ではなく、それらの人々を日本の精神を学んだ人材として重要視しているという。

ヒジャブを身に付けた女性アニメクリエイター *同社写真提供

教育への影響:サウジアラビアにおけるアニメ教育の導入

ブーカリ氏の思いを実現する力は凄まじく、現在はサウジアラビア政府も動かしており、同国の教育プログラムを変えることにさえ成功している。なんと、サウジアラビアの中高生向けの学校の授業には「アニメ」が正式に組み込まれているのだ。ただし、それも単純にアニメの楽しさを学ぶという趣旨ではない。

「その全ては日本のアニメに込められた人間としての成長などの要素を学ぶことが本当の目的だ。」とブーカリ氏は力を込めて語った。

同社はアニメのIP管理にも優れており、キャプテン翼などのアニメコンテンツを中東地域やサウジアラビアでヒットさせ、上述のグレンダイザーも今後同地域で配給されることが決まっている。現地においては、日本企業にとっては頼れるパートナーであることは間違いない。しかし、そこにはあくまでもビジネスとしての付き合いを重視する欧米のパートナーとは根本的な違いがあるように感じた。

ブーカリ氏が持つような日本に対する深い思いこそがビジネスの根幹には文化やコンテンツを扱うビジネスには必要だ。

  

文化交流を深めるソフトパワー:アニメを通じた日本とサウジアラビアの絆

筆者はこのブーカリ氏の日本人の精神性に着目した視点こそが日本のソフトパワーが形成してきた成果であると確信した。アニメの世界市場の規模成長などの表面的な部分では見えない、日本が歴史の中で培ってきたソフトパワーとアニメという新しい力の融合が重要なのだ。

文化の違い、言語の違い、立場の違いなど、国際関係を考える上での課題は無数に存在している。その際に、自国のソフトパワーが持つ力は共通の価値観を他国の人々との間で形成していく上で非常に有効だ。

サウジアラビアと日本のアニメを通じた相互交流の浸透、そしてその裏側に存在する深い部分で通じた精神性の共有、このような視点を持った友好関係こそが日本が国際社会で信に理解され生き残る道の土台となっていくだろう。


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