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26歳の医師が過労自殺した件で、私たちが知らなくてはならないこと

ニューズウィーク日本版 2024年2月17日 13時25分

<2022年に神戸市の若い医師が自殺した件で、病院側は今も長時間労働をさせた責任を認めていない。フランスなら記者会見やデモやストライキで自分たちのひどい労働状況を国民に知らせるが......>

自死前1カ月の時間外労働時間は207時間50分、2カ月前は169時間55分、3カ月前は178時間29分。2022年5月17日に神戸市の甲南医療センターに勤めていた高島晨伍(しんご)さんは自殺した。26歳だった。

昨年6月5日に労災認定されたにもかかわらず、甲南医療センターの院長は遺族に謝罪もせず、病院の責任も認めていない状況だ。その過労死の件を説明してくれた高島さんのお母さんに会った際には涙が出た。彼女がいかにつらい経験をしたかを考えて、数日後も悲しい気持ちが止まらなかった。

病院の謝罪がない限り、遺族の痛みや悲しみは終わらないだろう。「病院として、過重な労働を負荷していたという認識はない。自学・自習の時間と、生理的な欲求に応じて寝て過ごすということも多々ある。非常に自由度の高い部分があるので、(勤務時間を)正確にはなかなか把握できない」と、院長は記者会見でコメントした。病院の院長ならきっと人間性があると思っていた私は、絶望しか感じなかった。

昨年12月19日に甲南医療センターの運営法人と院長らは労働基準法違反の疑いで書類送検された。このとき病院側はテレビ局の取材に対し、「問題解決に向けて一つ手続きが進んだという認識」といったコメントを出すなど、何ら遺族への配慮が感じられない対応に終始している。

いつもみんな笑顔でいるが

高島さんのお兄さんに取材をしたところ、医療現場のひどい労働状況についての話になり、その現状にさらに驚いた。「弟が過労死をした甲南医療センターの問題は、日本の至る所に存在していると思います。今日にでも、若い医師が過労死をしてしまうかもしれません」と、彼は話していた。

私がこれまでに医療現場を取材したのは一度だけ。熊本県熊本市の慈恵病院で、赤ちゃんポストの仕組みについて説明してもらった。このときは医師の労働状況などについては質問しなかった。

日本のマスコミもこの問題をそれほど取り上げていない。以前に次男が入院した際、私は医師や看護師の笑顔や優しさしか目にしなかった。もし彼らがひどい労働状況にあったとしても、それを感じることはなかっただろう。教育現場も同じだ。私が会う学校の先生たちはいつもみんな笑顔でいる。だが実際には、長時間労働などの悩みが多いことを別の取材で知った。

国民は医療現場や教育現場にどんな問題があるかをほとんど知らないし、気付く方法もない。患者のことを優先し、自分のつらい経験を語らない医師や先生が多いのだろうと思う。母国であるフランスでは学校の先生も、医師も、看護師も、自分たちの労働状況の問題を国民に知らせるために、労働組合が記者会見を開いたり、プレスリリースを出したり、抗議運動をしたり、デモやストライキをしたりする。

だが日本では、高島さんのお兄さんによると「『忖度』や『人への思いやり』が誤った方向に向かい、若い医師はストライキをしたり、不満を声にしたりすることもできない状況」だという。

私は記者として、みんなが簡単に見ることのできない場所のドアを強制的に開けて、もっと見に行くことの必要性を改めて感じた。ジャニー喜多川氏の性暴力の件では、英BBCによる報道のおかげで被害者が次々と告発をするようになった。その結果として最近は、「日本のマスコミが無視していることは、海外のマスコミに取り上げてほしい」とよく言われている。

これは異常事態だが、マスコミだけの問題でもない。被害者や圧力を受けている人がそれを意識し、声を上げられるように社会全体が変わっていかないと、海外のマスコミも手助けすることはできない。

西村カリン
KARYN NISHIMURA
1970年フランス生まれ。パリ第8大学で学び、ラジオ局などを経て1997年に来日。AFP通信東京特派員となり、現在はフリージャーナリストとして活動。著書に『不便でも気にしないフランス人、便利なのに不安な日本人』など。Twitter:@karyn_nishi


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