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「カワイイおじさん」インドネシア新大統領プラボウォの黒すぎる過去とその正体

ニューズウィーク日本版 2024年2月19日 17時26分

<ソフトなイメージ戦略で大統領選に勝利したプラボウォ国防相。しかし、かつての独裁体制と深いつながりを持つ元国軍幹部には残虐な素顔と本音があった...>

1回で決まりだ! アッラーに称賛あれ! プラボウォ、プラボウォ、プラボウォ!

2月14日、インドネシアの首都ジャカルタにあるスタジアムは、歓喜の声を上げる人々であふれ返っていた。

この日投開票が行われた大統領選で、次期大統領の座をほぼ手中にしたプラボウォ・スビアント国防相(72)の勝利宣言を聞き届けようと、多くの支持者が集まっていたのだ。

最終的な結果は3月になるとみられているが、約2億人の有権者(その52%は40歳以下だ)は、他の候補者に大差をつけて、かつての独裁体制と深いつながりを持つ元国軍幹部を次期大統領に選んだ。

その得票率は50%を超えたとみられ、決選投票を実施する必要はなさそうだ。

とはいえ、今回の選挙戦で、現政権がプラボウォ陣営に肩入れしていたことは明らかで、インドネシアの民主主義の行く末を不安視する声もある。

今期で引退するジョコ・ウィドド大統領は、これまで2回の大統領選でプラボウォと戦ってきたが、今回は明らかにプラボウォの支持に回った。

それはジョコの長男であるギブラン・ラカブミン・ラカ(36)が、プラボウォの副大統領候補として選挙戦を戦ったことからも明らかだ。

大学卒業後は商売をしていたギブランが、ジャワ島中部スラカルタ市の市長に就任したのは3年前のこと。

たったそれだけの政治経験で、憲法が定める年齢制限(40歳以上)の例外扱いを勝ち取り、副大統領候補に抜擢された(ちなみにスラカルタは、ジョコが政治家としてのキャリアをスタートさせた街)。

「ジョコは、インドネシアを独裁者スハルトの時代に逆戻りさせる扉を開いた」と、人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのジャカルタ支部に所属するアンドレアス・ハルソノは厳しく批判する。

ジョコ政権は、さまざまな領域でプラボウォ陣営を応援した。

汚職捜査の対象になった有力政治家らは、プラボウォ支持を表明すると捜査の対象から外された。

対立候補は警察の嫌がらせを受けた。選挙前に社会保障給付が急に増えただけでなく、プラボウォ陣営の関係者が直接配ったという報道もある。

「法律家の多くは、スハルト時代以降のインドネシアで最も汚い選挙だったと言っている」とハルソノは語る。

残虐な元特殊部隊員?

プラボウォの名前が知られるようになったのは、インドネシアが1970年代に、ポルトガルの植民地支配から脱した東ティモールに侵攻したときだ。

特殊部隊の一員だったプラボウォは、東ティモールの英雄ニコラウ・ロバトの殺害に関与したとされる。

さらに西パプアでも独立派の虐殺に関わったとされるが、本人は一貫して否定している。

その後、プラボウォはスハルトの娘と結婚して政界でも知られる存在となり、一部ではスハルトの後継者と見なされるようにもなった。

98年にスハルトの独裁体制が崩壊したとき、プラボウォは民主活動家23人の拉致に関与したとされており、自ら権力を掌握しようとした可能性がある。

その後、インドネシアに民主主義体制が確立すると、プラボウォは一時国外生活を強いられたが、やがて政界に復帰。

2004年には大統領候補指名を目指し、09年には副大統領候補となり、14年と19年に大統領候補としてジョコと戦った。

その2回ともジョコに敗れたが、特に19年選挙では選挙不正を主張して敗北を認めず、死者を出す暴動を引き起こした。

このときジョコが、プラボウォを国防相に登用することで事態の収拾を図ったことは、多くを驚かせた。

これを機に、プラボウォは「ジョコの後継者」へとキャリアチェンジを図り、多くの若い有権者にとっては「カワイイおじさん」へとイメージチェンジを果たした。

それまでのプラボウォは、馬にまたがって選挙集会に登場するなど、強面(こわもて)のナショナリストのイメージを前面に押し出していた。

選挙演説も、外国の破壊勢力について警告するといった内容が多かった。

イメージ変更が大成功

ところが今回、プラボウォはしつこいくらいジョコに対する忠誠を示し、ジョコの政策継続を約束した。

かつてはジョコのことを、隠れ共産主義者で中国系で無神論者でキリスト教徒だと中傷していたから、相当な日和見主義者と言っていい(インドネシアではジョコ含め国民の大多数がイスラム教スンニ派)。

もちろん今回も、遊説中に外国人がインドネシアの富を盗み、駄目にしようとしていると主張するなど、ナショナリスト的な側面をのぞかせたときもあった。

だが、今回の選挙でプラボウォ陣営が何よりも強調したのは、「グモイ(かわいい)」イメージだ。

プラボウォとギブランのイラストを掲げる若い有権者 KIM KYUNG-HOONーREUTERS/AFLO

ソーシャルメディアでは、プラボウォがぎこちなく踊ったり、ネコをなでたりする画像や、ピクサー映画に出てくるようなソフトなおじさんのイラストが大量に拡散された。

これが過去を知らない若い有権者に大いにウケた。

14日にジャカルタのスタジアムに来ていた理系の大学生ファウザン・ディスマスも、プラボウォは「タフ」だから好きだと語った。

過去の人権侵害やスハルトとの関係について聞いても、「生まれる前のことだからよく知らない」と言葉を濁すだけだった。

では、インドネシアではこれから何が起きるのか。

国際的には、中立を守る伝統的な外交姿勢に大きな変化はないだろう。

だが、内政面では、民主主義が衰退している懸念のほか、プラボウォとジョコの同盟がいつまで続くかという不安もある。

選挙期間中こそインフラ整備や天然資源の輸出制限、そして首都移転計画の維持など、ジョコ路線の踏襲を声高に約束したプラボウォだが、基本的に移り気なことで知られる。

しかも、何十年にもわたり権力を握る強い野心を持ち続け、何度選挙に負けても挑戦を続けてきた。

そんな男が、いつまでも前任者の陰に隠れていることに満足するだろうか。

高齢のプラボウォには、健康不安説もある。

万が一のことがあったら、ビジネスでまあまあの成功を収めた経験はあるが、政治的には何もかもお膳立てされた仕事しかしたことのない若者の手に、人口が世界第3位の民主主義国の運命が託されることになる。

プラボウォとジョコの息子のどちらの政治のほうが不安が大きいか、インドネシアのベテラン官僚たちも考えあぐねているようだ。

From Foreign Policy Magazine

ジョゼフ・ラッチマン

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