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ウクライナ戦争開戦から2年、NATO軍の元最高司令官が語る「敗北のシナリオ」

ニューズウィーク日本版 2024年2月20日 19時18分

<支援の打ち切りは「悪夢の始まり」か?このまま西側が支援を出し渋れば、プーチンの勝利を招くだけでなく、今後数十年の欧州の安全保障地図が塗り替わる>

NATO欧州連合軍の元最高司令官で元米空軍司令官でもあるフィリップ・ブリードラブは、ウクライナ戦争の今後について3つのシナリオを描いている。

そのうち2つの結末は、ロシアの勝利だ。

「今と違う手を打たなければ、ウクライナは敗れる。ロシアは兵力が多く、軍にも余力がある」と、ブリードラブは本誌に語った。

「西側諸国に見捨てられても、ウクライナは勇敢に戦うだろう。しかし、さらに数万人の命が失われ、最終的にはロシアに全土を制圧されて、再びロシアの属国になる」

2013~16年にNATO軍司令官を務め、ロシアによる14年のクリミア併合の影響を目の当たりにしたブリードラブは、その一方で一筋の希望もあると指摘する。

「西側がウクライナの勝利に必要なものを供与すれば、ウクライナはこの戦争に勝つ。西側の政策担当者らが望むどおりの形で、戦いは終わりを迎えるだろう」

西側が武器支援拡大を一向に決断しないことに業を煮やしたウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は1月、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領との戦争はウクライナだけのものではないと訴えた。

「私たちが一丸となってとどめを刺すまで、彼(プーチン)は戦いをやめないだろう」と、ゼレンスキーは語った。

「これはアメリカの戦いだ」

昨年12月に米議会では、614億ドルの対ウクライナ支援を含む安全保障の予算案成立が共和党の手で阻止されていた。

年末年始の米議会の閉会中、ウクライナはロシアからミサイルと無人機による攻撃を5日間で500回以上受け、45人が死亡した。

米大統領選挙の共和党予備選では、ドナルド・トランプ前大統領をはじめとする候補者がウクライナ支援の打ち切りを訴えて、支持を集めている。

開戦以来のアメリカの支援総額は790億ドルを超え、世界最高だ。

米国家安全保障会議(NSC)の元上級部長で、オバマ政権時代に国務次官補を務めたトム・マリナウスキーは、共和党の妨害によってプーチンが勝つ可能性は「かなり高くなった」と予測する。

「下院の共和党指導部は、ロシアの勝利を後押ししたと非難されてもいいのか」と、マリナウスキーは言う。

「議会で先送りになっても支障がない物事は多い。たとえある日に敗れても、それを乗り越え、後日に再び戦えればいい。しかし、今のウクライナには後日まで待つ余裕がない」

ブリンケン米国務長官(中央)は昨年9月にウクライナで10億ドルの追加支援を発表したが BRENDAN SMIALOWSKIーPOOLーREUTERS

戦争が3年目に突入するなか、一部の米議員からはゼレンスキーに対し、ロシアと交渉して領土を割譲するよう求める声も高まっている。

だがワシントンのシンクタンク戦争研究所(ISW)の昨年12月の予測によれば、戦争が「凍結」された場合、あるいはもっと望ましくない「プーチン勝利」の場合には、悲惨な結果が待っている。

ウクライナが敗れれば、NATO圏の国境に沿う黒海から北極海に至る地域まで、ロシア軍の接近を許すことになる。

しかもロシア軍はウクライナ侵攻前より規模を拡大し、戦闘経験も積んでいる。

つまり、米軍のステルス機にしか突破できない高度な防空システムが必要になり、中国に対する抑止力が手薄になる。

さらにISWは、戦争が「凍結」されれば悪影響をもたらすと指摘する。

プーチンに対し、新たな戦争を仕掛けたり、NATOとの対決に備える猶予を与えることになるためだ。

「ウクライナの戦いは、アメリカにとっての戦いだ」と、マリナウスキーは言う。

「われわれはプーチンの勝利を見たくない。ウクライナとアメリカ、そして同盟諸国がこの戦争を今後1年以内に望ましい形で終結させられるかは、ウクライナ支援法案が成立するかどうかに懸かっている」

ウクライナは昨年6月に反転攻勢を開始した。

しかしウクライナや、武器を供与してきた同盟国が期待したような結果は得られなかった。

「何よりも、制空権を確保することが重要だ」と、ブリードラブは言う。

「われわれはウクライナが制空権を確保するために必要な支援を提供していない」

さらにブリードラブは、ウクライナには短距離兵器が提供されているものの、米陸軍戦術ミサイル(ATACMS)は最新版よりも能力面で劣る古い型が提供されていると語った。

「われわれはウクライナの勝利に必要なものではなく、戦いを続けるのに十分なものしか提供していない」と、彼は言う。

ヨーロッパ外交評議会のグスタフ・グレッセル上級研究員は、装甲機動車の提供が遅れたことがウクライナの反転攻勢の妨げになったと本誌に語った。

グレッセルによれば、アメリカ製のブラッドリー歩兵戦闘車やドイツ製のレオパルト戦車が供与されたものの、ウクライナ軍機械化旅団の結束や備えが今より優れていた段階で提供されていれば、もっと威力を発揮していただろうという。

東部ドネツク州バフムートでの戦いが長引いたために多くの経験豊富な兵士が失われたことも、ウクライナには大きな痛手だったと、彼は語った。

反転攻勢の足を引っ張ったのは、航空支援の不足だけではなかった。

「西側は、ロシアがGPS制御の誘導弾に迅速に対処し、その効果を損なわせる能力を過小評価していた」と、グレッセルは指摘する。

冷戦期の戦略に切り替えを

さらに彼は「今年はウクライナにとって厳しい年になるだろう。西側諸国はウクライナを武器の面で優勢にするための砲弾や迫撃砲弾でさえ増産していない」と語る。

その一方で、兵器供給などいくつかの条件が改善されれば、来年の見通しは改善するだろうと期待も示した。

ウクライナ軍は戦闘が始まった22年、東部ハルキウと南部のヘルソンの奪還、首都キーウからのロシア軍撃退やロシア海軍黒海艦隊への攻撃などのさまざまな戦果を上げた。

だが元ウクライナ軍兵士で防衛アナリストのビクトル・コバレンコは、それがゼレンスキーと米バイデン政権に「非現実的な目標」を設定させることになったと語る。

「そろそろ西側諸国は、成果が確認できている冷戦期の戦略に切り替えるべきだ」と、コバレンコは言う。

これは「ウクライナ国内とNATOの境界沿いで、必要ならばどこででも、どんな手段を使ってでもロシアを抑止し封じ込める」という戦略だ。

ウクライナにはいくつかの有利な状況がある。

黒海の北西部ではほぼ完全に主導権を奪還し、ロシア海軍を撤退させた。

地上では、ロシアとクリミアをつなぐ陸橋に向けて短距離迫撃砲を使えるところまで進軍を果たした。

しかし今後数十年のヨーロッパの安全保障を左右する戦争の次の段階で重要なのは、アメリカによる支援だけではない。

ゼレンスキーはEUの支援がなければウクライナが生き残ることは難しいと語っている。

そのEUからの500億ユーロの支援策については、EU内でプーチンの唯一の盟友であるハンガリーのオルバン・ビクトル首相が拒否権を行使していたが、2月に入ってようやく合意にこぎ着けた。

「西側諸国による支援は今後、ウクライナ国内での防御施設の建設、多層防御能力の構築、新兵の訓練や兵器の増産に焦点を当て直し、ロシアがこれ以上、領土を攻撃または奪取しようとした場合に応戦できるようにすべきだ」と、コバレンコは言う。

「プーチンは自分が優位に立てる隙を探している。しかしウクライナ戦略の重点を防御面に移行し、抑止力と組み合わせれば、その隙はなくなるだろう」

<本誌2024年2月27日号掲載>

ブレンダン・コール

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