Infoseek 楽天

日本は家庭環境による格差への認識が薄い社会

ニューズウィーク日本版 2024年2月21日 11時30分

<貧しいのは努力不足のためという「ガンバリズム」が現実の不平等を隠蔽している>

日本は格差が大きい国かと問われて、強い肯定の回答をする人はあまりいないだろう。諸外国、とくに発展途上国では日本を鼻で笑うような貧富の差があるというし、上位10%の富裕層が富全体の8割を占有している国もある。

しかし以前に筆者が計算したところ、日本の労働者の収入ジニ係数はアメリカよりも高い(「日本の労働者の収入格差は、今やアメリカよりも大きい」本サイト2023年8月30日掲載)。こうした収入格差は、子ども世代の教育格差にも転化する。高校生の大学進学志望率は家庭の年収ときれいに相関し、都市と地方の違いも大きい。当人の能力よりも強く影響していると思えるほどだ。

  

こうした不平等の現実を、国民はどれほど意識しているか。ISSP(国際社会調査プログラム)が2019年に実施した調査によると、「出世に際して裕福な家庭に生まれるのは重要だ」という項目に、強い肯定の回答を示した日本人の割合は16%。調査対象となった29カ国の平均値(26%)よりも低い。

この調査では、高学歴の親を持つことの重要性についても尋ねている。横軸に裕福な家庭、縦軸に高学歴の親の重要性を認識する割合をとった座標上に、29カ国のドットを配置すると<図1>のようになる。

右上には、フィリピンや南アフリカといった国がある。これらの国では、ライフチャンスの規定要因として家庭環境が大きい、と考える国民の割合が高い。現実にもそうだろう。

アメリカは中ほどで、日本は左下にある。家庭環境による不平等への認識が小さい国だ。北欧の諸国と同じゾーンにあるが、いささか奇異にも思える。福祉が充実していて大学の学費が無償の北欧で、家庭環境による不平等への認識が低いのは分かる。だが日本は違う。国の教育費支出が少ないこともあってか、大学の学費は高額で、家庭の収入による「進学格差」もはっきりしている。それにもかかわらず、不平等の自覚度は高くない。

<図1>の29カ国のうち、OECD加盟の19カ国については、政府の教育費支出がどれほどあるかを知ることができる。<図2>は、不平等の意識と関連付けてみたものだ。

  

明瞭ではないものの、公的教育費支出が多い(対GDP比で教育への公的支援が多い)国ほど、ライフチャンスの階層的規定性を感じる国民が少ない傾向がある。教育は社会移動(mobility)の重要な経路なので、首肯できることだ。

日本は傾向から外れている国の1つで、公的な教育支援が少ない(家計の負担割合が高い)にもかかわらず、家庭環境による格差への認識が薄い。成功しない、貧しいのは個人の努力不足のためと考える「ガンバリズム」によって、現実の不平等がたくみに隠蔽されている。為政者にとっては都合のいいことだ。

しかし日本でも、不当な格差の実態がデータで繰り返し提示され、低所得層の大学の学費を減免する修学支援制度や、返済義務のない給付奨学金の制度が2020年度より実施されている。昨年に策定された「こども未来戦略」では、多子世帯の大学学費を無償にする方針も示された。その是非はともかく、教育の機会均等に向けた政策の方向は間違ってはいない。

特に教員を志望する若者は、教育格差の問題にはセンシティブであって欲しい。おそろしいのは、無関心の状態になることだ。

<資料:「ISSP 2019 - Social Inequality V」、
    OECD「Education at a Glance 2023」>

  

【関連記事】
今や東京の30代子育て世帯の4割が年収1000万円以上
「大学進学率50%」のウラにある男女差と地域格差


舞田敏彦(教育社会学者)

この記事の関連ニュース