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企業側の論理による「働き方改革」ではない...カゴメ有沢正人CHOに聞く、「生き方改革」の真髄

ニューズウィーク日本版 2024年2月28日 11時33分

<人事は、社員に「サプライズ」を与えられているか? HRアワード2023書籍部門 最優秀賞を受賞した『カゴメの人事改革』著者インタビュー>

カゴメの最高人事責任者(CHO)として数々の人事改革を行ってきた有沢正人さん。「サステナブル人事」というフロンティアを切り開き、「戦略人事」との高度な両立を体現してきました。サステナブル人事とは、企業目標を利益に限定せず、地球環境と多様なステークホルダーへの貢献を前提とした人事のあり方を意味します。

法政大学大学院政策創造研究科教授である石山恒貴さんとの共著『カゴメの人事改革』(中央経済社)は、日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門で最優秀賞を受賞。人的資本経営を実現するためのエッセンスがつまった一冊です。有沢さんが人材育成で大事にしている指針とは何なのでしょうか?(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)

カゴメの「生き方改革」を広めたら、日本の人事が変わる

──『カゴメの人事改革』の日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門・最優秀賞をおめでとうございます! 石山さんとの共著とのことで、執筆に至った背景は何でしたか。

石山先生とは昔から仲がよく、講演をご一緒することも多くて、石山先生の著書『日本企業のタレントマネジメント』の出版記念講演に登壇したこともありました。

石山先生は、カゴメの「生き方改革」の実践を日本企業に広く知らせていけば、日本の人事が変わると力強くおっしゃった。たしかに、カゴメの人事改革について話すと、「うちの会社でも講演してほしい」という反響を数多くいただいていました。

人事戦略は経営戦略のなかでも重要であるし、人的資本経営の実現に向けた道筋を、他の企業でも再現可能な姿として示していくことは意義深いことではないか。そんな思いから『カゴメの人事改革』の共同執筆に至りました。

『カゴメの人事改革』
 著者:有沢正人、石山恒貴
 出版社:中央経済社
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キャリアを決める権利は「個人」にある

──カゴメの「生き方改革」という考え方は、どのようなプロセスを経て生まれたのでしょうか。

当時の寺田直行社長とは、「労働生産性の向上をめざす『働き方改革』は企業側の論理」だと、意見が一致していました。それだけでは、多様な働き方はなかなか実現しないだろうと。

働く個人の視点に立つと、働き方やキャリアを自らの価値観で決められる「暮らし方改革」も必要です。それにより、社員のキャリア自律を促すことができます。根底にあるのは、「キャリアを決める権利は個人にある」という考え方です。

企業視点の「働き方改革」と、社員視点の「暮らし方改革」。このマッチングこそが「生き方改革」へつながると考えたのです。具体的には、家族が一緒に暮らすことを前提にした「地域カード」や、スーパーフレックス勤務制度、テレワーク勤務制度などを導入しました。

ただし、カゴメでは「空いた時間を自己研鑽に充てなさい」とは言いません。それは業務命令になってしまう。空いた時間の過ごし方は本人の自由です。私なんて、阪神ファンなので阪神の試合を観にいっていますし、ドラマも毎クール全て見ていますから(笑)。

また、副業を解禁し、「他社と雇用契約を結んでもいい」としました。副業もリスキリングの1つになり得ますし、その経験を次のキャリアにつなげてもらえたらいいと考えているんです。提案当初は、役員から「優秀な人が流出する」と言われましたが、人をリテンション(維持)するのではなくアトラクト(魅了)する会社になればいいと説得しました。

人事施策では、「想像力」と「創造力」が必要だ

──「生き方改革」を進めるなかで壁にぶつかることもあったのではと思いますが、壁をどう乗り越えていったのでしょうか。

難しい局面でも、トップを巻き込めば何とかなると考えています。新たな人事施策を打ち出し、経営者に説得する際には、「ベストシナリオ」と「ワーストシナリオ」を見せるんです。「この施策を行うとこんないいことが起こる可能性が高い。実現できるかはわからないが、逆に今何もしないと、〇年後にこんなよくないことが起きる」というように。

人事制度改革というと、「5年後、10年後も盤石な制度をつくらなくては」と考える人もいます。ですが、それは違います。これだけ急速にマクロ環境が変化するなかで、人事制度を一度導入したら変えてはいけないなんて幻想ですよ。

大事なのは、「変えてダメだったら撤退する」という勇気をもてるかどうか。私の場合も、自分が企画した施策が実施に至ったのは、打率としては3割くらいです。

人事施策をつくる際に必要なのは、「想像力(イマジネーション)」と、「創造力(クリエイティビティ)」。想像する際には、短期と中長期の両方の視点をもつようにします。もちろん、いったん導入して定着したら終わりではなく、制度疲労が起きていないか見直すことも必要です。

──撤退する勇気をもつこと、外部環境の変化を前提に動くことが大事なのですね。

未来は予測できないことも多いですが、色々と情報収集していると、一定の見通しを立てられます。たとえば一般論ですが、円安は今後も一定期間続き、原材料費の高騰により商品価格の改定を迫られるかもしれません。すると改定した価格でもお客さまに納得いただけるよう、自社のバリューを伝えられる人材が必要になる、というように。

今の中期経営計画は2025年に終わります。その先の2035年や2050年のビジョンを見据えて、どんな能力のある人材が必要かを考え、育成の道筋をつくれるか。そこが人事の腕の見せどころです。

──有沢さんが「人を育てる」うえで大事にしている指針を教えていただけますか。

大事にしているのは、色んな経験を積んでもらうという育成方針です。とりわけ将来の経営人材は会社全体を知らないといけない。銀行ではジョブローテーションでいろんな部署の経験を積むのが通例でしたが、カゴメでも、専門外の経験を積んでもらう機会をつくってきました。

また、カゴメもかつては自部門のエースを外に出すのを渋るような動きがありました。ですが、人材版伊藤レポートを世に出した伊藤邦雄先生が言うように、人材を囲い込む時代は終わりました。これからは「エースを育てて外に出せる人」が評価される時代です。カゴメでもこの考え方を浸透させていき、現在は、部門利益よりも全社視点での経営人材育成が優先される風土にしたいと思っています。

人事は、社員に「サプライズ」を与える存在になれているか?

──ご著書では、これからの時代のCHO・CHRO(最高人事責任者)に求められる経験・能力が体系的に紹介されていました。改めて、特に大事な能力やマインドセットは何でしょうか。

2つあると思っていて、1つめは「覚悟」です。「こうありたい」という信念はみんな持っているんですよ。でも、「なんとしてもこうするんだ」という覚悟は、だれしも持っているとは限らない。その覚悟は周囲の人に伝わるものです。

2つめは「先を読む力」。現状(AS IS)とありたい姿(TO BE)を定めて、TO BEから逆算し、いつまでにどんな人材を育てるべきなのかを考えていく。カゴメの場合は、「トマトの会社から、野菜の会社に」というビジョンがTO BEにあたります。

──有沢さんが「先を読む力」を養うために、習慣にしていることはありますか。

普段から世の中の動きに幅広く興味をもって、アンテナを立てることです。ドラマもアニメもニュースも、みんなが進みたい方向を知るために情報収集しています。

そのうえで、相手の期待やニーズを超えた価値を提供するにはどうすべきか自問するのです。「ニーズに合ったもの」をつくるだけでは驚きは生まれない。iPhoneも期待に応じたのではなく、期待を超えたからこそ、世界に驚きをもって迎えられた。私たちもお客さまが驚くような価値を提供したいと考えています。

人事にできるのは、心理的安全性を担保して、挑戦しやすい環境をつくること。ヒットの背後には数々の失敗があります。カゴメでは、失敗の原因は探りますが、基本的に失敗した人に責任をとらせず、「ナイストライ」と挑戦を称えています。また、社員からの企画もできるだけ却下せず、試す機会を与えるようにしています。少子高齢化で市場が細っていくなか、新しい事業をどんどんつくっていかないといけないですから。

何より、サプライズを生み出せる人材を育てるためには、まずは人事が、従業員に「うちの人事はこんなことまで考えているのか!」と驚きを与えていくことが大切です。

人事はマーケティングを学ぶべき。原点となった「行動科学の書」

──最後に、有沢さんの人生観やキャリアに影響を与えた本について教えてください。

行動科学の基礎的な理論から応用まで解説された『入門から応用へ 行動科学の展開』という本です。大学時代にマーケティングを専攻していて、副教材としてこの本に出合いました。

日本語訳もいいし、尊敬する教授の講義も素晴らしくて。テイラーの科学的管理法や、経営学者ダグラス・マクレガーX理論/Y理論、ブランド品の購買行動に影響する心理学的な要因などを学びました。後に世の中を席巻する「組織行動論」を予見した本でもあり、目からうろこの連続。大好きで何度も読みましたね。

この本から得た大きな学びは、マーケティングはすべてに影響するということ。私は常々、「人事は財務とマーケティングを知るべき」と語っていますが、バリュープロポジションやバリューチェーンのようなマーケティングの基本を理解してはじめて、ニーズ以上の価値を届けるべきエンドユーザーを見据えた人材育成に取り組めると考えています。今後もマーケティング知識の重要性を伝えていきたいですね。

有沢正人(ありさわ まさと)

カゴメ株式会社常務執行役員(元CHO(最高人事責任者))

カゴメアクシス株式会社代表取締役社長

慶應義塾大学商学部卒業後、1984年に協和銀行(現りそな銀行)に入行。銀行派遣にて米国でMBAを取得後、主に人事、経営企画に携わる。2004年に日系精密機器メーカーであるHOYA株式会社に入社。人事担当ディレクターとして全世界のグループ人事を統括、全世界共通の職務等級制度や評価制度の導入を行う。2008年に外資系保険会社であるAIU保険会社に人事担当執行役員として入社。ニューヨーク本社とともに、日本独自のジョブグレーディング制度や評価制度を構築する。2012年1月、カゴメ株式会社に特別顧問として入社。カゴメの人事面におけるグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行っている。2012年10月執行役員人事部長、2017年10月執行役員CHO就任。2018年4月常務執行役員CHO(最高人事責任者)に就任。2023年10月より現職。

趣味:音楽鑑賞(特にプログレッシブ・ロック)、ドラマ・アニメ鑑賞、熱烈な阪神ファン(ドラマは深夜を含めて全部、アニメも深夜を含めてほぼ全部見ています)。

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flier編集部

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