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トランプ新政権の外交安全保障を「正しく予測」する方法

ニューズウィーク日本版 2024年2月26日 16時55分

<トランプ前大統領の「NATO」に対する発言が大きな話題になっている。2024年にトランプが勝利すると仮定した場合、我々は新政権の外交安全保障政策を予測するために、どのようなリソースに基づいて分析するべきなのか......>

トランプ前大統領が選挙集会で発言した「NATO」に対する発言がニュースのヘッドラインを賑わした。「国防費に関するコミットメントを履行しないNATO加盟国に対し、ロシアが好きなように侵攻することを容認する」と大統領在任時に欧州首脳に語ったことを明らかにしたからだ。

  

トランプ大統領時に繰り返した発言の焼き直し

メディア各社はこの発言を大問題として大騒ぎで報道した。しかし、この発言自体はトランプが大統領時に何度も繰り返した発言の焼き直しでそもそも驚くようなものではない。NATO諸国では軍事費2%コミットメントを満たしてきておらず、ようやく加盟31か国中18か国が条件をクリアする見通しか立っていない。したがって、トランプは米国の納税者に対する選挙キャンペーン中の発言として当然のことを述べただけだ。

このトランプ発言に対して大騒ぎする行為は「ためにする」ものでしかなく、それを騒いでいる人々の政治リテラシーの低さに唖然とするばかりだ。米国における最も対外タカ派であるネオコンのマルコ・ルビオ上院議員ですら「トランプ前政権時代に欧州から米軍が撤退せずNATOから離脱しなかった」という事実を指摘して擁護している。ルビオの本音はともかく徒ら騒ぐ行為に乗るべきではなく、選挙キャンペーン中にトランプが歯に衣を着せず発言する内容を「切り取り報道する」ことに苦言を呈したと言える。

トランプの外交安全保障政策は実際にどうなるのか

では、トランプの外交安全保障政策は実際にどうなるだろうか。この点については現段階では未来のことを正確に予言できる人間は存在しない。これはトランプ自身にとっても同じであろう。外交安全保障とは、その時点で置かれた国際環境との相互作用で取り得るオプションから選ばれるからだ。

しかし、特定の政治家の外交安全保障政策の方針を予測することは、政治家本人またはそのブレーンが公表した論稿を参考にすれば可能である。

たとえば、バイデン政権の場合、2020年11月の大統領選挙に先立ち、バイデン自身がフォーリン・アフェアーズ・2020年3・4月号に寄稿した「Why America Must Lead Again : Rescuing U.S. Foreign Policy After Trump」を読めば大筋の方向性が理解できた。この寄稿内容は発表当時からバイデンの外交安全保障のキーパソンが執筆したものとして注目されていた。そして、実際に、後に政権入りとされていた有力メンバーが類似の論稿や発言を行っていたことからも、バイデン政権が何をするか、は事前に一定程度は予測可能なものだった。

バイデン政権と比べて前トランプ政権は外交安全保障の方向性が見えにくかった。しかし、丁寧に情報を整理すれば、その大筋の方向性を知ることはできた。

まず、2016年大統領選挙では、それまで主流であった外交安全保障関係者が「Never Trump」運動という反トランプ活動をしていたことから、トランプが勝利した場合に既存の外交安全保障者が排除されることは明らかであった。そのため、初期のトランプ周辺には、親ロ派やリバタリアンなどのワシントンD.C.では干されてきた人々が目立っていた。

当時、筆者はワシントンD.C.でトランプを支える中心人物と言われていた、ロックフェラー家の人物が主催したリバタリアン系の勉強会に出席する機会を得た。その際に、議論されていた内容は、日本、韓国、ドイツなどの同盟国がロビー費用をかけて米国を戦争に巻き込もうとしているという趣旨であった。筆者にはかなり意外な内容であったが、初期のトランプ大統領の発言はこのような背景事情を反映したものだったと言える。

  

トランプ前政権の外交安全保障の方針も「予測不能」ではなかった

しかし、トランプ政権はあくまで共和党政権に過ぎず、その範囲内での政策立案を行うことも自明でもあった。上述の通り、既存の主流派が排除された環境において、実際に外交安全保障の政策を立案できる存在は「党内保守派」だけである。そのため、保守派のヘリテージ財団や国防総省に近いハドソン研究所などの影響力が強まることになった。

そして、トランプ前政権の外交安全保障の方針決定が決定的に行われた瞬間は、2018年10月に実施されたペンス副大統領によるハドソン研究所における対中演説であった。同演説は日本でも大きく報道されたため記憶に残っている人も多いことだろう。その後、トランプ政権の政策は一環として保守派の政策が採用されて安定することになった。

このようにトランプ政権であったとしても、その周辺情報や政治構造に関する分析を実施すれば、トランプが誰の意向を受けて、どのような狙いを持って発言しているかを知ることは不可能ではなかった。トランプの発言は、本人の再選意向を踏まえた上で、上述の力学の結果として生まれたものであり、メディアで喧伝されていた「予測不能」とされたものではなかった。

トランプ再選時の政策展望、シンクタンクが鍵

では、2024年にトランプが勝利すると仮定した場合、我々は新政権の外交安全保障政策を予測するために、どのようなリソースに基づいて分析するべきなのだろうか。

筆者は下記3つのシンクタンクのレポートを読むことをお勧めしたい。

(1) ヘリテージ財団
(2) ハドソン研究所
(3) アメリカ・ファースト・ポリシー研究所

ヘリテージ財団は保守派(及びMAGA寄り)の政策を立案する、保守派最大のシンクタンクだ。2025年の新政権に向けて政権人材のリクルート作業を進めており、その政策骨子として「Mandate for Leadership 2025」を公表している。筆者の見立てでは、ヘリテージ財団は主に国内政策への影響を持つと考えているが、彼らは外交安全保障に関しても一定の知見を有している。上述の政策骨子では、反中姿勢が明確に打ち出されており、対イランを強調するなど、オーソドックスな共和党保守派の政策のアウトラインが示されている。

ハドソン研究所は国防総省に近いネオコン傾向があるシンクタンクだ。彼らはインド太平洋(日本含)と欧州諸国の軍事連携で中国による挑戦を抑止する戦略を打ち出し、ウクライナやイスラエルに対する軍事的支援を強化することを求めている。対ロシアに関しては、イランとの分断を念頭に、コーカサスや中央アジアまで含めた外交攻勢まで提言している。この主張がそのまま反映されることはないと思うが、共和党が重視する国防総省に影響力があるシンクタンクとして当然に注目すべき存在だ。

アメリカ・ファースト・ポリシー研究所は、新興のシンクタンクで、トランプ本人に近いとされている。同シンクタンクでは、従来までの共和党保守派の外交安全保障方針である、力による平和をベースとしており、プーチンを交渉のテーブルにつけさせるために、ウクライナへの軍事支援の制限を取り払うべき、という論稿を公表している。つまり、ロシアの侵攻を止めるためには、現在の落としどころがないバイデン路線ではなく、目標を決めて軍事支援を行うべきだという主張だ。彼らが公表した対中政策のペーパーでも台湾への強力な支援が明示されている。

  

トランプ新政権の方向性、強硬派シンクタンクの役割

以上のように、トランプ新政権の政策立案を支えるシンクタンクに対外的に弱腰に転じる主張を持つシンクタンクはない。トランプ新大統領はこれらのシンクタンクの政策を踏まえた上で、対外的なメッセージを発する可能性が高い。その狙いは欧州諸国に独自の軍事力強化を求めることを前提とし、それらの国々と連携した世界戦略を描いていると予測される。これは日本も含めたインド太平洋地域のパートナーに対しても同様の扱いとなるだろう。

したがって、同盟関係を揺るがすような過激なトランプ発言であったとしても、それはリベラルなメディア関係者による「切り取り報道」とは全く真逆の目的の狙いがあると想定すべきだ。


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