Infoseek 楽天

もう取り返しがつかない?ロシアがウクライナ侵攻で犯した5つの失策

ニューズウィーク日本版 2024年2月27日 17時39分

<開戦から2年、ロシアはアウディーイウカを掌握したが、本当にウクライナは戦争に負けているのか? 最初から失策だらけのロシアはもう勝てる見込みはないと言う専門家もいる>

ロシアによる本格的なウクライナ侵攻の3年目は、約1500キロに及ぶ前線の膠着で始まった。ロシア軍とウクライナ軍は交互に、要塞化された防衛ラインの突破を試みているが、成功は限定的なものに留まっている。

ロシアにとって、戦場の状況は国のシステム不全の証しだ。

ロシアの軍事アナリストでフレッチャー法律外交大学院客員研究員パベル・ルジンは、ロシア政府の作戦には最初から致命的な欠陥があった、と本誌に語った。「最大の過ちは、この戦争を始めたことだ」

「ロシアがこの戦争に勝つことはありえない」と、彼は続けた。「チャンスはない。修正もできない。ロシアの戦略、ロシアのイデオロギー、意思決定プロセス、教育システムなど、すべてが間違っている」

この2年間のロシアにとっての戦争遂行は、より犠牲が大きく、より野蛮なものになり、同時に当初ほどの野心はなくなった。ロシア政府の破壊のドクトリンは依然として前線地域を荒廃させているが、2022年春に首都キーウ攻略に失敗したことで、完全勝利という目標は失われた。

ロシアの戦争は大惨事

「ゆっくりと成果は上がっているが、それは信じられないような代償を払ってのことだ」──イラクとアフガニスタン戦争で連合軍を率いたデービッド・ペトレイアス元CIA長官は、先日のミュンヘン安全保障会議の傍らで行われたヴィクトル・ピンチュク財団主催のイベントで本誌に語った。

「ロシア軍はいずれにせよ勝つことができなかった」と、ルジンは言う。「2022年2月以来のロシアの戦略は大惨事に陥っている」

■1)キーウ電撃作戦の大失敗

ロシアによるウクライナの首都キーウへの「雷撃作戦」は、キーウ郊外のホストメル空港を占拠し、進攻の足がかりにしようとしていた。空港をめぐる戦いはこの戦争で最も重大な意味をもっていたが、結果的には失敗に終わった。

ベラルーシからキーウに向かう長さ約65キロの輸送車の車列は、ロシア軍によるキーウ占領を支える支柱だったが、物流の負担が大きすぎた。蛇行する隊列はウクライナの攻撃によって徐々に侵食され、ロシアの戦術的傲慢さの象徴となった。

AP通信は、キーウ占領の失敗を「歴史的な敗北」と呼んだ。首都キーウ周辺に配備されたロシア軍は、ベラルーシから陸路と空路でやってきた。主力部隊はブチャやイルピンといった郊外に陣取り、市民を残虐に扱った。偵察チームや破壊工作チームもキーウに侵入した。しかし、補給がなければ、キーウを占領することは不可能だ。

「ロシア軍はキーウ周辺に集結していた部隊に対し、意味のある補給をしなかったし、助けになることもしなかった」と、当時、国防総省報道官だったジョン・カービーは、渋滞で立ち往生した補給部隊について語った。「ウクライナ軍は非常に機敏に、橋を破壊し、先導車両を攻撃して動けなくすることで、ロシア軍輸送隊を足止めした」。

「ロシア軍に能力があったとしても、厳しい状況だった」と元陸軍大佐でオハイオ州立大学のピーター・マンスール教授(戦史)はAP通信に語った。「近代的な機甲戦を遂行することは完全に不可能であることが証明された」

■2)黒海で味わった屈辱

ロシアの陸・空・海軍は2年間の戦争で屈辱的な損害を被った。地上戦は泥沼化し、空軍はウクライナの制空権を掌握できなかった。そして、ロシアが誇る黒海艦隊は、ウクライナには対抗する海軍が存在しないというのに、その攻撃で突如、ひどい損害を被った。

黒海の港湾都市オデーサ周辺の南部海岸線にロシアの陸海空軍が一斉に攻め込むという当初の話は無に帰した。4月には、黒海艦隊の旗艦である誘導ミサイル巡洋艦「モスクワ」がウクライナの対艦ミサイルによって撃沈されるという衝撃的な事件があり、黒海艦艇はウクライナ沿岸から撤退した。

巡洋艦モスクワの沈没

乗組員510人の巡洋艦モスクワの沈没は、第二次世界大戦以降の海戦における最も大きな損失となった。これを皮切りに次々と軍艦が攻撃された。2022年の侵攻以前には、ロシアの艦隊は約80隻あったと考えられている。ウクライナは現在、大小合わせて少なくとも25隻のロシア艦を撃沈し、さらに15隻が損傷のため修理に回されたと主張している。

ロシア海軍は黒海で終始劣勢を強いられており、ウクライナの港湾封鎖を維持することができず、占領下のクリミア半島にある本拠地を守ることさえできていない。対艦ミサイル、ウクライナ製の海軍ドローン、西側諸国から供与された巡航ミサイル、コマンド部隊はいずれもロシアの防衛網を突破できることが証明されている。

モスクワの沈没は今でもロシアにとって最も手痛い損失だが、複数のロプーチャ級揚陸艦、ロストフ・ナ・ドヌー潜水艦、タランタル級ミサイル艦イヴァノヴェツも失った。クリミアの軍港都市セバストポリでは重要な乾ドックのインフラが破壊され、クリミアとロシアを結ぶケルチ海峡大橋は海軍の無人偵察機の攻撃で損傷を受けた。

セバストポリにある黒海艦隊司令部の建物でさえ、ストーム・シャドウ巡航ミサイルの攻撃で破壊された。

「どれもモスクワと同じ運命をたどるか、黒海東部に逃げてそこにとどまるまで、われわれはロシア艦船を攻撃する」と、ウクライナの元国防相で、現在は国防省顧問を務めるアンドリー・ザゴロドニュクは昨年9月本誌に語った。

■3)善意のしるし

最前線で停滞している現在の戦況は、流動的で機械化された戦闘が数週間にわたって繰り広げられ、領土が大きく変動した2022年の戦闘とは大違いだ。4月にロシアがキーウから撤退した後、両陣営は戦闘を再開し、ウクライナが東部ハルキウ地方と南部ヘルソン地方で大きな勝利を収めた。

ウクライナが南部からヘルソンに攻め込み、最終的にはドニプロ川の川岸まで攻勢をかけることは、以前から予告されていた。その漸進的な攻勢は8月に始まった。

北東部ではウクライナがハルキウの東で奇襲攻撃を仕掛け、比較的薄いロシアの防衛線を突破して650平方キロ以上の領土を解放した。ウクライナの攻撃隊は、その進撃の速さゆえに、自軍の補給線を追い越すことさえあった。

これは南部での成功につながり、ウクライナ軍は11月にヘルソンに到達し、市をロシアの支配から解放した。

ロシア政府によれば、4月のキーウ、9月のハルキウ、11月のヘルソンと、ロシア軍の敗北と撤退はすべてロシア側の「善意のしるし」だった。6月の黒海の要衝ズメイヌイ島(スネーク島)の放棄もそのひとつだったという。

■4)「プーチンの料理人」

ロシアのウクライナ侵攻は、ロシア政府内のパワーバランスをも動かし、権力を振るう新たなルートをプーチンの側近たちにもたらした(それを使いこなすだけの冷酷さとリソースがあればの話だが)。

この2年間のモスクワにおける泥沼の心理戦から生まれた物語の中でも最も衝撃的だったのが、エフゲニー・プリゴジンの台頭だった。彼はケータリング業で財をなしたオリガルヒ(新興財閥)で、「プーチンの料理長」というあだ名で呼ばれていた。

民間軍事会社ワグネルを率いていたプリゴジンは、軍閥の長といった存在になるとともに、戦況に大きな影響力を及ぼす立場となった。ワグネルは2022~2023年にかけて東部ドネツク州での激しい戦闘を主導し、2023年5月にはソレダールやバフムトを攻め落とし勝者となった。

セルゲイ・ショイグ国防相やバレリー・ゲラシモフ参謀総長との激しい権力闘争を経て、プリゴジンは現実主義者で民衆の味方というイメージを作り上げることができた。そして、主戦論者ナショナリストや、世論調査によれば、多くのロシア人の支持を得るに至った。

だが結果として、権力闘争はプリゴジンを破滅に導いた。昨年6月、ワグネルはウクライナ国境に近いロシア南西部の基地で反乱を起こした。そしてモスクワに向けて進軍したが、手前で止まった。プリゴジンが政府と一時的に合意を結び、反乱を取りやめたのだ。

だがこの合意は、プリゴジンの破滅を少し遅らせただけだった。8月に彼を乗せたプライベートジェットはモスクワの北で墜落。アメリカの情報当局はこれが暗殺である可能性を指摘した。

プリゴジンとワグネルにクーデターを許したことと、治安当局が未然にそれを防げなかったことにより、プーチンの正統性は打撃を受けたと、海外では受け止められた。

「プーチンの弱さとプリゴジンの大胆な批判により、クレムリンは過去数十年間で最も弱体化している」と、アメリカのシンクタンク、アトランティック・カウンシルは7月、指摘した。

ゼレンスキーも同じ意見だった。「彼(プーチン)がプリゴジンを殺したという事実は、彼の理性がいかほどのものかを、そして彼がいかに弱体化しているという事実を物語っている」とゼレンスキーは9月に述べた。

■5)穴だらけの防空システム

2022年の開戦当初、ロシアはやりたい放題だった。さまざなな巡航ミサイルを地上からも海上からも空からも発射し、好きなように爆撃を行った。激しい爆撃によって、ウクライナの電力網はズタズタになった。本格的な戦争が始まって最初の冬はウクライナにとって非常に厳しいものとなった。

だが戦いが続く中、ウクライナは長距離攻撃能力の向上に努めた。その中で、先進的なはずのロシアの防空システムに「穴」があることも明らかになっていった。

ウクライナはドローン開発プログラムにかなりのリソースを投入してきた。UJ-26ビーバーやUJ-22エアボーンといった航続距離の長い自国製ドローンはウクライナ政府の自慢だ。ウクライナはまた、UJ-25スカイラインといった先進的なジェットエンジンを積んだドローンの開発・製造にも取り組んでいる。

ロシアの防空システムが機能しないことがあまりに多かったために、ロシアのインターネットでは「防空システムはは何をしている?」というフレーズがはやり言葉に。ソーシャルメディアでロシアの都市や主要インフラや軍事関連施設がドローンやミサイルの攻撃を受けて話題となるたび、この言葉は広まった。ドローンがクレムリンの敷地内に到達して爆発したこともあった。

穴だらけなのは地上の国境防衛も同じらしい。昨年夏には西部ベルゴロド州への親ウクライナ派のロシア人戦闘員による攻撃が繰り返され、ロシア政府と地元当局の面目は丸つぶれとなった。

アメリカのシンクタンク、戦争研究所は、「(親ウクライナ派の)攻撃はロシアのコメンテーターたちにとって驚きだった」と指摘した。

政治アナリストで、かつてプーチンのスピーチライターを務めたこともあるアバス・ガリャモフは、テレグラムにこう投稿した。「(ベルゴロドへの攻撃は)プーチンの軍隊は無敵だという神話を完全に破壊した」

彼はこうも付け加えた。「(プーチンの軍隊は)前進する方法が分かっていないばかりか、防衛も同じくらい下手だ」



デービッド・ブレナン

この記事の関連ニュース