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イギリスは北アイルランドに特に未練なし......日本人の知らない北アイルランドの真実

ニューズウィーク日本版 2024年2月27日 15時48分

<規模が小さいわりにトラブルだらけの場所だったイギリスの北アイルランドは、ここ数十年で大きく変化し、イギリス本土の意識も変わった>

僕は先日、北アイルランドについて記事を書いたのだが、どこまでが「必要な説明」でどこからが「細かすぎる話」なのか、判断するのに苦労した。

僕が説明しなければならないことの1つは、北アイルランドで今回誕生した新政権は、最新の選挙によって成立したわけではないという事実だ。直近で選挙が行われたのは2022年5月で、この時は「ユニオニスト」(アイルランド共和国との合併に反対しイギリス連邦との統一維持を支持する層)の主要政党であるプロテスタント系保守の「民主統一党(DUP)」が自治政府への参加をボイコットしたことで政権が成立せず、自治政府の機能が停止した。定義上は、「権力分担」を大原則にしている北アイルランド自治政府は、2つの勢力双方が参加しなければ成立しない。

この膠着状態は、ブレグジット後の協定が原因だった。事実上、政府停止期間中の統治業務は北アイルランドの官僚が担っていた。行政府には大規模で全般的な政策決定を行う権限がないから、彼らは通常の政府の代わりは十分には務まらない。だから政府は「漂流状態」だった。

政府は常に機能停止と隣り合わせ

長年にわたり、イギリスの、アイルランド共和国の、そして1998年の包括和平合意で大きな役割を果たしたアメリカの政治家たちによって、北アイルランドの状況に対して多くの政治的努力が注ぎ込まれてきた。和平合意は大きな突破口となったものの、残念ながら最終的な問題解決とはならず、その後は北アイルランド政治は独自に機能し、おおむね正常に運営された。だがこの状態は機能停止にも陥りやすい。北アイルランド自治政府は2002年から2007年にかけてもやっぱり機能停止し、この時にはイギリス政府がやむを得ず直轄統治した。

だからイギリス本土では、北アイルランドは人口200万人未満という小規模のわりにあまりにトラブルだらけの場所、という感覚がある。英本土の人々は、北アイルランドの2つの勢力が、英本土の介入の必要なしに、ただ仲良くやってくれればいいのに、という思いだ。

北アイルランドはイギリスの領土の一部だから、英本土の人々は何としてもこれを維持することを望んでいるのだろうと思われているかもしれない。だがほとんどの人は北アイルランドに強いつながりを感じているわけではなく、むしろ厄介な存在だが自国の一部なだけに無視して荒れたまま放っておくこともできない、という感覚のほうが強い。

公平を期すために言うと、多くの人々は混乱の主な原因はイギリスの過去の過ちの数々にあると薄々気付いているから、現在のイギリスは問題に対処せねばならない「歴史的責任」があるのだ。

テロ組織IRA(アイルランド共和軍)が北アイルランドとの再統一を目指して爆弾テロを繰り広げていた頃、イギリス本土の人々の間では、手放したほうが楽になるからと言って北アイルランドのユニオニストたちを見捨てるわけにはいかない、という明確な感覚があった。

だがその後25年間の不完全ながらも平和と言える期間が続いた今となっては、北アイルランドのナショナリズム(アイルランド共和国への再統合を望む思想)に対する激しい敵意は薄らいでいる。そのナショナリズムはテロ活動のさなかには嫌悪されたが、今は正当な政治活動として受け入れられている。

奇妙な権力分担システム

もう1つ指摘したいのは、北アイルランド自治政府首相と自治政府副首相が同等の地位にあるという権力分担の仕組みの奇妙さだ。常識外れではあるが、互いに相手の方が上の地位だなどとは考えずに2つのコミュニティー双方が舵取りをするためのシステムだ。

これまでは常に、ユニオニスト(プロテスタントとも言える)が首相で、ナショナリスト(カトリック)が副首相を務めてきた。今回はそれが逆になり、ナショナリストのシン・フェイン党からミシェル・オニールが首相に就任した。だがこれは、歴史的大転換というより、象徴的な変化という意味合いが強い。



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