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事実認識が欠落したまま過熱するアメリカの移民論議

ニューズウィーク日本版 2024年2月28日 15時45分

<南部国境に犯罪者なども混じった移民が殺到しているという「印象論」だけで大統領選の争点になっている>

米大統領選が進行する中で、現在最も大きな争点は「移民問題」だと言われています。特にドナルド・トランプ前大統領とその支持母体である共和党の保守派は、いま南部国境においては「危機」が進行しており、その責任は現バイデン政権にあるとしています。世論調査では、共和党支持者の中で最も関心の高い論点は「移民問題」であるとも言われています。

この傾向は共和党支持者だけではありません。民主党支持者や中間派の中でも、あたかも国境に人が殺到しているかのようなニュース映像に影響されて、バイデン政権は無能というイメージが浸透し始めています。ただ、報道もそうですが、政治家たちもこの問題を過度に取り上げる中で、論点が事実からかなり離れているのも事実です。

そこには3つ大きな問題があります。

1つは、毎日のようにニュース映像で流れる「国境にあふれる移民」のイメージです。具体的には危険を冒してメキシコ国境のリオ・グランデ川を渡ってくるグループです。多くの人は、このイメージ、特に移民希望者による長蛇の列の映像を見て「不法移民がアメリカに殺到している」という不快感を抱きます。

ですが、このグループは厳密には不法移民ではないのです。まず、国境のチェックポイントに並んで合法的に審査を待って入るグループ、このグループの行動には非合法性はありません。ですが、行列を見るアメリカ人の視線は「大量の不法移民が入ってくる」という差別と偏見に歪んでいます。

次のグループは川を渡ってくるケースで、これは子どもの健康などに配慮すると、合法審査の順番を待つのが無理という場合に、人道目的で国境に設けられたルートを通って一瞬不法入国する場合です。入国は不法かもしれませんが、直ちに当局に拘束され、そこで申請を行って受理されるとチェックポイント経由よりも早い場合があります。

  

本当の「不法移民」はニュース映像には映らない人たち

本当の意味での不法移民というのは、これらの「見える」人々ではありません。そうではなくて、メキシコ国内でスマグラーと呼ばれる悪徳業者に大金を払って、完全に非合法的に国境を越えてくるグループです。多くの場合はアメリカで働いて仕送りをしようという経済的な理由ですが、中には犯罪予備軍も混じっているかもしれないし、アメリカで問題になっている麻薬、合成鎮痛剤の密輸ルートもこれに重なってきます。

具体的な手口としては、貨物のコンテナに大勢の人間を押し込めて施錠し、何らかの方法で入国審査を突破してくるとか、あるいは船舶を用いるなど、とにかく犯罪組織が介在しています。スネークヘッドとか、コヨーテなどというグループが関与していると言われていますが、実態は不明な点が多いのです。

現在、アメリカの治安を悪化させているのは、前者ではなく後者です。ですが、後者は巧妙な手口を使っているために映像化は不可能です。ですから、前者の移民、具体的には正当な国際条約と、正当な合衆国の国内法に従って移民申請、もっと言えば難民申請をしているグループの映像を見せて「こんなに人が溢れている」とか「犯罪者や麻薬が流入している」などというプロパガンダが展開されているのです。ですが、そのストーリーのほぼ全体は事実と異なっています。

2番目の問題は、難民申請者が増加したことへの対策です。まず、2020年頃から増えていたホンジュラスでの治安悪化から逃れて、グアテマラ、メキシコ経由でアメリカに難民申請する母子のグループというのは、ここへ来て激減しています。これは、2022年に当選、就任したシオマラ・カストロ大統領(女性)がギャングの取り締まりに踏み切ったからです。彼女は当初、人権を重視した国内法の規定により十分な成果を上げることができませんでしたが、当時この問題の陣頭指揮を取っていたカマラ・ハリス副大統領が乗り込んでいって、かつて辣腕検事であった際のノウハウを伝授、その対策で効果があったと言われています。

反対に、ここへ来ての難民申請者はベネズエラ人が圧倒的です。ベネズエラは、独裁者のウゴ・チャベス大統領が2013年に死去して以来、政権が安定せず、これに原油価格の下落が重なることで経済と治安が崩壊してしまいました。そのために、国を捨てる人が多く、現在、アメリカの南部国境に殺到しているのはこのグループです。

南北アメリカの中で最も反米的に振る舞っているベネズエラに対して、アメリカは経済制裁を続けています。ということは、その国を逃れて難民化している人は、アメリカとしては見捨てるわけには行きません。ベネズエラへの非難は、民主党政権だけでなく、トランプ政権も激しくやっていましたから、責任逃れはできないはずです。反対に、どうしてもベネズエラからの難民流入を減らしたいのであれば、経済制裁を緩和するなど現政権と和解する手段を検討する必要があります。

今回のアメリカにおける「移民反対」の論議は、こうした中南米情勢への関与も、関心も全く切り捨てたもので「怖いから反対」とか「ギャングやテロリストが入ってくるから反対」という印象論に終始しています。これでは問題は先には進みません。

  

第3の問題は、トランプ派の「流入ゼロ」という極端な政策です。特にベネズエラの困窮者、あるいは政府や警察から命を狙われている人々に関しては、国際法上も、またアメリカの法律上も、難民認定の候補になります。認定を厳しくすることはできるかもしれませんが、ゼロというのは非現実的です。このため、連邦議会では、上院が超党派の案、つまり難民認定枠を削減する一方で、国境警備費を増額する案を可決しています。これは下院でも審議されており、マイク・ジョンソン議長は、修正の上で可決するという選択が可能です。

ですが、トランプ支持の共和党右派は「移民ゼロ」を叫んでこうした現実的な案に反対しています。要するにこの問題を未解決にすることで、混乱の責任は全てバイデン政権にあるというイメージ戦略を継続したいのだと思います。これに対して、ジョンソン議長は「共和党の穏健派+民主党のほぼ全員」の賛成によって、法律を通すことは可能です。ですが、そうしてしまうと、右派は怒って議長の解任に動くことになります。現在はこの問題と、政府閉鎖の脅迫を含めて、共和党の右派は極めて強硬ですが、とにかく「移民ゼロ」というのは、国内法、国際法に照らして不可能だし、人道面からも不適当だという現実が無視されているのです。

このように、不法移民の定義、中南米情勢、難民認定の法的根拠といった事実認識が全く欠落したまま議論が進み、大統領選の争点になっているというのがアメリカの現状です。

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