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金正恩独裁体制の崩壊「5つのシナリオ」を検証する

ニューズウィーク日本版 2024年3月1日 11時9分

<ロシアのウクライナ侵攻で金正恩が人生で初めて得た「真の同盟国」。プーチンと親密度を深めて強気になった金一族の3代目は、好戦的な言辞を弄しているがその足元は落とし穴だらけだ>

2024年の北朝鮮はこれまで以上に好戦的かつ挑発的だ。

軍備増強を最優先し、年明けから新型ミサイルの発射実験を繰り返すなど、着々と戦争の準備を進めているようだ。

「朝鮮半島ではいつでも戦争が起こり得ることは既成事実となっている」

──北朝鮮の最高指導者・金正恩(キム・ジョンウン)総書記は昨年末、新年に向けたメッセージでこう語った。

これで、金は戦闘態勢に入る戦略的決断をしたのではないかとみる向きもある。

「北朝鮮は意図的に緊張を高めている。今ならそうしても何の不都合もないと踏んでいるのだ」と、英キングズ・カレッジ・ロンドンのラモン・パチェコ・パルド教授は本誌に語った。

北朝鮮はロシアのウクライナ侵攻後、対ロ接近を強めてきた。

中国の庇護に加え、ロシアとの関係も深化し、金は大胆になっていると、パチェコ・パルドはみる。

アムンディ投資研究所の地政学部門を率いるアンナ・ローゼンバーグも同意見だ。

「今年、北朝鮮はいつにも増して騒々しいノイズを発するだろう。地政学的な背景を見ると、そのためにおあつらえ向きの条件がそろっている」

アメリカはウクライナ戦争や中東で吹き荒れる暴力に対処しなければならず、今秋には自国の大統領選も控えているため、北朝鮮にかまけているわけにはいかないと、ローゼンバーグは指摘する。

だが「孤立国家」がいつまで持つかは疑問だとの声も聞かれる。

力を誇示する金の戦術は「リスク」を伴うと、パチェコ・パルドも認める。

北朝鮮の行く手には大きな未知数が立ちはだかっている。事と次第によっては金の強気の賭けが裏目に出て、この国は今のような形では存続できなくなる可能性もある。

体制崩壊がどのような形を取るかは分からない。

南北統一が達成されるのか、1948年以来続いてきた金一族の世襲支配が終わるのか。

多くの専門家が一致して認めているように、崩壊の引き金となる出来事はいくつかある。

戦争もその1つ。金の突然死もあり得るし、大衆蜂起が起きれば、軍や警察が政権を見捨てて人民の側に付く可能性もあり、エリート層の一部がクーデターを起こす可能性も否めない。

「中国もロシアも北朝鮮を支援する必要性がなくなれば、即座に見切りをつけるだろう」と、パチェコ・パルドは言う。

その場合、北朝鮮は国連安全保障理事会の制裁の影響をもろに受けることになる。

関係を深める北朝鮮とロシア(昨年9月、ロシアのボストチヌイ宇宙基地) EYEPRESSーREUTERS

米シンクタンク・外交問題評議会の米朝政策プログラムを率いるスコット・スナイダーは「北朝鮮は外から見るよりはるかに強固な体制を保っているようだ」と言う。

一方で、「他の国々より危うい状況にあるのは確かだ」と、米国防総省の元顧問のフランク・アムは断言する。

もしも崩壊するとすれば、どんな道をたどるのか。

金正恩はありとあらゆるシナリオを想定して守りを固めていると、スナイダーはみる。

■シナリオ①:戦争

「金正恩は戦争を行う戦略的決断をした」──北朝鮮分析サイトの38ノースに今年1月、こんな見解が投稿され、大きな波紋を呼んだ。

これは理解し難い主張ではない。北朝鮮は世界でも屈指の軍事化が進んだ国で、軍隊の規模は韓国の2倍を上回る。

今年1月下旬には新型の戦略巡航ミサイルの発射実験を行ったと発表。ただし北朝鮮の国営通信は、実験実施は「地域情勢とは無関係だ」と主張した。

データプラットフォーム「スタティスタ」の数字を見ると、北朝鮮の軍事支出は22年にGDPの3分の1に達したもようだ。21年はGDPの4分の1だったから激増と言える。

北朝鮮は23年11月に初めて偵察衛星の打ち上げに成功した後、18年に韓国と取り交わした南北軍事合意を破棄し、今年に入り韓国側の島々の近くに越境砲撃を行った。

こうした動きと軌を一にして、南北統一政策の転換を宣言。統一を象徴する記念塔も撤去したとみられる。

北朝鮮は通常兵力に加え、サイバー攻撃能力を高めるためにも資源を投入しており、地域においてこれまで以上に危険な存在になっていると、アナリストらは警告している。

緊張が高まれば、挑発行為が起きやすくなり、事態がエスカレートし大変動が起きかねないと、ブルッキングズ研究所東アジア政策研究センターのシニアフェロー、アンドルー・ヨは言う。

とはいえ現状では、行動以前に言説が独り歩きしているようだ。

北朝鮮の軍隊は規模こそ大きいが、韓国軍が米軍などとの合同演習を通じて経験してきたような幅広い訓練を積んでいないと、ヨは指摘する。

今年1月中旬、米軍は韓国軍、日本の自衛隊と共同訓練を行い、韓国支援の約束を果たす姿勢をアピールした。韓国は武器輸出の拡大に注力しつつ、自国の軍備も増強している。

公式の場に金正恩の娘の金主愛や妹の金与正(写真)が姿を見せるなど一族支配体制は健在 SOUTH KOREAN MINISTRY OF UNIFICATION/GETTY IMAGES

「全面戦争になれば、韓国では多くの死者が出るだろうが、金とその政権は終わりを迎えるだろう」と、韓国の首都ソウルの国民大学の上級研究員、ピーター・ウォードは1月にBBCに語った。

そのため北朝鮮は振り上げたこぶしを下ろすとみる専門家もいる。

「北朝鮮は韓国を攻撃しない」と、衛星分析を行っている韓国企業SIアナリティクスのマイケル・リーは断言した。

「脅しは続けるだろうが、おおむねレトリックにすぎない」

北朝鮮の軍事力に関して無視できないのが核兵器だ。

外交問題評議会のスナイダーによれば、金は核戦力を保有することにより体制の崩壊を阻止できると期待しているという。

「金には、体制を存続させる手だてとして核兵器を活用したいという狙いがある」のだ。

そこで北朝鮮は、自らの核戦力を韓国政府とアメリカ政府に強く意識させようとしている。

新しいところでは、この1月中旬に、敵対国に人工津波を押し寄せさせることができるという触れ込みの「水中核兵器システム」の実験を日本海で実施。

昨年9月には、核兵器の運搬と発射が可能だという「戦術核攻撃潜水艦」を就役させたと発表した(この潜水艦の真の能力に関しては、西側諸国の専門家の間で疑問視する声も上がっている)。

このほかにも北朝鮮は昨年11月に軍事偵察衛星を打ち上げていて、今年さらに3基を打ち上げる計画だという。

もっとも、北朝鮮にとって力の源泉になるのは、あくまでも核兵器を保有しているという事実だ。実際に核兵器を使用することが力をもたらすわけではない。

「もし北朝鮮がわが国に対して核兵器の使用を試みるのであれば、劇的に強化された韓米同盟の拡大抑止力を活用して圧倒的な報復を行う。それにより、金体制は終焉を迎えるであろう」と、韓国政府は昨年末に表明している。

■シナリオ②:国内の脅威

政権中枢の側近による「宮廷クーデター」で金体制が崩壊する可能性はあり得るが、本誌が話を聞いた専門家によれば、大衆蜂起が体制の打倒につながる可能性は極めて乏しい。

韓国政府が人権擁護や脱北者支援、北側への情報拡散などの活動により、北朝鮮人民の心を金体制から引き離すことにある程度成功する可能性はある。

しかし、北朝鮮には強大な治安組織が存在していて、「人民が不満を抱いたとしても抵抗できないだろう」と、ブルッキングズ研究所のヨは言う。

人民が結束して立ち上がることは「極めて考えにくい」と、元国防総省顧問のアムも述べている。

北朝鮮は、体制の存続を脅かす可能性のある新しいテクノロジーの影響もはねのけてきた。インターネットの浸透と情報の流入もその都度阻止してきたと、スナイダーは言う。

「政権中枢にとって直接の懸念材料となる国内の要因は、宮廷クーデターの可能性だけだ」と、スナイダーは指摘する。「脅威は街頭ではなく、もっと金の身近な場所にある」

ただし、なんらかの軍事クーデターが起きる「可能性はあるが、それは特異な状況に限られる」と、アムは言う。実際、これまで金は、自分を脅かそうとする動きを察知して対処する能力を実証してきた。

13年12月には、政権ナンバー2とも呼ばれていた叔父の張成沢(チャン・ソンテク)を処刑している。スナイダーによれば、張は体制の安定を脅かす「可能性が最も高い」と見なされてきた人物である。

張の処刑は、「指導部が極めて強靭で、エリート層をも非常に強力な統制下に置いていることを浮き彫りにした」と、スナイダーは言う。

■シナリオ③:同盟国の離反

北朝鮮は、結局のところ主要な同盟国に体制の存続を依存している。ロシアと中国の支援があるからこそ、北朝鮮は「どうにか生き延びる」ことができていると、ヨは言う。

「外部の支援がなければ、北朝鮮は人民の食糧を確保したり、インフラ建設などの基礎的な経済上のニーズを満たしたりすることができない」と、韓国の釜山国立大学で教鞭を執るロバート・E・ケリー教授(国際関係学)は記している。

ただし、北朝鮮にとって、現在のロシアとの関係と中国との関係は大きく性格が異なる。

状況を一変させたのは、ロシアのウクライナ侵攻だ。

ウクライナ戦争をきっかけに、ロシアが北朝鮮同様に国際的な制裁の対象になって孤立し、北朝鮮がロシアにとって「貴重」な存在になったと、スナイダーは言う。

「北朝鮮とロシアの関係の変容は、この6カ月ほどの間に起きた最も大きな変化と言えるだろう」と、ヨも指摘する。

いま金は人生で初めて「真の同盟国」を手にしたと感じていると述べるのは、イギリスの駐ウクライナ大使や駐韓大使を歴任したサイモン・スミスだ。

「その結果、金が体制存続のために選べる行動の選択肢が広がっている」。その選択肢の中には、西側諸国に対して一層好戦的な態度で臨むことも含まれる。

ウクライナ戦争による国際情勢の変化は、北朝鮮が中国に全面的に依存する状態から抜け出すことを可能にした。

北朝鮮は長年、その状態を居心地悪く感じていた。

「いま(北朝鮮は)それ以前よりはるかに強い立場にある」と、スナイダーは言う。

中国の姿勢が想定外に変われば、北朝鮮は深刻な打撃を被るとも、スナイダーは指摘する。

しかし、中国とロシアは北朝鮮の体制を存続させようとするだろうという点で、専門家の見方は一致している。

それでも、なんらかの理由により、中国とロシアが見限れば、金体制は少なくとも現在の形では存続できなくなるだろう。

「体制が瓦解することになる」と、ヨは言う。

■シナリオ④:自由市場

体制に対する北朝鮮内部からの脅威は、金が中国型の経済改革に乗り出した場合、現実味が増す可能性がある。

中央計画経済の下での厳しい統制を放棄して、市場メカニズムを受け入れる場合だ。

確かに北朝鮮は、自らの政策によって経済難や飢餓を引き起こし、国内に不満分子が生まれる種をまいてきた。

しかし「安定と一族支配を維持するために、中国型の経済改革を実施するのは極めてリスクが高い」と、スナイダーは指摘する。

中国の場合、大躍進などの破滅的な経済政策を取った毛沢東の死後、鄧小平が改革開放政策を進めた結果、今や世界第2位の規模を誇る経済大国へと成長した。

しかし外国から投資を呼び込むためには、投資利益が国に横取りされずに、「きちんと外国人投資家に戻ることを保証する一定の改革」が必要だと、ヨは指摘する。

また、外国との交流が拡大すれば、人々が国の検閲を受けていない情報に触れる機会も増えるだろう。

そうなれば、現体制が近年唱えてきた「自力更生・自給自足」という目標にダメージを与えかねない。

実際、金がこのアプローチを試す気配はほとんどない。父親の金正日(キム・ジョンイル)と同じように、限定的な改革に恐る恐る歩み寄った時期もあったが、すぐに手を引いてしまった。

叔父の張は、中国の経済界に太い人脈があり、そのことも金にとっては不愉快だったと、ヨは指摘する。

こうした人脈と、それと共に入ってくる投資は、「現体制が人々に与えることができない物事をもたらして、いずれ現体制を揺さぶる恐れがあった」と、ヨは説明する。

コロナ禍のピーク以降、金は新しい経済モデルをかじってみるよりも、計画経済の強化と、権力基盤の強化に注力するようになった。

「経済改革が行われる可能性や、市場システムを通じて変化が起こる可能性は、7~8年前のほうがずっと高かった」と、ヨは言う。

「しかし金が韓国の文化コンテンツを取り締まる法律を厳格化し、さらに経済の管理を強化しているところを見ると、少なくとも当面は、その方面での進展は期待できない」

■シナリオ⑤:金正恩の死

金は現在40歳とみられ、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領や、ジョー・バイデン米大統領といった主要国首脳よりもずっと若い。

金がなんらかの理由で死去すれば、北朝鮮は大きく不安定化する恐れがある。

かねてから金は、国営メディアに全く登場しない時期があったり、体重の明らかな(そして劇的な)増減が観察されたりと、健康不安説(痛風、糖尿病、新型コロナ感染など)が根強くささやかれてきたが、いずれも臆測の域を出なかった。

もしも今、金が死去した場合、現体制がどうなるのかという不透明性を払拭するほどの明確な後継者は存在しない。

「(北朝鮮にとって)新しい、重大な岐路になるのは間違いない」と、ヨは語る。

北朝鮮において、金一族はまさに王族のように突出した存在で、世代間の権力の継承はかなりスムーズに行われてきた。

「北朝鮮には強力な世襲制が存在する」と、SIアナリティクスのリーは語る。

ただ、現体制は「男系の一族支配体制であるのに、現時点では明らかな男性後継者がいない」と、アムは指摘する。

金の実妹で、アメリカを厳しく非難することで知られる金与正(キム・ヨジョン)を後継者と見なす向きもある。

実際、与正は近年、公的な場で重要な役割を担う場合もあり、事実上のナンバー2との呼び声も高い。

ただ、与正は「金一族のメンバーで、行政や外交の経験があるが、現体制の強力な男性優位を克服できるかどうかは分からない」と、アムは語る。

韓国の情報機関である国家情報院は、金の娘で現在10~12歳とみられる金主愛(キム・ジュエ)が帝王学の教育を受けているとし、「現時点では(主愛が)後継者になる可能性が最も高そうだ」との見方を今年初めに示している。

ただし、「金正恩はまだ若く、大きな健康問題もなく、変動要因も多い」と慎重な姿勢も崩していない。

金には3人の子供がいるとされるが、公の場に出てきているのは主愛だけだ。

後継者が主愛であれ、与正であれ、現体制にほぼ変化はないだろうと専門家はみる。「金の死去のタイミングは重要ではないのかもしれない。

与正は既にリーダーになる準備ができている。むしろ問題は、男性だらけの政府を女性が指揮できるかどうかだ」と、アムは言う。

多くの意味で、北朝鮮はずっと国際社会の予想を裏切ってきた。

そして今後もそうであり続ける可能性は高い。

10年後には、今より軍事的に強い国になっているかもしれないが、国民は貧困にあえぐ「無法者国家」のままだろうと、ヨは言う。

北朝鮮の経済がある程度開放される可能性はある。

ただ、アメリカは北朝鮮の経済改革を支持しても、核の放棄を求める姿勢は変わらないだろう。

一方、中国とロシアは「11年に金正日が死去したときのような不安定と混乱を懸念している」と、アムは語る。

「中国とロシアは北朝鮮が自分たちにとって好ましい同盟国あるいはパートナーである限り、経済改革を支持するだろう」

とはいえ、世界は変化しており、人々の認識も変化している。

北朝鮮自身にとって、どのような未来が待っているかは分からない。

だが、欧米諸国にとって、北朝鮮は限定的な脅威から、より大きな問題の危険な一部へと急速に変わっていくだろうと、スミスは警告する。

<本誌2024年3月5日号掲載>

エリー・クック(本誌安全保障・防衛担当)

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