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世界がまだ気付いていない「重大リスク」...イスラエルとヒズボラの「戦争が迫っている」と言える理由

ニューズウィーク日本版 2024年3月6日 11時8分

<レバノンを拠点とする武装組織ヒズボラとイスラエルの間で、このままでは6~8カ月のうちに戦争が勃発。その要因を徹底分析>

レバノンのイスラム教過激派組織ヒズボラとイスラエルの間で、今後6~8カ月のうちに戦争が勃発する可能性が高い。

その根拠をできる限り明確にしておこう。この点に関する今までの分析はほぼ一様に、ヒズボラとイスラエルは共に戦争を望んでいないと結論付けてきたからだ。

これらの分析は、現状を根拠に未来を予測している。だが誰もが知るとおり、中東情勢は極めて流動的に変化する。アナリストや関係国の政府関係者は自らの仮定を再検討し、予測をアップデートすべきだ。

これまでヒズボラとイスラエルは小競り合いを続けてきたが、全面戦争には至っていない。一見して自制しているように見えるものの、両者が戦争を望んでいないというわけではない。むしろさまざまな要因のために、瀬戸際で開戦を踏みとどまっているのが実情だ。

歯止めになっていると考えられる要因は、いくつもある。例えばイラン指導層の戦略的な計算、中東戦争の回避を目指すアメリカの思惑、パレスチナ自治区ガザでの戦闘の経過、そしてアメリカの国内政治。だが、これらの要因が今後も紛争勃発を防ぐと当てにしてはいけない。事実、こうした制約は失われつつある。

ヒズボラが戦争を望んでいないという主張の前提には、イランの意図に関するさらなる主張がある。イランが支援するヒズボラとイスラエルとの衝突を、イラン自身が避けたがっているというものだ。

この2つの主張を支える論理に、もっともな点はある。ヒズボラはイラン革命防衛隊の遠征部隊として活動し、シリアのアサド政権による反体制派の弾圧や、イランが後押しするイラクの民兵組織への協力、イエメンのシーア派武装勢力フーシ派への訓練などで重要な役割を果たしてきた。

しかし、ヒズボラには革命防衛隊の一部門である以前に、イランの抑止力として機能するという役割があった。その点は今も変わらない。

ヒズボラと、同組織が保有しているとされる10万発以上のロケット弾は、イランの報復能力を支えている。イスラエルやアメリカがイランの核開発の拠点を攻撃すれば、ヒズボラの兵器がイスラエルの人口密集地に撃ち込まれ、壊滅的な被害を与えるだろう。

イランの指導層は打倒イスラエルという目標より、体制の存続に力を入れている。ヒズボラへの支援で得た抑止力を失ってまでイスラエルを攻撃しようとは考えていない。

それでも、イランがヒズボラへの手綱を緩める可能性は十分にある。ヒズボラ指導者のハッサン・ナスララが1月初めに明言したように、イランは中東における武装組織のネットワーク「抵抗の枢軸」の育成に膨大な時間とリソースを投じてきた。

この枢軸には、ヒズボラ以外にイスラム組織ハマスもいる。イスラエルはハマス指導者を捕捉、殺害し、同組織を無力化する決意を固めている。

そうなる可能性が現実味を帯びれば、イランとしてはハマスの敗北を受け入れるより、ヒズボラへの制約を解き放つ可能性が高い。そのXデーは近づいているように思える。

機能しない米議会の罪

イランがヒズボラを抑え込んでいたとすれば、イスラエルについて同様の役割を果たしてきたのはアメリカだ。米バイデン政権はガザ戦争の勃発以来、2つの点について一貫した姿勢を取ってきた。1つは、ハマスは敗北しなくてはならないということ。もう1つは、ヒズボラとイスラエルの戦争は回避しなくてはならないということだ。

ジョー・バイデン大統領はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に対し、レバノンを戦争に巻き込まないようクギを刺してきた。米政権は、ヒズボラとイスラエルの間に戦争が始まって中東全域に飛び火すれば、アメリカとイランの軍事衝突は不可避だと考えている。

バイデン政権の懸念はもっともだが、イスラエル北部のレバノンとの国境地帯への対処についてアメリカの影響力は衰えている。イスラエルではガザ戦争の拡大と対ヒズボラ情勢で、北部から約8万人の住民が避難している。イスラエルから見れば北部はもはや住む場所ではなく、主権さえ脅かされている。強硬措置を取るのは、誰が政権を担っていようと同じだろう。

ガザ戦争で手いっぱいのイスラエルは、アメリカとフランスが主導する外交努力を渋々ながらも検討する姿勢を見せてきた。だが、イスラエルとヒズボラの双方を満足させる提案は示されていない。

イスラエルはヒズボラに対し、2006年に採択された国連安保理決議1701に基づき、イスラエルとの国境から約30キロ離れたリタニ川まで退避するよう要求しているが、ヒズボラはこれを拒否している。一方のヒズボラはイスラエルが国境地帯の部隊を縮小することを望んでいるが、これも実現の見込みはない。

時間ばかりが経過するなか、外交努力に効果がないことが露呈しつつある。

イスラエルの制約となっている最後の要素が、米議会の機能不全だ。ガザでの戦闘勃発から5カ月が過ぎるなか、イスラエル軍は一部兵器を補充する必要性に迫られている。しかし米下院は対外支援法案の採択を拒否しており、今のままではヒズボラの重要拠点を無力化するのに不可欠な精密誘導兵器を調達できない。

外交的な解決は不可能

それでも、米議会はいずれ本腰を入れて対外支援法案を可決するだろう。イスラエルは今も米議会で高い支持を得ている。アナリストらは特別な事情がない限り、イスラエルへの安全保障上の支援は容易に可決されるとの見方を示している。

しかし米議会ではこのところ、広く支持されてきた取り組みや法案が、政治の二極化や権力政治、議会の機能不全による混乱に巻き込まれている。議論の余地が比較的少ない対イスラエル支援は、より賛否の多いウクライナ支援や、アメリカ最大の政治的争点である国境管理の問題とつながっている。選挙の年に突入した今、複雑さを増しているウクライナ情勢と、国境管理問題が解決するまで、イスラエルは待たされることになるかもしれない。

米議会は最終的には行動を起こすはずだ。そうなれば、イスラエルの最後の制約がなくなる。おそらくその頃までにはガザでの軍事作戦は縮小され、イスラエル軍はヒズボラ対策に集中できるようになっている。

ヒズボラとイスラエル双方にとっての制約が緩むと、あらゆる兆候が戦争勃発の可能性を指し示す。

両者の互いへの攻撃は、双方のより奥深い場所で、より大胆に展開されるようになってきた。2月26日にはイスラエル軍が、レバノン南部でドローンを撃墜された報復として東部のベカー高原にあるヒズボラの防空施設を攻撃。その前にはヒズボラがイスラエル北部にドローンを送り込み、イスラエル空軍はレバノン南部の武器庫を攻撃した。

戦争回避に向けた努力をしているアメリカとフランスには、賛辞を贈りたい。だが両国が認識しつつあるとおり、ヒズボラとイスラエルの間では双方が納得する結末が描けず、外交的な解決はあり得ない。そうなると今後は、ヒズボラを率いるナスララが部隊にリタニ川へ後退するよう命じるか、イスラエルが力ずくでそうさせるかのどちらかだ。

ヒズボラは抵抗するだろう。彼らは抵抗のために存在し、抵抗こそがレバノン国内での名誉挽回に最も理にかなった方法だ。戦争勃発を止める手だては、もうなさそうだ。

From Foreign Policy Magazine

スティーブン・クック(米外交問題評議会上級研究員)

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