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ガザ「即時停戦」提案でハリス副大統領の存在感は復活できるか?

ニューズウィーク日本版 2024年3月6日 14時45分

<バイデンが危機的な状況のなか、ハリスの存在の意義は依然として大きい>

2017年にカリフォルニア州の検事総長から上院議員に転身した際にも、そして2020年にバイデン大統領の副大統領候補に指名されて、見事に当選した際にも、カマラ・ハリスという人は、明らかに政界の中で輝きを放っていました。演説は巧みであり、その風貌はエネルギッシュであり、そこには一種のカリスマがありました。その勢いで短期間に政治家としての階段を登っていったのでした。

ところで、2020年の選挙戦では、当時77歳だったジョー・バイデンについて、既に高齢であり健康に不安があるという指摘はかなりありました。4年の任期を全うできずに辞任することも十分に想定される、そんな批判もありました。そんな中で、バイデンに万が一の事態が生じた場合は「いつでも大統領に昇任できる」人物を副大統領に据えようという声が多く聞かれたのです。

  

そこでこのカマラ・ハリスに白羽の矢が立ったのでした。バイデンは、その前に「副大統領候補は黒人女性の中から選ぶ」としていたので、何人かの候補が下馬評として上がっていました。その中で、ハリスが指名された時は、この人選については特に異論は出なかったばかりか、まさに「いつでも昇格できる人物」だという評価で選挙を勝ち抜いていったのでした。

ところが、就任後のハリス副大統領には良い評判があまりありません。「目立った業績がない」「スタッフがコロコロ代わる」「スタッフの中でパワハラもあるらしい」など、ニュースとして流れてくるのは悪評ばかりです。その結果として、支持率は低下していき、次回の選挙に向けては「バイデンは副大統領候補を入れ替えるべき」という声まで出る始末でした。今回は前回以上にバイデンが「4年の任期を完走する可能性は低い」のだから、副大統領候補の人選はもっとシビアに考えるべきというのが、その理由でした。

「人権派のチャンピオン」

人気低下の原因ですが、ハリスの政治的立ち位置が誤解されているというのが、主な原因のようです。ハリスはカリフォルニアの検事総長時代から、いやその前のサンフランシスコの地区検事の時代からそうですが、とにかく「虐げられた人権救済のチャンピオン」でした。文字通りそのような活躍が目立っており、それが彼女の政治的イメージになっていました。

ですから、上院議員の時代もそうですが、全国から多くの若者が彼女の事務所に、インターンやボランティアを志願してやってくるのです。その多くは女性です。彼女らは、「人権派のチャンピオン」であるハリスを崇拝していて、やる気満々で事務所に入るのですが、そこで「ハリスの経済政策は市場主義者」という事実を知って愕然とするのだそうです。

つまり、ハリスは人権派ならば経済政策も「格差是正と大企業への懲罰」だろう、また医療保険の政策も「イギリスや日本のような官営による国民皆保険」だろうと思い込んでいたのです。ところが、ハリスとそのスタッフの多くは、もっとずっと中道寄りだと分かると困惑してしまうのです。ハリスの事務所で、何かとトラブルが絶えず、また事務所としての機能が弱い背景にはこの問題があるようです。

例えば、問題になっている南部国境の移民にしても、ハリスは政府の特使として2022年にホンジュラスに乗り込んで、当選したばかりのシオラマ・カストロ大統領に女性同士の直談判に及んだことがあります。当時は、ホンジュラスの治安悪化が問題になっており、そのために移民がアメリカの南部国境に殺到していました。

その際には、補助金に加えて、ハリスはカストロに対して「ギャングへの徹底した取り締まり」を伝授したようで、その後、カストロの下でホンジュラスからの移民流出は減少しました。ハリスとしては、見事な功績と言えるのですが、このエピソードはアメリカ国内では十分に伝わっていません。一説によれば「人権の制限を含む捜査活動」を推奨したというのは「ハリスの汚点になる」のでアピールしたくないという声が、事務所内にあったとも言われています。

そんな中で、この3月に入ってハリス副大統領は、精力的に中東和平に取り組んでいます。3月3日にはホワイトハウスで演説を行い、ガザにおけるイスラエルの軍事活動について「即時暫定停戦」を訴えました。同時に、ガザへの人道支援を強化すると表明し、こちらは既に物資の投下が始まっています。

  

ハリスにとっても正念場

ハリスの言動は、バイデンの政策と大きく矛盾するわけではありませんが、ハリス自身がユダヤ系の夫と、その子どもたちという家族を持ちながら、踏み込んだ発言と行動に出ていることには、特に若者にはアピールするものがあると思います。

もちろん、こうした言動は諸刃の刃です。というのは、共和党の、特にトランプ派は、以前から、全くのイメージ戦術に過ぎないながら、「ハリスは過激な人権主義者で反米的」だとして激しい非難を浴びせてきています。ここへ来て、パレスチナの代弁をするということは、この種の批判を加速させる危険を呼び寄せているとも言えます。

また、7日(木)に予定されているバイデン大統領の「一般教書演説」で、大統領がパレスチナ問題について、どのように語るかという問題があります。ハリスとの間に大きなズレがあるようですと、民主党内でも問題になるかもしれません。

そうではあるのですが、現在、バイデン政権は非常に苦しい状態です。物価高と移民問題、そして中東における戦争を止められないことで、リベラルな若者層からも「消極的な選択としてトランプもアリか?」という動きが出てくるという危機的な状態です。そんな中で、バイデンが出馬断念を「しない」という現状では、若者の票を逃さないためには、ハリスの存在には依然として大きな意味があります。今回の「即時停戦提案」を契機に、彼女が存在感を取り戻せるのか、注目してみたいと思います。


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