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イギリスはすっかり「刃物社会」になった......あまりに多発するナイフでの死傷事件

ニューズウィーク日本版 2024年3月9日 19時20分

<主要紙が特集を組むほど、ロンドンをはじめとしたイギリス各地で刃物犯罪が蔓延している>

先日、疲れたうえに腹ペコで家にたどり着こうとしたところ、わが家の通りが警察の規制線で封鎖されているのを目にした。「立ち入り禁止」。

僕は女性警察官に、すぐそこの家だから通してもらえないかと聞いたが、申し訳ありませんがダメです、回り道してください、と言われた。

うちの通りはちょっと特殊な「形状」をしていて、こちらの端か反対側の端からしか家に到達できない。だからずっと先の端まで行ってそこから延々歩いて戻ってくるのは、かなりの遠回りだった。

回り道しながら当然、何が起こったのかと気になっていた。鑑識が行われるときには現場の完全な封鎖が必要になるから、僕はまず、重大な犯罪ではないかと考えた。日暮れ時だし、街の中心部だし......おそらく刃物で刺される事件でも起こったのだろう。多分、若い男が若い男を刺したのでは。

そして、まさにその通りのことが翌日、報道されていた。われながら見事な洞察だったと言う気などない。ほとんどの人だってそう推測するからだ。イギリスはけっこうな刃物社会になってきた。若い男たちはナイフを持ち歩き、それを使う。

ロンドンでは1年間で1万3500件

刃物犯罪の統計は非常に憂慮すべき事態を示している。ロンドンではほぼ蔓延中とも言えるほど。イブニング・スタンダード紙は、10代の刃物犯罪記事のキャンペーンを展開している。だから、深刻な殺傷事件が起こるたびに記事が掲載される。

特に力を入れていない時だったら、この手の犯罪は報道されないか小さな記事で終わっていただろうと考えると、憂慮せざるを得ない。周知のとおり、メディアの注目が持続する期間は短く、同様の事件が何度も繰り返されると、似たような記事を載せるのをやめてしまう傾向がある。「どうせまた同じ刃物事件だろう」と。

ロンドンでは、2023年6月までの1年間で警察に報告された刃物関連事件が1万3500件以上発生した。これは範囲を最大限に広げた数字で、実際には刃物を殺傷に使ったわけではなく強盗事件で刃物を「見せた」だけ、などの場合も含まれる。

2021年はひどい年で、ティーンエイジャーの殺人被害者は30人にのぼり、そのほとんどが刺殺だった。どうやら、急増したのは新型コロナのロックダウンが終わったのと関係しているようだ。自宅待機中にくすぶっているように見えていた数々の対人トラブルが、「通常の」生活が再開されるや殺人事件の増加につながった。

2023年にロンドンで殺害された21人のティーンエイジャーのうちでは、18人が刺殺だった。死者数が減少した理由の1つは、ロンドンの各病院が、度重なる経験の蓄積により刺傷の治療技術が向上したことだと聞いて、愕然とすべきなのか喜ぶべきなのか、僕は戸惑っている。

幸い、僕の通りで刺された16歳の被害者は、一命を取り留めた(だが何度も刺されて重傷を負った)。幸運にも警察は数時間のうちに20歳の加害者を逮捕できた。僕の家のすぐそばで人が誰かを殺害しようとしていたという恐怖は、ほんの少しだけ和らいだ。

刃物事件は、暴力事件が減少しつつある近年の社会の流れに逆行している。僕自身はといえば、かなり危険な時代に育った。1980年代と90年代は、けんかも強盗事件も多く、サッカーでは暴徒フーリガンも深刻な問題だった。

10代の頃に僕は、一度も話したことすらない人に、いきなり横から不意打ちパンチを受けたことがある。彼の「動機」は、以前にどこかのパーティーで僕の学校のグループとけんかになったことがあり、その報復ということらしかった。また別の時には、瓶を頭に向かって投げつけられたこともあった(頭に当たらず、壁にぶつかった)。地元の街で退屈を持て余していた若者グループの前をたまたま夜遅くに通った時に起こった出来事だから、これは単に悪ふざけだったと思う。
 
他にも、地元のギャングに追いかけられ、車を運転していた通りすがりの人が事態を察して乗せてくれたために逃げ切れたこともあった。あの時、危険度を天秤にかけたことを覚えている。見知らぬ人の車に乗るか、7、8人の攻撃的な少年たちに捕まるか。

今やカッターから「ゾンビ」ナイフへ

それでも30年前は、刃物で刺される心配はそこまで大きくなかった。パブでは時々、グラスを即席の武器にして殴りつける「グラッシング」が発生していた。ひどいけがや傷になるが、死亡することはごくまれだった。

ナイフを持ち歩く場合でも、「刺す」よりも「切る」ために使うことが多かった。どちらも悪質だが、刺すほうが著しく重傷になる。

ある時点から刺すのが常態化し、「軍拡競争」が始まった。ナイフを持ち歩くと言えば以前はカミソリやカッターナイフを指したが、今では「ゾンビ」ナイフを意味する。これは、致命的な重傷を負わせることだけを目的とした武器だ。恐ろしい考えだが、口げんかがしょっちゅう刃物事件に発展する文化は、武器を携帯して、刺される前に刺してしまえという雰囲気を生み出す。

昨年のクリスマス数週間前のある金曜日、僕は店に行く途中で警察の金属探知機をくぐる羽目になった。電車を降りて街に入るところで皆がくぐるように設置された可動式の金属探知機で、街行く多くの浮かれた人々が通り抜けていた。その探知機は、煩わしく時間も要するボディーチェックをせずともナイフを検知できる。もう1つの気が重い事実は、致命的な暴力事件がクリスマスや新年などのお祝いムードで「善意に満ちた時期」に増加しやすいことだ。

僕は以前にも、たとえばノッティングヒル・カーニバルなどで同じような探知機を目にすることがあった。それでも地元の小さな町でこれを経験するとは驚きだった。残念ながら、わが街にまで探知機を設置するのは「やりすぎ」だったとは思えない。もしかすると警察は、ちゃんと何らかの対策をしていますよと市民を安心させたいのかもしれない。



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