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韓国全土で医療の混乱、政府の医師不足解消策に反発して研修医は大規模ストを強行した

ニューズウィーク日本版 2024年3月12日 17時0分

<韓国政府が医師不足対策として大学医学部の定員を増やす方針を表明。定員増は医療業界や市民団体の反発を招き、医師会もストライキを呼びかけた。政府方針に世論の支持は増しているが......>

韓国政府が医師不足対策として大学医学部の定員を増やす方針を発表すると、医学部の定員増加に反発する研修医が集団で退職届を提出して医療現場を離れるストライキを強行、韓国全土で医療の混乱が起きている。

退職届を提出した研修医は9900人余りで、専攻医指導病院に勤務する研修医1万3000人の4人に1人に相当する。なかには99%が退職届を提出した病院もある。

  

韓国政府は2月6日、大学医学部の定員を現在の3058人から5058人に増やすと発表した。韓国の人口1000人あたりの医師はOECD平均3.7人を下回る2.6人で、保健福祉部は現状のまま推移すると10年後の2035年には1万5000人が不足すると予測した。

2022年、医学部の定員を増やす方針を明らかにして医療業界や市民団体等の聞き取り調査を実施し、昨年11月には各大学の増員枠を調査して最小2151人、最大2847人という回答を得た。

医学部定員増に対する医療界の大反発

一方、大幅な定員増に大韓医師協会が反発。「優秀かつ完全な韓国の医療システムを崩壊させようとするもの」と主張して会員にストライキを呼びかけ、研修医で構成される専攻医協議会もオンライン総会で反対行動について話し合った。1割近い開業医が呼応して休診、研修医は88.2パーセントが団体行動に参加すると回答し、2月19日に6415人、翌20日に2401人が退職届を提出した。

研修医が最も多いセブランス病院は612人の99パーセントが辞表を提出、患者数は変わらないことから教授や看護師の負担が増えており、なかでも研修医が担ってきた入院患者への対応が大きな負担増になっているという。報道によるとソウル5大病院の一つである同病院は手術数を50パーセント減らしており、サムスンソウル病院は40パーセントから50パーセント、ソウル大学病院、ソウル峨山病院、ソウル聖母病院はそれぞれ30〜40%減らしているという。

救急患者の受け入れ拒否事態が拡大

医師不足に陥った病院が救急患者の受け入れを拒絶する事態が拡がっている。慶尚南道昌原市では呼吸困難に陥った1歳児が救急病院のたらい回しに遭い、救急通報の2時間56分後に自宅から65キロ離れた病院に到着した。大田市ではたらい回しにあった80代の心停止患者の死亡が確認された。

大量離脱の影響は軍や消防にも波及する。研修医が集団行動を開始した19日、国防部は軍病院の救急室を民間人に開放し、軍将兵への医療体制に影響が出ない範囲で、外来患者の診療や軍医官の民間病院への派遣を検討すると発表。翌20日から民間病院との協議を開始した。

公共病院や中規模病院に患者が殺到しており、診療を受けられる病院を自力で見つけることができない軽症患者が救急車を呼ぶケースが増えるなど、出動回数が通常の倍以上になった消防署もあり、急車の遅延が続いている。

事態を重く見た保健福祉部は23日、保健医療災難(災害)危機警報の警戒レベルを最も高い「深刻」に引き上げた。27日には看護師が、法令の範囲内で研修医が担ってきた医療行為を行う計画案を発表した。

  

政府対医師団体、法廷での対立激化

これまで医師会は政府との対立で無敗だった。2000年には医薬分業を進める政府の方針に反発して大規模ストライキを実施し、2014年には遠隔医療の推進に反発した。2020年7月にも保健福祉部が打ち出した大学医学部の定員増に反発してストライキを辞さない強硬な態度を見せたことから文在寅前政権が撤回したが、尹錫悦政権に撤回の考えはない。

2月27日、保健福祉部は医師らのストライキが法令で禁止している診療拒否に該当するとして医師協会関係者5人を医療法違反と業務妨害、教唆・ほう助などの疑いで告発した。また、現場を離脱した研修医には業務開始命令を発令。2月29日までに復帰しない場合、医療法違反に基づく免許停止や起訴などの法的措置を取る考えを示した。その一方で、職場復帰すれば不問に付すと付け加えている。

世論支持増で政府方針に追い風

世論は政府に味方する。保健医療労組が行なった世論調査で回答者の89.3%が定員増に賛成しており、世論調査会社が医学部定員増の発表後に行なったアンケートでも与党「国民の力」支持者の81%、最大野党「共に民主党」支持者の73%が賛成するなど、回答者の76%が肯定的で、29%に落ち込んでいた政権支持率は政府と医師協の対決の激化に併せて39%まで回復、60%前後で推移していた不支持率も53%に下がった。国会議員選挙の投票日まで6週を切ったいま、尹錫悦政権が方針を変える可能性はない。

医療水準の低下を危惧する声や少子化と人口減が続くなか医師の増加を懸念する研修医の気持ちは理解できるという声もあるが、患者を人質に取る行為は許されないし、そもそも患者が犠牲になることを厭わない研修医は医師になるべきではない。



佐々木和義

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