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地球に帰還した古川聡宇宙飛行士、「軌道上記者会見」で2度質問した筆者が感じたその人柄と情熱の矛先

ニューズウィーク日本版 2024年3月12日 22時20分

<2回目となる宇宙飛行、ISS滞在中に古川宇宙飛行士が達成したミッションとは? 宇宙空間からの記者会見で古川氏に2度質問の機会を得た筆者が受けた印象とあわせて紹介する>

ISS(国際宇宙ステーション)に長期滞在していたJAXA宇宙飛行士の古川聡さんが、12日午後6時47分頃(日本時間)、約半年間のミッションを終えて地球に帰還しました。

古川さんら4人の飛行士を乗せた帰還用の宇宙船「クルードラゴン」は、同日午前0時20分頃(日本時間)にISSを離脱し、約18時間半かけて地上に向かいました。大気圏に突入後、パラシュートを広げてアメリカ・フロリダ州の沖合に着水する状況は、JAXAのYouTubeチャンネルなどでライブ配信されました。

回収船によって引き揚げられたクルードラゴンから出た古川さんは、カメラやスタッフに手を振って元気な様子を見せました。

2011年以来2回目となる宇宙飛行、ISS滞在で、古川さんはどのような任務を遂行したのでしょうか。筆者がインタビューを通して感じた人柄とともに紹介します。

宇宙空間での収穫

今回の滞在で、古川さんは「宇宙でしか見つけられない答えが、あるから」をキーメッセージに、「きぼう」日本実験棟で実験や技術実証を行いました。成果は将来の月探査や火星探査に役立つだけでなく、地上の私たちの暮らしにもつながると言います。

たとえば、ISSではNASAが開発した水再生システムを使って、尿や除湿で回収された水分を飲料水に再生してクルーが使っています。JAXAは日本独自の技術を用いた、より小型かつ省電力、高再生効率で、メンテナンスのしやすい次世代水再生システムの開発を進めており、実証実験のために小型の実証機をISSに設置しています。星出彰彦宇宙飛行士、若田光一宇宙飛行士から引き継がれたミッションは最終段階を迎え、古川さんは実証機から、地球に持ち帰って分析する再生水サンプルを注意深く回収しました。

将来の有人宇宙探査では、地上から運ぶ飲料水の量を大幅に減らしたり、現地調達したりすることが必要です。ただし、微小重力環境では液体中の気泡がいつまでも水中に留まるため、水処理システムにどのような影響を与えるのかを調査しなければなりません。地球で実験しても地球の重力下ではこの状態が再現できないため、実際に宇宙空間で模擬実験をして確認することが重要になってきます。

また、宇宙空間という極限状態に耐えうる高効率の水処理システムは、地球上で水資源が限られている干ばつ地帯や山岳地帯、被災地などで大活躍することも期待できます。

その他にも古川さんは、地球上と同じ1Gと微小重力環境下での培養細胞の様子の違いを顕微鏡によってリアルタイムで観察したり、微小重力環境を活用したiPS細胞からヒトの人工臓器を作る技術に寄与する基礎実験を行ったりするなど、予定されていた12のミッションをクリアしました。

JAXAは宇宙飛行士によるアウトリーチ活動に力を入れており、今回の古川さんの滞在中も子供や学生が会話をしたり共同作業をしたりする機会が多く盛り込まれました。マスコミに対しても、古川さんがISS滞在を始めて間もない23年9月14日と、帰還直前である本年2月20日に「軌道上記者会見」と名付けて質疑応答をする機会を設けました。筆者は幸い両方で古川さんに質問する機会を得ました。

軌道上記者会見は、全体で約20分間です。宇宙飛行士による冒頭挨拶、記者との質疑応答、宇宙飛行士による締めの挨拶という順に進められます。質問は事前に提出し、まず大手マスコミが作る記者クラブから代表質問が3つ行われ、その後に時間が許される限り、他の質問が続きます。質問役に選ばれた記者たちは当日顔を合わせると、同じ質問をしないためや話の流れが適切になるように、質問内容や順番を話し合いで決めます。

ISSは平均高度400キロメートルの上空にあり、約90分で地球を1周しています。地上とISSの間には音声が届くまでに約7秒のタイムラグがあるため、「質問の終わりには必ず『以上』と付ける」「『ありがとうございました』と言い合うと時間のロスになるので、言わずにすぐに次の質問者が話す」などの独特のルールが、記者会見前にJAXAより説明されます。

「印象的」な笑顔が減った古川さん

筆者は若田宇宙飛行士にも軌道上記者会見で質問した経験がありますが、若田さんと古川さんの受け答えの違いはとても印象的でした。

若田さんは記者の質問に剛速球をズバっと返し、短い会話でテンポよくボールが行き来します。対して古川さんは、記者が1つの質問ボールを投げると、不足のない回答を目指してストライクゾーンを満たすように丁寧に複数のボールを投げてくるようなイメージです。

また、古川さんの印象を取材したことがある記者に尋ねると、「笑顔が印象的な、太陽のように明るい人」という答えがよく返ってきます。けれど最近、宇宙に行く前やISS滞在初期は笑顔が少なく、特に記者に対しては今まで以上に慎重な態度を心がけているように見受けられました。

その理由には、いわゆる「JAXAの研究不正問題」が大きく影響していそうです。

JAXA筑波宇宙センターで行われた宇宙生活を地上で模擬する精神ストレスに関する研究で、捏造や改ざんなどの不正が多数あったことが22年11月に発覚しました。実施責任者の古川さんは自身では捏造や改ざんを行っていませんが、戒告の懲戒処分を受けました。

その時の記者会見で古川さんは、「私は『トラスト・バット・ベリファイ』を目指している。仲間を信頼するが、念のため確認せよという意味だ。本件はベリファイが不十分で、信頼の気持ちが勝ってしまった。役割分担するにしても、きちんとしたプロセスで実施しているかを確認すべきだった」と反省の弁を述べました。

その後、ISS滞在が正式決定したタイミングなど、折々で古川さんが記者と質疑応答する機会がありましたが、かつてのフレンドリーな態度はなく、どこか身構えているような印象もあり、一記者として寂しさを感じていました。

昨年9月の軌道上記者会見で、筆者は「医学者かつ研究者である古川さんが、今後の有人月面探査の中で人体への影響という点で特に気になることと、宇宙医学が宇宙開発だけでなく地球の我々にどのように役立つかを教えてください」という質問をしました。実は後半部分は、当日の他の記者との打ち合わせを反映して、事前に古川さんに渡っていた質問から少し変更がありました。

前半について、放射線の人体への影響と制御コントロールの大切さを淀みなく話してくれた古川さんは、後半について「質問をもう一度お願いします」と確認して、真剣な表情でその場で考えながら「地上の人の健康増進、とくにバランスが悪くなった時の回復方法や、筋肉や骨が弱くなってからどう高めるかに宇宙での知見が活かせる」と回答しました。

宇宙での人体の不思議を共有することに情熱

とてもよい話を引き出せたと思う反面、古川さんの表情が強ばっていたため「論文問題で記者に厳しく追及された経験のある古川さんに、予定外の質問をすべきではなかったのではないか。記者に騙し討ちされたような気分になったのではないか」と申し訳ない気分になりました。

そこで、次に話せる機会となった2月の軌道上記者会見では、「視聴者だけでなく、古川さん自身も話していて楽しくなるような話題を質問に選びたい」と考えました。そのヒントは古川さんのSNS、Xの投稿にありました。

たとえば昨年9月21日には「無重力による体液シフトにより、顔が丸くなりました。元々丸顔なのですが、さらに丸くなっているのが分かると思います」、2月12日には「飛行前に比べ宇宙での私の身長が1cm伸びていました。宇宙で1-5cm程度身長が伸びる飛行士が多いですが、もっと伸びた人もいると聞きます。脊柱(背骨)の椎体と椎体の間にありクッションの役割をしている椎間板が、宇宙における微小重力の影響で伸びるためとされています」と投稿するなど、宇宙での人体の不思議をみんなと共有したい、自分自身の変化にワクワクしている古川さんの様子が窺(うかが)い知れました。

実際に、2回目となる軌道上記者会見で筆者が「古川さんは宇宙空間で身長が伸びたり、顔が丸くなったりしたという身体観察レポートをSNSでつぶさに発信しています。自身の体に起きた変化で一番意外だったことはなんですか。また、どうしてそれが起こったのか、古川さんのお考えがあれば教えてください」と尋ねると、「顔が丸くなったり...」の部分が聞こえた瞬間に、古川さんは頬に手を添えて丸いゼスチャーをして笑顔になりました。

「無重力環境では、地上の重力環境では、主に下半身に行っていた血液や組織液が上半身に移動する体液シフトが起こります。それによって、飛行前に比べて、宇宙飛行中の私の下半身が細くなります。下、すなわちふくらはぎが約2センチ程度、太ももが2、3センチ、ウエストが4、5センチ細くなって、それはその体液シフトで説明できます。

しかし、胸の周りの胸囲も増えてるんじゃないかと自分で予想してたんですが、それが減っていた。これが意外でした。私の理由の仮説としては、上半身、特に脳への血流、組織液そうしたものが増えたことによって、脳がこの血液、体液が過剰だと判断して、それを減らしたものと推測します。それによって、私の下半身においては、血液体液の減少プラス体液シフトによって細くなった。そして、胸囲においては、その血液、体液、組織液の減少によって、細くなったものではないかと考えています。

ちなみに、飛行前に比べて宇宙での体重が私自身3キロほど減っております。これは前回の飛行と同様です。これも血液、組織液の減少によるのが、その原因の一つではないかと推測しています」

古川さんの医師かつ宇宙医学の研究者としての見解は、とても興味深いものでした。ですが、筆者は「顔が丸く」の時に古川さんの笑顔を引き出せたことを、一番嬉しく思いました。

今後しばらく、古川さんはアメリカに留まり、メディカルチェック、リハビリを経て、数カ月後に帰国する見込みです。帰国後に予定されているミッション成果報告会で、古川さんの明るい笑顔を再度見られることを楽しみにしています。

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