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【本誌調査で判明】米政府、モスクワの大使館維持のためにロシア企業と契約 800万ドルの支払いは妥当か?

ニューズウィーク日本版 2024年3月13日 13時30分

<ジャーナリストや専門家たちからは「制裁の効果が弱まる」「基本的にやむを得ない」などさまざまな意見が上がっている>

米政府はモスクワの大使館を維持するため、ロシア企業に800万ドル以上を支払っていたことが本誌の調査で判明した。そのうち1社は、後にカナダから制裁を科されている。

2022年2月のウクライナ侵攻直後、ロシアはアメリカと世界中の同盟国から経済制裁を受けた。アメリカなどはロシア中央銀行の資産約3000億ドルと、ウラジーミル・プーチン大統領に近い高官の資産300億ドルの凍結・差し押さえに動いた。

そんななか、米大使館の契約は運動団体や政治家から批判を浴びている。共和党のラス・フルチャー下院議員はこう語る。「比較的小額の契約であっても、私はアメリカのロシアへの投資を止める法案に賛成した。ロシアの国民を雇用するのは、ロシアへの投資そのものだ」

リビアがカダフィ政権崩壊後に経済制裁を受けたとき、米政府は首都トリポリの在外公館がリビア人所有の企業やそうした企業の製品を使うのをやめさせたと、かつて政府で働いていた情報筋は本誌に語った。なぜモスクワで同じことができないのかと、一部のロシア・ウオッチャーは疑問を口にする。

だが米政府は不可能だと示唆している。そこで本誌は、ロシアの労働者や資源を使うことは外交的プレゼンスを維持する代償として正当化できるのかを調査することにした。

本誌が侵攻後の調達データを分析したところ、米政府はロシア企業12社との間で41件、総額805万4780ドル相当の契約を結んでいる。

3件の契約は継続的な業務提供を想定したもので、ウクライナ侵攻後にロシア企業が手にする総額は131万2938ドル相当に達する可能性がある。これらの企業は造園、塗装、経営コンサルティング、修理・メンテナンス、輸送、清掃作業などのサービスを提供している。

本誌が分析した契約はウクライナ侵攻後に決まったものだが、アメリカはそれ以前からロシア企業に大使館での業務を任せている。契約期間はさまざまだが、中には何年にも及ぶ長期契約もある。一部の契約は公開競争入札だが、そうでないものもある。契約のうち40件は米国務省が、1件は米農務省が発注した。

22年3~23年9月の2万6847ドル相当の契約は、ロシア第2の通信会社ビンペルコムと結んだものだ。同社は23年7月、カナダ政府から制裁を受けている。

モスクワの駐ロシア大使館をめぐるロシア企業への支出は800万ドル以上 GREG MATHIESONーMAI/GETTY IMAGES

「制裁は形だけ」と思われる

同社はオランダ籍のビオン社のロシア事業が、22年11月に売却されたもので23年10月には完全にロシア人所有の会社になった。同社自体はアメリカの制裁対象ではないが、米政府はプーチンの「戦争マシン」を弱体化させるため、ロシアのエリートや金融機関、その他の業界にも繰り返し制裁の網をかけてきた。ジョー・バイデン米大統領は23年12月、ロシアの軍事サプライチェーンを制裁対象とする大統領令に署名したばかりだ。

ある政府当局者は、省内では契約が制裁対象の個人とつながっていないことを確認するためのデューデリジェンス(適正評価手続き)を実施していると語った。だがウクライナの運動団体「戦争と制裁」は、カナダと同様にビンペルコムを制裁リストに加えるよう各国に求めている。

ビンペルコムは「ロシア連邦政府にとって重要な収入源」だと、同団体の声明は指摘する。「(同社は)ウクライナの民主的なプロセスと制度を弱体化させ、平和、安定、安全保障、主権、独立を脅かしている」

別の運動団体「リーブ・ロシア」も、声明で次のように述べている。「ビンペルコムが積極的にロシア政府に協力していることは、同国政府関係者も認めている。特筆すべきは(ロシア)政府の要請によって、22年2月24日以降に占領されたウクライナ領土でのロシアとの通信接続の確立に協力し、国内ローミングサービスを提供していることだ」

ビンペルコムのアレクサンドル・アレクサンドロビッチ・パンコフ社長は国際的な制裁対象ではないが、制裁データサイト「オープンサンクションズ」によると、ロシア政府とつながりがある。ロシア国内の報道によれば、かつて連邦政府通信情報局や連邦通信情報化省などの政府機関で仕事をしていたという。

米国務省の報道官は本誌に対し、全ての在外公館は基本サービスを現地企業に依存していると語った。別の政府関係者は、アメリカや第三国の業者をロシアに呼び寄せるのは難しいため、今契約は現実的なものだと述べた。それでも現地企業との契約には安全保障上のリスクが付きまとうことは、両者とも認めている。

ビンペルコムを除けば、本誌が分析した企業はいずれも制裁対象の企業と直接的な関係はないが、明確な判定は難しいと専門家は言う。

ウクライナは戦場、バイデンは議会で苦戦中(23年秋ホワイトハウスで) DREW ANGERER/GETTY IMAGES

英サセックス大学の汚職研究センターのロバート・バリントン教授によると、制裁対象となった企業は実態不明のオフショア企業のネットワークを使ってオーナーを隠している。そのため米大使館と取引のあるロシア企業の「実質的支配者」(UBO)が制裁リストに載った人物ではないと断定するのは「極めて困難」だと、バリントンは言う。「オリガルヒ(新興財閥)はたいがいこうしたペーパーカンパニー網を通して何重にも偽装を施し、誰が出資し実権を握っているか絶対に分からないようにして事業を行っている」

制裁対象かどうかにかかわらず、わずかでもロシア経済にキャッシュが注入されれば、プーチンを助けることになるという議論も聞かれる。

ウクライナ系アメリカ人ジャーナリストのマーク・テムニッキーは「米大使館がロシアで活動を続け、ロシア企業に物資やサービスを発注していれば、制裁の効果が弱まる」と警告する。ロシア企業の受注は小規模であれロシア経済を活気づけ、回り回ってロシア軍の戦費確保にも役立つというのだ。

テムニッキーは、米大使館がロシア企業と取引していれば、経済制裁はさほど厳しく守られていないといった印象を与えかねない、とも指摘する。「ほかの権威主義的な国々が『制裁は形だけ』と解釈して、自分たちも好き勝手に(武力行使)できると思いかねない」

機密情報が盗まれる危険性も

英キングズ・カレッジ・ロンドンの経営学大学院のマイケル・ウィット教授も米大使館の仕事で「ロシア企業や従業員が得る追加収入は少額であれ、ロシア経済の安定化に役立つ」とみる。「企業と従業員は税金を払うから、ロシア政府の戦費調達を利するだろう」

ただし、ロシアとの外交的パイプを維持するメリットを考えれば、大使館がロシア企業に払うカネは「必ずしも無駄とは言えない」と、ウィットはクギを刺す。

一方、ジョージ・W・ブッシュ元米大統領の特別補佐官を務めたマイケル・アレンに言わせれば、米大使館の取引はロシアで今も事業を続けている米企業にとって悪い見本になりかねない。エール大学経営学大学院傘下の研究所によると、開戦後に1000社超の米企業が程度の差はあれロシアでの事業を縮小すると公表した。ロシアにとどまった企業も何百社とあり、撤退しなかったことで批判にさらされてきた。

米大使館がロシア企業と付き合うことには別の懸念もある。大使館に出入りするロシア人に機密を盗まれかねないことだ。

現にそうした事例はある。1979年、在モスクワの米大使館の新築工事が始まり、旧ソ連の労働者が作業を請け負った。85年に警備の専門家が建物中に盗聴システムが張り巡らされていることを発見。米国務省は、ソ連の労働者を建設現場から締め出したが、その後も盗聴器が見つかり、米政府は建物を解体して新たに建て直すことにした。2億4000万ドルを費やして工事は完了。米大使館は2000年に再開した。

フルチャーは盗聴は後を絶たないとみて、大使館の建て直しは「税金と時間の無駄」だったと吐き捨てる。「歴史は繰り返すと言うが、大使館の建て直しは避けたい」

アレンによると、米大使館がロシア人職員を雇うのは必要不可欠な場合のみにせよ、雇えば必ず「あちらこちらに盗聴器を仕掛ける」と言う。「そもそもの初めから、これはカウンターインテリジェンス(防諜)の問題だと私は思っていた」と、アレンは本誌に語った。

「ロシアが米大使館を最大限スパイ活動に利用することは疑う余地がない」が、アメリカは「機密の通信と情報を守る極めて有効な手順や対応策を編み出している」と話すのは、米国務省の国際経済政策に関する諮問委員会の元スタッフ、スティーブン・マイヤーズだ。アメリカは80年代の経験から学んだ、というのだ。

「ロシアに払うカネがあるなら」

米大使館がロシア企業と契約を結んでいることが明らかになった時期は、ウクライナへの支援疲れが広がりだした時期と重なる。バイデン政権は610億ドルのウクライナ支援を盛り込んだ法案を共和党が多数議席を握る下院に通そうとして苦戦中だ。共和党内にはそれだけのカネを使うなら、メキシコとの国境警備に充てるべきだとの声もある。

昨年12月にピュー・リサーチセンターが行った世論調査では、アメリカ人の31%が米政府のウクライナ支援は多すぎる、29%がちょうどよい、18%が不十分と回答した。

英ランカスター大学のヒラリー・インガム教授(経済学)によれば、この戦争でウクライナが勝てるのかと疑う声も高まっているという。

戦争への倦怠感が広がるなかで、以前ウクライナ支援の法案に反対したこともあるフルチャーは、米政府の資金でロシア企業を儲けさせることに疑問を投げかける。

「アメリカの企業に発注して、アメリカ人の雇用をつくり出すべきだ」と、フルチャーは主張する。「他国と良好な関係を築くことの大切さは理解しているが、悪い行動を取っている国の経済を潤わせるべきではない。しかも、アメリカは莫大な債務を抱えていて、その金額は膨らみ続けている。よその国に、ましてやロシアに資金を流す余裕などない」

ジャーナリストのテムニッキーも、ロシアに対して通常どおりの接し方を続けることには反対だと言う。ロシアとの外交関係を縮小するべきだと考えているのだ。

「世界の国々は、安全でないと判断した国から大使館職員を引き揚げたり、敵国との外交関係を縮小したりすることがある」と、テムニッキーは言う。「ロシアは戦争を終わらせることに、交渉で戦争を終結させることに、明らかに関心がない。このような状況でロシアとの外交を前進させることなど不可能だ」

しかし、本誌が話を聞いた専門家の中には、米国務省の主張に賛同する人たちもいる。大使館運営のためにロシア企業と結んでいる契約はありきたりの内容だし、避けることのできないものだというのだ。

マイヤーズはこう述べる。「国務省はあらゆる国で大使館のサポートのために現地の企業や人間に業務を発注している。ほとんどの場合、仮にコストが途方もなく膨張することを容認したとしても、アメリカ企業に発注することは難しい」

「アメリカの働き手をロシアに連れて行こうとしても、業務が地元の人たちにも実行できるものであれば、ロシア政府が許可を出さないだろう。この種の問題をめぐって国家間の摩擦が生じることが時々あるが、こうした些細な問題をあおるのは双方にとって得策ではない」

さらにマイヤーズは、「大使館を維持するために税金を用いることは、有効な外交政策に不可欠だ。外交は大統領の憲法上の権限でもある。相手国のリーダーの思考様式を理解した職員が現地にいなければ、理にかなった外交政策を確立することは難しい」とも言う。

有権者はどう受け止める?

米政府が大使館のために資金を支出する結果としてプーチンが恩恵を受けるとしても「その金額は全てを合わせても非常に小さい」と、英ノッティンガム大学のタイラー・クストラ助教(政治学・国際関係論)は言う。「しかし(大使館を通じて)獲得できる情報の価値は極めて大きい。その価値は支出を上回る」

英エクセター大学デービッド・ルイス教授(国際政治学)に言わせれば、一連の契約は大使館が通常に機能するために欠かせないものであり、その大きな役割を考えれば「コストは微々たるもの」でしかないという。

ビンペルコムとの契約は「外交官や大使館職員などがロシアで携帯電話を使うためのものだろう」と、ルイスは指摘する。「ロシアで活動する際は、ロシアの携帯電話会社を利用せざるを得ない。この会社と契約を結ぶことは、ロシアで業務を行うための唯一の方法なのだろう」

それに、このようにロシア企業と契約を結んでいる国はアメリカだけではない。例えば、イギリスなども大使館運営のためにロシア企業を活用し続けている。

ロシア企業と契約しないためにロシアとの外交関係を終わらせるべきだという主張には賛成できないと、マイヤーズは言う。「大使館の閉鎖は、相手国にとって最大級の侮辱だ。対立をあおることこそあっても、和らげる役には立たない。いずれロシアとの関係をリセットすべきときが来ることを忘れてはならない」

インガムも言う。「戦争が終われば、アメリカとロシアがこのまま対立し続けるわけにはいかない。その点ではEU諸国も同じだ。好きか嫌いかは別にして、ロシアが重要な国であることは間違いない」

ただし、有権者がどう考えるかは別問題だ。一連の契約は「基本的にやむを得ないもの」だが、「有権者は好意的に受け止めないだろう」と、英王立統合軍事研究所のニック・レイノルズ研究員は指摘する。

元大統領特別補佐官のアレンも、ロシア側に流れる金額以上に、イメージの問題が心配だと言う。「気がかりなのは、象徴的な意味合いだ。この問題は、有権者の抱く印象を決定づけてしまうだろう」

ケイト・プラマー(本誌記者)

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