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2024年、SNSプラットフォームが選挙を通じて世界を変える

ニューズウィーク日本版 2024年3月15日 15時40分

<2024年には世界各地で選挙が行われるが、SNSは選挙に少なからず影響を与えている。インド、インドネシア、アメリカなど注目されている選挙も多い。民主主義国の民間企業が、意図せず世界を変えるのを目の当たりにするかもしれない......>

SNSや検索サービスを始めとするネットサービスは広く浸透し、文化や生活のあり方を大きく変えてきた。一部はもはや社会のインフラとして機能しており、他の通信手段が使えない災害時には重要なライフラインとして働くこともある。しかし、ほとんどのネットサービスは民間企業によって運営されているサービスであり、透明性や公正さが保証されているわけではない。そのため時には暴動やテロなどにも利用されることもある。

SNSは選挙結果を変える

下図は2001年から2023年の期間でSNSで組織化された暴力の状態を示すグラフである。数値が小さいほど悪化している。つまり、年を追うごとにSNSは暴動やテロの組織化に利用されるようになっている。

リアルの暴力の組織化でのSNSの利用(2001年から2023年)
(出典:Varieties of Democracy、2023年、https://v-dem.net)

2024年には世界各地で選挙が行われるが、SNSは選挙に少なからず影響を与えている。フェイスブックは2010年の選挙で投票行動に影響を及ぼす実験を行い、その結果を論文にまとめて2012年に公表した。フェイスブック上で投票を促進することには有意な効果があった。論文は大きな反響を呼んだが、その多くは批判だった。なぜならフェイスブックが投票行動を促進することで選挙結果が変わってしまった可能性があったからだ。ある年齢層の投票が増えればその年齢層が支持する可能性の高い候補が有利になるためだ。私の知る限りSNSの選挙への影響が定量的な論文としてまとめられた最初のケースだ。

2024年の選挙では非欧米国でのSNSの影響が懸念されている。非欧米国は世界人口の多数を占めており、グローバルマジョリティと呼ばれる。グローバルマジョリティは欧米に比べると多様な言語、文化、統治形態(たとえ民主主義であっても)が存在する。しかし、SNSプラットフォームは欧米(主としてアメリカ)以外にリソースをあまり割いていないため、グローバルマジョリティの国々では定型のテンプレートでモデレーションや告知を行っていて、多様な言語、文化、統治形態に対応できていない。その一方で検索サービスは現地に合わせた検閲を行って政治的なバイアスを生んでいる。

フェイスブックとアメリカ大統領選に集中しているリソース

SNSは民間企業であり、ほとんどの国で選挙の告知を義務づけられていない。そのためSNSごとに選挙の告知数はバラバラである。

下図をご覧いただくとわかるように圧倒的にフェイスブックでの告知が多い。ただし、これはフェイスブックを擁するMetaが熱心なわけではない。なぜなら同規模の利用者を持つWhatsAppではほとんど告知をしていない。特定のSNSに告知が集中することでそのSNS利用者の投票率だけが高まる可能性がある。

(出典:「Platforms, Promises and Politics A reality check on the pledges platforms make before elections」、Mozilla、2024年2月27日、https://foundation.mozilla.org/en/campaigns/platforms-promises-and-politics/)

また、下図を見るとはっきりわかるように、アメリカ大統領選(中間選挙含む)の年に選挙の告知が増加している。一方、もっとも注目されていないのはアフリカ諸国の選挙だった。

(出典:「Platforms, Promises and Politics A reality check on the pledges platforms make before elections」、Mozilla、2024年2月27日、https://foundation.mozilla.org/en/campaigns/platforms-promises-and-politics/)

(出典:「Platforms, Promises and Politics A reality check on the pledges platforms make before elections」、Mozilla、2024年2月27日、https://foundation.mozilla.org/en/campaigns/platforms-promises-and-politics/)

偽情報への対処は地域によって異なる

SNSプラットフォームは選挙の偽情報への対処も行っており、主要な対処方法は下記の3つだった。

デジタル・リテラシー・プログラム(23カ国)
ファクトチェック(21カ国)
コンテンツモデレーションポリシーの更新(21カ国)

グローバルマジョリティの国々と北米やヨーロッパではSNSプラットフォームの干渉はだいぶ違う。まず、全般的にSNSプラットフォームは、グローバルマジョリティの国々で北米やヨーロッパよりもシステマティックな偽情報対策を行っていない。

ほとんどのSNSプラットフォームは本社からの万国共通のテンプレートにしたがっていることが多い。同じ対策を講じることは一見、悪くないような気がするが、実際には全く逆の結果をもたらすこともある。それぞれの国ごとに文化や慣習、統治形態などが異なっており、同じ対策をとっても反応は異なるのだ。

さらにリソース不足が現場での雑な作業につながっている。ケニア、ナイジェリア、エチオピアの選挙に先立ち発表された選挙関連の誤報に関するポリシーは、基本的にコピー&ペーストで、細部がわずかに変更されているだけだった。

ひどいのはTikTokでブラジルの選挙にあたって掲載したポリシーは、米国の選挙ポリシーの一部をポルトガル語に翻訳しただけものになっていた。さらに問題なのはブラジルには郵便投票制度が存在しないにもかかわらず、郵便投票についても書いてあった。これらはあくまでも一例で、欧米以外の国では異なる国の選挙の告知をコピー&ペースト(必要に応じて翻訳)するだけになっているのが現実だ。グローバルマジョリティの国々のSNSプラットフォームでは選挙に関する杜撰な情報が公式ルートで発信されている。

選挙対策の後退

こうした状況にもかかわらず、SNS各社の選挙への対応は後退している。ほとんどのSNSプラットフォームがアメリカ企業であり、アメリカにおける偽情報対策の後退が、世界的なSNSプラットフォームの選挙対策後退につながっている。

2022年と2023年にSNS各社でモデレーションなどの部署の人員を大幅に削減された。イーロン・マスクが2023年10月Xの選挙インテグリティチームと、コンテンツモデレーション人員の多くを解雇したのは有名だ。Metaは、2020年の米国選挙後に自社のシビック・インテグリティ・チームを解散させ、ケニアのハブで180人以上のサハラ以南のコンテンツ・モデレーターを解雇した。SNSプラットフォームがリソースを節約するために、ファクトチェッカーやコンテンツモデレーターのようなサードパーティに信頼性、安全性、インテグリティの仕事を任せるパターンが増加している。

スタッフ削減の影響を反映して、選挙関連の告知も減少している。これまで杜撰だったものが、さらに悪化している。

マイクロソフト社のBingを通じて中国の検閲が世界に広がっている

SNSプラットフォーム以外にも問題はある。検索サービスを提供する企業が、検閲つきの検索サービスを権威主義国に提供していることだ。グーグルが中国にドラゴンフライと呼ばれる検閲つきの検索システムを提供しようとしていたことは以前に記事でご紹介した。グーグルはその後、イスラエルにも提供しようとしており、パッケージ化されたマニュアルなどから他の国にすでに提供していた可能性も示唆されている。

今のところグーグルが検閲つき検索サービスを権威主義国の政府に提供した事実は見つかっていないが、マイクロソフトが中国に同社の検索エンジンBingにサジェストキーワードの検閲機能を組み込んだものを提供していることをBloombergとCitizenLabの調査でわかっている。検閲内容は当局の指示ではなく、マイクロソフト社が当局の意向を慮って先取りしたものだった。

中国向けBingサービスは、2009年から始まっており、ビル・ゲイツは中国と緊密に協力することを提唱している。2020年に同氏がマイクロソフト社の取締役を退いた後も中国との関係は続いており、2023年6月に習近平と会談した際、習近平がビル・ゲイツを「旧友」と呼んだくらいには親密だ。こうした努力の甲斐あって、Bingは中国で百度と並ぶサービスに成長している。

マイクロソフト社は今でも万を超える中国企業と契約しており、研究開発部門特にBingについては中国人技術者が中心となっている。

マイクロソフト社と中国当局との蜜月はかつてのZOOM事件をほうふつさせ、マイクロソフト社が「アメリカの顔をした中国企業」になっている懸念を抱かせる。オンライン会議サービスで有名なZOOMは中国当局の意向に沿った検閲を行っており、問題ありと判断した会議を中断したり、利用者のIDを停止したりしていた。当時のZOOMは中国に開発拠点を持ち、社内に検閲やサービス停止を実行できる人間がいた。2020年4月にトロントのCitizenLabがその可能性を指摘し、同年12月に関係者が訴追された。

2022年5月には、中国向けのみだったはずのサジェストキーワードの検閲がアメリカやカナダなど他の国のBingに広がっていたことがCitizenLabの調査でわかった。この検閲は、WindowsのスタートアップメニューやブラウザのEdge、Bingのサジェストキーワードを利用しているDuckDuckGoにも及んでいた。

検索エンジンは政治的なバイアスとは関係ないアルゴリズムに従って検索結果を表示しているように錯覚しがちだが、Bingやグーグルに関する限りはそれは幻想にすぎないようだ。少なくともこの2つのサービスは現地の政府の要請があれば進んで検閲を行う用意がある(マイクロソフトは実行し、グーグルは内部告発で頓挫した)。中国はBingおよびBingを利用しているサービスを介して世界各国で行われる2024年の選挙に関連するサジェストキーワードを操作できる可能性がある。

民間企業を利用して世界を変える権威主義国

SNSや検索サービス提供しているビッグテックは、基本的には利益を追求する民間企業であり、「現地の法律を遵守する」ことを言い訳にして当局の監視や検閲を手伝うことがある。また、経済的な便益を優先して、選挙関連の情報提供をコピペで済ませ、時には誤った情報を掲載することもある。モデレーションが適切でないことも少なくない。

その一方で、社会のインフラとして人々がこれらのサービスに依存していることも事実だ。選挙を始めとする活動や災害時の連絡に大きな影響を与えるにもかかわらず、法的、制度的な規制はほとんどなく、中国の検閲がアメリカのBingでも行われている状態だ。

民主主義国でこうした事態に対応するためには、EUのように時間をかけて合意を形成し、法制度を整備し、実行しなければならない。これに対して中国などの権威主義国では時間のかかるプロセスを飛ばして必要な措置を実行できる。民間企業が関係国の法制度に従う場合、対応の早い権威主義国の法制度に先に従うことになる。この非対称性によって、法制度を遵守しようとする民間企業は権威主義国の制度に早く対応することになる(なぜなら早く法制度が施行されるから)。一方、民主主義国には実質的な法制度の整備が権威主義国よりも遅れる構造的な問題がある。

2011年から2022年の間に78カ国で制定された105の偽情報対策法の多くが、権威主義国で言論の抑圧を目的としていることがこの問題を象徴している。法制度の整備に比例して、この法律に違反して投獄されたジャーナリストが増加している。

(出典:「Chilling Legislation: Tracking the Impact of "Fake News" Laws on Press Freedom Internationally」Center for International Media Assistance CIMA、2023年7月19日、https://www.cima.ned.org/publication/chilling-legislation/)

 

2024年は世界人口の半分以上が投票を行う選挙の年であり、インド、インドネシア、アメリカなど注目されている選挙も多い。民主主義国の民間企業が、意図せず世界を変えるのを目の当たりにするかもしれない。



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