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日本で「外国人を見た目で判断する」ことの弊害が噴出中

ニューズウィーク日本版 2024年3月16日 20時28分

<ホテルなどは来日外国人にパスポート提示を求めるけど、「来日」か「在日」か、そもそも日本人かどうか見極めるのは不可能。じゃあどうすればいいの?ハーバード卒芸人のパックンが考えました>

見た目で人を判断するな!

よくそう言われるよね。アメリカでもYou can't tell a book by its cover(表紙から本の中身は分からない)という言い回しがある。その通りだ。表紙が面白そうで「ジャケ買い」した本に何度がっかりしたことか......。

しかし、見た目で判断するよう促されることも多い。老人や妊婦に席を譲ろう! 未成年にお酒を売るな! 不審者をみたら駅員にお知らせください! こういうのは、見た目以外の何で判断すればよいのだろう? マタニティーマークを付けた妊婦はいるけど、制服姿で酒屋に入る中学生とかはいない。本人に聞いてもいいけど「怪しい者ではありません」という決まり文句は不審者でも言えるだろう。

見た目だけじゃわからないし、間違ったら相手に失礼だったり、困ったりすることもある。妊婦さんを駅員に報告し、不審者に席を譲ってしまうこともあるだろうね。

でも、見た目で判断するしかない。

こんな矛盾していて、つらい立場に置かれているのがホテルや旅館などのチェックイン係。

来日30年、初めてホテルで身分証を求められた

僕はその大変な現場を目撃したことがある。昨年、地方のビジネスホテルを訪れた大勢の日本人っぽい方々の中に、スラっと背が高くて紳士のような西洋人っぽい男性がいた。フロントでチェックイン係の方はその人だけに英語を話し、パスポートの提示を求めた。

「ん?持ってないですけど......」と、男性は典型的なハリウッドスターのような顔をしながらも流暢な日本語で返すと「在留カードでも大丈夫です。申し訳ないですが、外国のお客様はパスポートまたは在留カードのコピーを取らせていただくことになっています」と言われた。男性は、在留カードを財布から出して渡した、顔には少し切なさがにじみ出ていた。どんな表情でも格好よさそうな、超イケメンな男性だったけどね。

見た目で判断されたと思う時、確かに切ない。もちろん、この場合は見た目以外の情報も少しあったのは間違いない。素敵な男性の日本語はほぼ完ぺきとはいえ、微かな訛りとして母国語の名残はあった。またチェックイン用紙の名前の欄に外国っぽい名前を書いた。「パトリック・ハーラン」と。

はい、すみません。僕の話だった。まあ、「スラっと背が高くて紳士のような......」の時点でお気づきだったでしょうけど。余計な脚色はあったかもしれないけど、出来事自体は事実だ。日本にきて30年以上経つが、ホテルで在留カードの提示を求められたのはそれが最初だった。しかし、最後ではなかった。

2週間後にまた違うホテルでも同じことが起きた。しかも、もっと展開が早かった。カウンターについた瞬間、スタッフの方の開口一番の言葉は「パスポートをお願いします」だった。僕はしゃべってもいないし、名前を書いてもいない。判断材料は見た目以外なにがある? 匂いかな? 確かに僕は普段からほのかに、サーロインステーキの香りがする。

前回同様、パスポートがないことを伝えると、また「では在留カードを」と言われた。しかも、少しためらいを見せていた僕に対してスタッフの方は「どちらかを見せないとこのホテルには泊まれません」と、きっぱり警告してきた。また例の切ないながら格好いい表情をみせつつ在留カードを提示した。

ちなみに、入管法によって日本に在留する外国人は旅券または許可書(在留カード)を常時携帯しないといけないのだ。永住権のある僕でも毎日持ち歩いている。そして、警察官、入国管理や役所の方など「権限ある官憲」に提示を求められた場合、応じる義務もある。僕も職務質問(普通に道を歩いているときにされた)などで見せたことは何回かある。

しかし、在留カードは原則として当局以外の一般の方が提示を求めるものではないし、見せるものでもない。ホテルで要求されたときは、健康診断じゃないのに突然、検尿を求められたような、妙な感覚だった。

3回目にまた違うホテルで同じことがあったとき、提示を要求する理由を聞いた。そのホテルは警察にそうするように言われたと教えてくれた。そうか......と、在留カードを見せ、チェックインした。

そして、近くの交番に聞きに行ったら、やっと理由が明らかになった!

テロ対策だ。ほっ。テロリストに見えているわけね。なるほど......。納得!納得!

遅ればせながら、僕はちゃんと調べた。確かにテロへの意識が高まっていた時代に法律が改正され、2005年以降、ホテルなど宿泊施設は来日客のパスポートのコピーを取るように求められているのだ。だから(なぜか法改正から18年経ってから初めて)僕も提示を要求されているのだ。

そもそも見かけで判断するのは不可能

しかし、法律では「日本国内に住所を有しない外国人」のみが対象だと記されている。厚生労働省のホームページには、僕のように日本に住所のある人のパスポートのコピーを取る義務はホテルにないし、宿泊客は何も提示する義務もないと、はっきり書いてある。「僕のように」とは書いていないけど。

この二重基準によってホテルのスタッフはとてもかわいそうな状況に置かれている。「来日外国人」と「在日外国人」は言葉としても似ているけど、本人たちもよく似ている。見た目で判断できない。住所があるかどうか、証明書を見るしかない。しかし、それを見せる義務はないのだ。

よっし! 法律改正して在日外国人も在留カードをホテルで見せる義務を課そう! 

そう思うかもしれないが、それでも問題は解決しない。そもそも外国人かどうかも見た目で判断できないから。今の時代は「外国人っぽい」見た目の日本人も沢山いる。(日本代表のスポーツ選手だけでも何人か思い浮かぶでしょう)。彼らも僕と一緒でパスポートを持ち歩かないでしょうけど、僕と違って在留カードさえ持っていない。どちらかを見せないと泊まれないとなったら「外国人っぽい」日本人が一番困るだろう。

ちなみに、僕の子供も日本人だが、きっといつかホテルで言われるだろうね。父としてそれが一番切ないかもしれない。

同時に、「日本人っぽい」外国人も沢山いる。見た目での判断だと彼らのパスポートのコピーを取り損ねている可能性も大きい。「テロ対策」が不完全だぞ!

では、どうすればいいのか? その答えは簡単。見た目で判断せずに、全ての宿泊客に対して接客のルーティーンを統一させればよい。もちろん、やり方は複数考えられるけど。

例えば:
・全員に身分証明書の提示を求める(だいたいのグローバルスタンダード)。
・全員に名前、国籍、住所を書いてもらう(性善説由来の自己申告)。
・コンビニの未成年飲酒防止システムを転用し、チェックイン画面に「日本国籍、または日本に住所ありますか?」に「YES」か「NO」を押してもらう(性善説に利便性!)。

どれを導入しても、今よりダイバーシティに寛容で平等な社会の理想に近づくでしょう。チェックイン係も楽になるでしょう。そして「外国人っぽい」人の切ない表情も前より見られなくなるでしょう。

まあ、見たいときはいつでもリクエストに応えてその格好いいバージョンをお見せしますけど!

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