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汚染・危険・荒廃...世界の「最悪の土地」12カ所を訪れた作家が見つけたもの

ニューズウィーク日本版 2024年3月18日 16時20分

<原発事故の地チョルノービリ(チェルノブイリ)から、魚たちの骨でできている砂漠の海ソルトン湖まで。地球の未来の姿を垣間見せているように思える場所も>

私たちの世界には、荒れ果てて放棄された、もはやかえりみられない土地がある。人間が争い、収奪し、汚染しつくし、あげくに見捨てた土地である。

戦争、原子炉のメルトダウン、自然災害、砂漠化、毒化、放射能汚染、経済崩壊に見舞われた土地である。

『人間がいなくなった後の自然』(筆者訳、草思社)の著者、作家・ジャーナリストのカル・フリンは、そのうちの12カ所を2年間かけて旅する。だれも近づきたくない危険な場所を作者が訪れた理由は、このような土地がどのようにして、再生するのか、自分の目と耳と皮膚感覚で知りたかったからである。

第1部では、人間の不在によっていかに自然が回復するかを象徴する4つの場所が紹介される。

オイルシェール炭鉱跡地 Iurii Morozov-shutterstock

オイルシェール(油母頁岩)を燃料に変える精製の過程で廃棄されたシェールのボタ山、東地中海にあるキプロス島で戦争の末に設定された国連干渉地帯、エストニアに残された旧ソ連時代の広大な農地、そしてだれもが知る原発事故の地、ウクライナのチョルノービリである。

エストニアの農業地帯にある廃屋 juerginho-shutterstock

第2部では、かつて繁栄を誇ったアメリカの都市である自動車の街デトロイト、アメリカ製造業の発祥の地であったニュージャージー州のパターソン、これら荒廃した都市に住む人間の姿が描かれる。

第3部では、私たちが死んでいなくなった後でも長く消えずにいる負の遺産のある場所を訪れる。

多くの廃船が放棄されたままになっている、米ニュージャージー州本土とスタテンアイランドを分かつ海峡アーサー・キル。フランス北東部、第一次世界大戦の激戦地ヴェルダンのゾーン・ルージュ。外国による支配時に持ち込まれた外来種がはびこるタンザニアのアマニ。家畜だった牛が無人になった島で野生化しているスコットランドのスウォナ島。私たちは地球のDNAに私たち自身を書き込んだ。

第4部では、自然災害によって打ち捨てられた2つの場所が紹介される。これらの場所は、時を超えて地球の未来の姿を垣間見せているように思える。

イギリス領の島の首都プリマス James Davis Photography-shutterstock

火山の噴火によって灰の下に埋没した、カリブ海に浮かぶイギリス領の島の首都プリマス。そして砂浜が砂ではなく、かつてその海で泳いでいた魚たちの骨でできている砂漠の海、カリフォルニア州のソルトン湖である。

カリフォルニア州のソルトン湖 gabriel12-shutterstock

いわくつき映画を思い起こさせる「ゾーン・ルージュ」

本書には、著者によって多くの書籍や映画も紹介されている。そのうちの1つが『ストーカー』(アンドレイ・タルコフスキー、1979年)である。

映画完成の後に監督や主演俳優が年若く死去したといういわくつきの映画で、立ち入り禁止ゾーン内にある「部屋」に入れば望みが叶うと人々の間で信じられている。しかし、どう見てもこのゾーンは人体に重大な影響をもたらす何らかの事故が起こった後、放棄され、それを民衆には知られないよう、立ち入り禁止にされた場所に思える。そんな筋書きで、見ていて背中がゾクゾクする映画である。

著者のカル・フリンは、フランスが第一次大戦後に隔離した戦場跡地「ゾーン・ルージュ」を訪れたときにこの映画を思い出した。

化学兵器20万個が焼却された最も純粋な荒れ地

以下の3カ所は、『人間がいなくなった後の自然』の原書と邦訳から。

●A fairy-tale dell sealed behind a military-style compound. Its innocuous appearance jars with the scale of the defences surrounding it; my senses buzz with the disconcerting sense of danger camouflaged in plain sight.
(軍事用の頑丈な囲いの後ろにあるおとぎの国の小さな谷間。その無邪気な姿は、周囲に張り巡らされた防衛網の規模とは対照的だ。偽装された風景に潜む危険な気配に、私の感覚がざわめいた)

――この場所こそ戦後に化学兵器20万個が焼却され、そのために毒され不毛になった最も純粋な荒れ地である。

●He felt, he remembers now, an incredible sense of peace. Just being there felt like an immersive kind of meditation.
(今にして思えば、あの時、彼は信じられないほどの安らぎを感じていたという。そこにいるだけで、まるで瞑想に浸っているかのようだった)

――キプロス島の緩衝地帯に、秘密裡に入り込んだある男の感想である。フェンスの向こうではごく普通の生活が営まれているが、45年間、人間が消えた場所は何か独特な効果をもたらすようだ。

●Everywhere I have looked, everywhere I have been - places bent and broken, despoiled and desolate, polluted and poisoned - I have found new life springing from the wreckage of the old, life all the stranger and more valuable for its resilience.
(私が見たすべての場所、私が訪れたすべての場所、激しく破壊され、略奪され荒れ果て、汚染され毒された場所に、私は新しい生命が生まれつつあるのを見た。古いものの残骸から、その回復力によって、奇妙で、より有用性の高い生命が生まれてくるのを見た)

――終末論というものがあるが、著者は認めない。水も種子もないところから植物が育ち、人間が住めなくなった土地に動物が増えているのを、自分の目で見たからだ。

著者が述べるように、世界の最悪の場所ばかりを次々に並べる本書は、暗黒の書というべきかもしれない。しかし実のところ、本書は救済の書なのである。地球上で最も汚染された土地は、どのようにして生命の可能性を育むのだろうか。

『人間がいなくなった後の自然』
 カル・フリン 著
 木高恵子 訳
 草思社

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オイルシェール炭鉱跡地 Iurii Morozov-shutterstock

エストニアの農業地帯にある廃屋 juerginho-shutterstock

イギリス領の島の首都プリマス James Davis Photography-shutterstock

カリフォルニア州のソルトン湖 gabriel12-shutterstock

木高恵子 ※編集・企画:トランネット

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