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ロシア大統領選での圧勝はなぜプーチン凋落の始まりか

ニューズウィーク日本版 2024年3月18日 17時21分

<プーチンの次の任期にはロシアにとっても世界にとっても暗い見通ししかない。新たな任期の6年は、プーチン自身も窮地に陥ることになるかもしれない>

圧勝が確実視されていた大統領選挙を目前にした2月末、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2030年までの6年間に予算を重点配分すべき項目を明らかにした。6年間というのは新たな任期。もしこれを全うすれば、在任期間はソ連のスターリンを超える。

 

2月29日の年次教書演説でプーチンは、ウクライナ侵攻についてよりも社会政策や自らの統治について多くを語った。ウクライナ戦争は、今やロシア経済とプーチンの統治を左右する中心軸となりつつあるのだが。

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プーチンの掲げる社会政策にはたとえば、人口構造危機への対策も含まれていた。プーチンは、ロシア人の平均寿命を2030年までに78歳まで延ばしたいと語った。78歳といえば任期満了時点のプーチン自身の年齢だ。もしそこまでプーチン統治が続けば、景気後退がさらに深刻化し、ロシアはウクライナや他の国々にさらに侵攻する可能性があると専門家はみている。

内政重視をアピール

ブルームバーグによれば、2030年までの予算規模は総計で15兆ルーブル(約24兆円)。桁数が多いのは、1ドル=約90ルーブルという現在の為替レートからも分かる通り、ルーブルの価値が下がっているせいだ。

「2024年はロシアとしては初めて、軍事予算と警察予算を合わせた額が社会予算を上回る」と語るのはロシアの野党政治家アレクセイ・ミニアイロだ。国防費は今年、ロシア政府の予算全体の3分の1を占めるという。

「プーチンは、国民が戦争にひどくうんざりしていることも、今も戦争を強く支持しているロシア人がほとんどいないことも、国民は政府に内政に集中して欲しいと思っていることも承知している」とミニアイロは本誌に語った。「プーチンはあたかも自分が内政にしっかり意識を向けているかのように見せたいのだが、実際にはそうではない」

ミニアイロは独立系世論調査機関クロニクルズの共同創設者だ。クロニクルズの1月の調査によれば、ロシア人の83%はプーチンと政府に対し、国内問題に集中して欲しいと考えていた。

「プーチンはさらに多くの人々を前線に送り込むとともに軍需頼みの経済に引きずり込もうとしている」とミニアイロは言う。「国内経済はそのために大きな痛手を被っている」

プーチンは2月の演説や国営通信社RIAノーボスチが13日に配信したインタビューで、西側諸国に対し強硬な発言を繰り返した。インタビューでは、ロシアは核兵器を使用する準備が整っていると述べるとともに、米大統領選を酷評した。米大統領選でドナルド・トランプが返り咲けば、ロシア政府とトランプの関係を巡る疑惑が再燃する可能性もある。

 

「最大にして最重要の不確定要素は、2024年米大統領選で何が起きるかだ」と語るのは、コロラド鉱山大学のケン・オズゴッド教授(歴史学)だ。トランプと共和党内のトランプ支持派がウクライナでの戦争を早期に終わらせる意向を示しているからだ。

「アメリカからウクライナへの支援を手控えると圧力をかけて交渉に持ち込めば、ウクライナは領土を回復できずプーチンの勝利になるだろう。すでにロシアの占領下にある地域以外の領土が手に入らなかったろしても、プーチンは勝利を宣言するだろう」とオズゴッドは本誌に語った。「そうした交渉の影響は長い間尾を引くだろう」

ねらいはNATOの分裂

では、ウクライナ戦争での勝利はプーチンがポーランドに侵攻したり、NATOと戦争を始めたりすることを意味するのか。

「いや、その可能性はそれほど高くないだろう。たとえアメリカがNATOから手を引いたとしても、NATOは依然として核武装をした強大な軍事同盟であり、大規模な反応を引き起こすような直接攻撃は無謀だ」と、オズコットは言う。

だがプーチンは、NATOの分裂を誘発するために、攻撃的なサイバー戦や情報戦を開始する可能性が高い、と彼は言う。「プーチンは、ハンガリーのビクトル・オルバン首相やドナルド・トランプなど、ロシアに友好的な政治家の勢力を強化しようとするだろう」

英王立国際問題研究所のロシア・ユーラシアプログラムのアソシエイトフェロー、ジョン・ロウは、プーチン政権があと6年も続けば、ロシアは「次第に見通しの暗い状態」になると述べる。

「多くのロシア人から見れば、プーチンは国民から未来を奪った存在だ。おそらく今から5~10年の間に、彼が掘り、ロシアが落ちた穴が、より明らかになるだろう」とロウは言う。

深まるロシアの孤立

アメリカがヨーロッパから遠ざかり、NATOの機能が低下するとしたら、「それはプーチンにとって自分の努力の成果であることは間違いないだろう。だがそれによってロシアはますます孤立し、ますます魅力のない国になっていく」、とロウは指摘した。

ジョー・バイデン大統領はロシアがウクライナの後に他の国々への侵攻を視野に入れていると主張し、プーチンはそれを「全くのナンセンス」と否定した。だが戦争が終わったときに、ロシアの指導者としてプーチンは国民に何を勝利として示そうとするのだろうか。

「プーチンは、コストがあまりにも高くつくことから、ウクライナ全土を奪おうとは考えていない」と言うのは、米国防総省の政策顧問を務める元外交官ミエテク・ボドゥシンスキだ。

「むしろロシアが現在支配しているウクライナの国土の一部を、ロシアの飛び地として維持しようとするだろう。そうすることで、ウクライナを分裂させ、弱体化し、NATOやEUに加盟しにくくすることを狙っている」

「プーチンがNATOと本格的に通常戦争を始めることを望んでいるとは思わない。だが同盟にくさびを打ち込み、偽情報やサイバー攻撃のような手段を使って、NATO諸国に代替戦争を仕掛ける方法を求め続けていくだろう」とボドゥシンスキは、付け加えた。

プーチンは、民間軍事会社ワグネルを率いたエフゲニー・プリゴジンの反乱を阻止することができた。しかもこのところ戦場でロシア軍が勢いを増していることから、幸運に恵まれたと感じているかもしれない。また、ロシアで最も有名な反体制指導者のアレクセイ・ナワリヌイは大統領選の数日前に刑務所で不審死を遂げた。今度も、反プーチン派に対する弾圧の強化が予想される。

 

「ロシア国内で予想されるのは、さらなる弾圧であり、政権のメッセージに反する情報を遮断しようとする取り組みの強化だ。ソーシャルメディアプラットフォームへのアクセスをさまざまな形で妨げようとする可能性がある」と、『プーチン主義の掟』という著書があるニューヨーク州立シラキュース大学のブライアン・テイラー教授(政治学)は言う。

「この24年間、プーチンの軌跡はほぼ一方向にしか向かっていない。それは自由が減り、抑圧が強まる方向だ」とテイラーは本誌に語った。

だがプーチンの勝利が必ずしも大統領として6年の任期に支障がないことを意味するわけではない。欧米からの経済制裁の影響はロシア経済に打撃を与え続ける上、ウクライナ東部の工業都市アウディーイウカで戦ったような激戦でロシア側が莫大な人的損失を被り続ければ、プーチンの支配を脅かしかねない。

プーチンに出口はない

「あと5回もこんなことをすれば、すでに大きな負担を強いられているロシア社会は深刻な打撃を被るだろう」と、プーチン政権に批判的なシカゴ大学ハリス公共政策大学院のコンスタンチン・ソニン教授(経済学)は指摘する。

「選挙がそれほど重要だとは思わない」と、彼は本誌に語った。「ミハイル・ゴルバチョフは就任1年目でソビエト連邦の大統領としての権力を失った。プーチンが再選されて、もう1期務めることになっても、政権は安泰ではない。毎年、危機は訪れる」
「プーチンには出口がない。戦争を止めることも、弾圧を止めることもできない」



ブレンダン・コール

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